第12話 傷痕
魔法機関『アース』は、第二十七エリアの都市アルピオンに建つ高層建築を中心とした大規模魔法施設だ。
敷地面積でエリア最大都市の三分の一を絞め、民間人の暮らす街のど真ん中に構えて、治安維持や災害対策にも務めている。
一応は軍事勢力に加盟している機関の一つではあるが、基本的に一般人の出入りも禁止してはいない。流石に用も無いのに入ることは出来ないが、案外、街の人たちにも慣れ親しんだ施設と言えた。
街のことを魔法軍支部の警備部隊に丸投げしてエリア踏破のみに重点を置いている機関が多い中でも、『アース』はアルピオンの都市だけでなく、二十七エリアにある100近い街の全てに支部を設け、エリア全土を日夜守護している自警団的な役割も持つ特別な組織だ。
そのためこの街。いや、この区域に住む数千万の人々にとって、『アース』という魔法機関は、自分達の日常を守り続けてくれる英雄たちだった。
勤め先での住人と親しみがあるのは勿論、『アース』の中で有名を轟かせる魔法使いたちは、魔法関係者でない街の一般人にも顔や名前が広く知られていた。
当然、『アース』に所属していた伝説の魔法チーム『E機関』のメンバーも、その例に漏れる訳もなく、四年の月日が流れた現在も、街を歩けば視線を一手に引き受けてしまったりする。
「はぁ、だからこの区画の街は歩き辛いんだよね………」
いい加減鬱陶しくなってきた周囲の目に、六道六花はため息を吐いた。
彼女は中学で生徒会長をやっているにも関わらず、人見知りのするタイプなのであまり不躾に注目されるのは好きではなかった。
だから『E機関』解散後、わざわざ遠く離れた区画の街にある中学校に通っていたというのに。よくもまあ、探し当てたものだと、後ろを付いてくる水嶋和希に感心を通り越して呆れてしまう。
ついでに言うと、六花とは正反対に「はいは~い、『E機関』の姫と術士、ただいま戻りました~」などと街行く人々に大手を振ってる久菜が恨めしい。堂々と隣でやられているから、自分まで目立ってしまう。
おまけに街の人々も久菜に感化されたように「おおぉぉぉ!」などと盛大な歓迎の声を上げ始めていて、完全に凱旋の英雄気取りだった。
「やっぱり凄いんですね……御二人とも……」
「まぁ、うん…………凄いアホなのは間違いないかな、久菜は…………」
後輩には感心されてるようだが、真面目に勘弁願いたい六花だった。
メインゲートから『アース』の敷地に入れば、移動用の9人の乗りオートカートがエントランスホールまで運んでくれる。
ホールのフロントで『アース』登録の魔法ライセンスをスキャンすれば、敷地内の行き先に合わせたカートが各ゲートから出ているため、それに乗れば一分ほどで移動が可能だ。
施設内部の移動の際は必ずここを仲介して動くことになるため、必然的にこのフロアは人が多く行き交っている。
彼方此方から話し声が聞こえ、騒々しいとまではいかなくとも途切れることなく続く人々の会話。
それが一瞬にして静まりを見せたのは、かつてこの『アース』に所属し、数々の伝説的な偉業を成し遂げてきた英雄の姿を目にしたからだった。
《水の姫》六道六花。
《風術士》久乃木久菜。
魔法関係者でその名を知らない者はいないと言われるほどのチーム『E機関』に所属していたメンバーが二人。
騒然となるを遥かに通り越して唖然となった場内に構うことなく、六花と久菜は歩き続ける。その後ろに続く和希は始めて感じる『アース』本部の異様な空気にどこか居心地が悪そうな顔をしていた。
六花にとって、こんなものは慣れた空間だ。
久菜も先ほど街でしていたような、ファンサービスにとんだテンションは鳴りを潜めている。
周囲の人々の中には、顔見知りの職員も大勢いるが、誰一人として、自分から六花たちに話し掛けに行こうとはしない。
今も、昔も。
