第11話 中枢
天高く伸びる山のようなビルディング。
それを城と例えるなら、城下町には続く高層建築の数々と、並び連なる施設で溢れていた。
職員たちの居住区も含め、一つの街を形作るその場所は―――PI魔導区画第五十五エリア『軍事都市』。
この五十五番目の地は、魔物の存在しない区域―――解放区と呼ばれるエリアだった。
四年前、伝説の魔法チーム『E機関』が踏破に成功し、魔物の侵略から取り戻した地である。
現在この区域の中枢には、各地に成り立つ魔法機関を統率している軍事本部が存在していた。
魔法軍統括中枢本部。
エリア解放軍とも呼ばれるこの組織には、魔法に関するあらゆる情報、MLLの総合ランキングや、各魔法使いの所属する機関、魔法使いのランク、階級、経歴に至るまで、多くのデータが集まり管理されている場所でもある。
六道六花と久乃木久菜が前線に復帰すると連絡が入った翌日。魔法機関『アース』の特使として、儒道ジュリは本部の方へ報告に来ていた。
本当はメールで登録書と報告書を提出するだけで十分なのだが、事の当人が装備品の調整を優先したい、と言ってまだ機関の方に顔も見せていないので暫くは書類が出来そうにない。
普通の魔法使いの登録申請程度なら少しくらい待っても構わないだろうが、今回ばかりは話の重要性が違い過ぎる。
六花の姫の前線復帰。
この世間を騒がせるだろう大ニュースを、逸早く伝えるべき人間がここにいるのだ。
軍事都市の中央に位置する施設の中。
カフェテリアのテーブルに座るジュリの向かいに、黒い軍服に身を包んだ中学生くらいの少女が座っていた。
腰丈まで伸びる長い銀髪と碧眼。端整な容姿は、周囲の目を一度に引き寄せるほどの美しさを放っている。
彼女の名は、エルシア・フローレス。
魔法軍中枢本部魔法研究四課に所属する魔法研究者だ。
午前に魔法装備の試作品をテストを終え、カフェで昼食後のコーヒーを飲んでいたところ、目の前に現れた魔法学校時代の先輩にエルシアは目を見開いて驚いた。
「ここであなたと会うのも久しぶりですね………魔導区画第二十七エリア魔法機関『アース』所属―――儒道ジュリ大佐…………どうしたんです? 二十番台の区域を担当する『アース』の魔法使いが、わざわざこんな遠い区域まで足を伸ばすなんて……」
「……いやぁ、まぁ確かに遠路遥々だったけどぉ。ちょっとあなたの耳に真っ先に入れてあげたい話があってねぇ……」
朗らかな笑顔。
吸い込まれるような微笑だが、どこか黒い不気味さを感じさせるのはいつものことだ。何を考えているのか全く読めない。
少なくとも、仲良く出来るタイプの人間ではないと魔法学校にいた頃からエルシアは客観視していた。
「……………それで? 要件は?」
鋭い視線と強めの口調は、二人の距離を表しているようだ。
警戒をあからさまに見せられているにも関わらず平然と笑い続けるジュリ。
悪意すら感じられる雰囲気を漂わせながら、弾むように、その口は開かれる。
「あなたの姫様がぁ、前線に復帰するそうよぉ………」
楽しそうな声とは裏腹に、場の空気が凍り付くように固まった。
先ほどジュリに会ったときとは比べ物にならないほどの衝撃に、エルシア・フローレスは絞り出したような声で問い返す。
「……………い、いま………な、んて……?」
切れ切れに、言葉も掠れ。
心臓を鷲掴みにされたかのような苦しいほどの激しい動悸に襲われる。一瞬だが、呼吸も止まった。
あからさまな動揺が見てとれる。
そんなエルシアにジュリは口元を更に吊り上げ、一層の笑顔を見せて、
「あらぁ、聞こえなかったぁ?」
意地の悪さを隠すこともなく、先の言葉をもっと丁寧に、ハッキリと口にする。
「……『E機関』の《水の姫》六道六花が前線に戻るのよぉ……」
ガタッ、と大きな音がカフェテリアに響き渡った。
周りに人がいない訳もなく、休憩中だった人々の驚いた目が発生源に集まる。
慌てて駆け抜ける足音が小さく消えていき、それを起こした当人は変わらぬ笑顔を張り付けていた。
◇ ◇ ◇
午前中にラボでの武装改造を終えた六花たちは、転移魔法で魔導区画第二十七エリアに移動していた。
「取り敢えず、『アース』の訓練場に行こうか……私や久菜は勿論だけど、水嶋さんも、魔法戦闘で試射もしないまま、いきなり実戦に出る訳にもいかないからね……」
「別に私は構わないけど? 六花の組んだ武装が合わない訳ないもの……」
「あのねぇ………」
評価してくれて、信頼を置いてくれるのは嬉しいのだが、技術者としてそんなにお気楽に考えてはいられない六花は、久菜の発言にこめかみを押さえる。
「あ、あの、本当に良いんでしょうか、私の武装までタダにして貰って………」
そんな二人の後ろから付いてくる和希の何度目かになる質問が飛んで、六花は更にため息を吐いた。
「別に私は、商売で武装改造をしてる訳じゃないし。何より後輩からお金を取ろうとは思わないよ……」
この世の中には、武装改造を専門に取り扱うチューナーも数多く存在していて、腕の良い技術者にはそれ相応の金額を払って改造やメンテナンスを施してもらうのが普通なため、和希は少し申し訳なさそうにしていた。
魔法学校を卒業して間もないため、武装改造を一度もしたことのなかった彼女だったが、改造後の『メルティー・ダガー』を手にした瞬間に理解出来た。
目の前を歩く同い年の少女が、超一流の技術者であることや、そんじょそこらの有名魔法技師程度ではまるで歯が立たない天才であるということも。
掴んだダガーから伝わる重さと、不気味なまでに自分に同調する感覚。
まだ慣らし程度でしか魔法を束っておらず、実戦で試してもいないのに、自身と武器が、一体となっているように錯覚してしまうほど、『メルティー・ダガー』は完璧に水嶋和希とリンクしていた。
あまりの衝撃を受けてあの場で呆然となってしまった和希に、六道六花は特に胸を張ることもなく、当たり前のようにこう言っていた。
―――それが本物の『メルティー・ダガー』。市販で回されている『メルティーシリーズ』は、基本的な部分を押さえて作ったスターター型の武装。本来この武器は、使い手に合わせて改造してこそ真価が発揮されるんだけど………まさか知らなかったの……?
全く知らなかった。
というか、元々の状態でさえ、他のメーカーと比べて完成度が段違いなのに、まさか更に上があるとは思いもよらなかった。
しかも、上は上でも、上り過ぎだ。
正直言って和希は、自分が使うにはあまりにも勿体ないとさえ思ってしまったほどだ。
だからせめてお金だけでも払いたいのだが、生憎と六花の姫は相手にもしてくれない。
「水嶋さん」
「は、はい……!」
その姫にいきなり呼ばれて、思わず固くなった。
「武器の改造のこと、そんなに気にするようなら、実戦で結果を出してね。期待してるから……」
眼鏡の奥の、青紫色の瞳が優しげに見詰めてくる。
その美しさに見惚れそうになりながらも和希は慌てて頷き、武器の価値と、六花の期待に応えなければならない重圧に、少し強張った表情を作っていた。