『E機関』の魔法使いたちは、その実力は勿論、まだ子供ながらも異常に大人びていて、異様なまでに優れた存在の集まりだった。
魔法戦闘の戦績。
エリア踏破の記録。
歴史に名を刻むほどの勇姿。
それら全てがあまりにも飛び抜けていて、あまりにも周りと隔絶していて。
凄かった。
優秀すぎて、近寄りがたく感じてしまうほどに。
かつての同志。だが仲の良さなど微塵もない。ただの他人。
それが、アースの中での『E機関』という存在だった。
「そういえば六花………魔法機関登録の方はどうするの?」
「嘱託扱いで仮契約して出すよ。その方がライセンスの提示と申請書を出すだけで済むから早いし、エリア進出のレベルは魔法ランクが優先されるから、正式に『アース』と契約する必要もないと思う………」
辞めたくなったらすぐに手を切る、と言わんばかりの思考だが、元より一線から離れた身。所属や階級に拘るつもりもない。
それで十分だった。
周囲の目がある中、手早くフロントのパネルモニターで魔法機関所属登録の申請を提出した六花と久菜は、当初の予定通り和希と共に訓練場に向かうことにした。
嘱託とはいえそんなに早く採用の通達は届かない。だが『アース』所属の和希がいるため、魔法使いのライセンスを提示すれば訓練施設は自由に使うことが出来る。
施設の正面入口。その横に設置されたパネルに、使用時間や使用箇所などを入力する欄が表示され、途中の同行者の枠に2名。六道六花と久乃木久菜の名前を入れた。
あとは二人のライセンスを提示すれば、三人で魔法訓練用の施設を使うことが出来る。
「緑地演習場しか空いてないみたいですけど………大丈夫ですか?」
「…………………どこでも良いよ。どれも現役の頃はよく使ってたから」
遠慮がちな目で訊ねてくる和希に僅かな間を空けた六花。それから何でもないように興味無さげな声で返すと、慣れた様で足早に開いた扉に入っていってしまう。
箱形の部屋。
転移式のエレベーターだ。
「更衣室には寄りますか?」
「別に制服でいいんじゃない? ねぇ、六花………」
「うん。魔法の試射だけだから、別にいいよ……」
「分かりました」
三人が中に入ると扉が閉まり、内部が光に包まれる。
―――景色が変わった。
見渡す限り一面が緑の平原。
『アース』の第三訓練施設緑地演習場。
「ここの訓練施設は、全く変わってないわねぇ。昔ここで六花が『ストリーム』使って、深さ五十メートルくらいの地盤陥没を起こしたっけ?」
「それは私じゃなくてユエだよ。私がやったのは水没の方………」
「そっか……あ! あれあれ、あの湖! ユエが空けた大穴に六花が水脈から水流し込んで作ったやつよ! まだ残ってたのね……」
「……………え!? あの緑地湖……備え付けのものじゃなかったんですか!?」
おおよそ周囲長十キロ。水深二十メートル近い湖は、とても人為的に作られたものとは思えない。
緑地演習場に何故こんな湖が? と兼ねてから多くの演習場利用者たちが疑問を浮かべてはいたのだが。まさか、四年前の当時小中学生数人の集まりが遊び感覚で作ったものとは到底思わなかったのだろう、和希は本気で驚いていた。
「………いやぁ、ホントに懐かしいわ」
どこかぶっ飛んだ思い出話をする二人。
懐かしがる目で周囲を見回している久菜の顔は笑みを浮かべていた。
四年前までは当たり前のように出入りしていた演習場は、当時と全く同じ。ここで積み重ねた時間を思うと確かに感慨深い気もするが、六花の方はあまりいい気分にはならなかった。
「変わらない、か……」
呟いた声は、どこか儚げに消えていく。
「六道さん? どうかされましたか?」
立ってる距離が近かったせいかその呟きに和希が反応した。
「何でもない。あと、ずっと言おうと思ってたんだけど、私には敬語じゃなくてもいいよ。同い年なんだし……」
「あ、いえ、でもその……魔法使いとしては先輩ですし………『E機関』の姫様ともなると、なおさら………」
「今は引退して、チームも解散してる。ただの魔法ライセンス保持者だよ。そんなに気を使うような相手じゃない………むしろ同い年の人に敬語使われるのって、あまりいい気はしないし………」
「そ、そう、ですか……じゃなくて、え、と………分かったよ、六道さん……」
「うん……」
満足したように頷く六花。
「じゃあ始めようか……せっかくだし、水嶋さんからやってみる?」
「え、あ、うん、そうだね。六道さんが新しく組んでくれたこの『メルティー・ダガー』………正直、早く試してみたい」
ラボで手渡してからここまで、和希は何度も何度もダガーを収めたホルスターに手をやり、早く使いたいと気が逸って疼いているのを六花は見ていた。
魔法の試し撃ちを促して、戸惑いながらも花が咲いたように嬉しそうな笑みを浮かべ、緑地の広い方へと駆けていく姿はどこか可愛らしく、思わず顔が綻んでしまう。
軽い魔力運用から丁寧に準備運動をしている和希を遠目に眺めていると、おもむろに久菜が口を開いた。
「そういえば、六花……」
「なに?」
「前線復帰のこと、エルシアに言わなくていいの?」
いきなり振られた話の内容に、六花は一瞬だが受け答えに躊躇してしまう。
「…………言ったらどうなるか、考えるまでもないからね……」
「まぁ、当然の如く止めるわね。絶対。確実に。間違いなく」
「………だから暫くは内緒にして、なるべく会わないようにしようと思うんだけど……」
「姫がそれで良いなら良いけど。後日知ったら、それはそれでエルシアが何を言うことやら…………怒るのは当然として、それが遅いか早いかの違いだけのような気もするわ」
「…………うん、でもまあ、仕方ないよ。エルは私の親友だから。 私のこと、凄く大切にしてくれてるのはちゃんと分かってる」
「それはそうだけど。あの子はちょっと六花に対して過保護過ぎじゃない? 心配性にも程があるわよ……」
「…………まぁ、そうかもね……」
呟くような声。六花の表情が僅かに曇っていることに、横を向いていた久菜は気付かなかった。
気付かなければならないようなことがあるとは、思いもしなかっただろう。
エルシア・フローレスが知っていて、久乃木久菜は知らないこと。
平穏な日常に戻りたかった六道六花が、前線を離れたもう一つの理由。
『E機関』解散の原因となった、六道六花とエルシア・フローレスの大喧嘩。
その発端でもある、六花が秘密にしていること。
久菜も知ったら相当に怒るのは間違いないと六花は分かっている。
ぎゅう、と左腕で自身の身を抱くようにしながら、右腕の肘辺りを強く掴む。
痛みはない。
他のところにも。
―――大丈夫……四年も安静にしてたんだから……ちょっとくらい魔法を使ったって、影響はないはず……。
現に学校での戦いは全然平気だった。
気付かれるようなことにはならない。
大丈夫だと、六花は身の内で繰り返す。
そんな心の声をエルシアにでも聞かれたら本気で激怒されて、いよいよ鎖で繋がれるレベルだと自分でもよく理解していた。
この身に残る傷痕と、彼女の心に残る傷痕。
癒えてもなお、消えることなく。
深く刻まれ、二人の不安を煽り続ける。
思考が暗く落ちそうになったところで、視界の端に白光が煌めいた。
「『【白】の剣』」
激しく、強く、輝く白。
水嶋和希の手から『メルティー・ダガー』へ。伝わる魔力が強大な力となって形作られていた。
昨日の学校での戦いのときとは、比べ物にならない。
Aクラス魔法使いに匹敵する魔法が発動されている。
「おお! 凄いわね、水嶋さん……昨日見たときとは魔法のキレも威力も雲泥の差よ!!」
久菜も手放しに誉めている。
確かに、元々才能がある方だとは思っていたが、ちょっと武装を整えただけでここまでの域にくるとは。
「なんだ………現役にもいるじゃない。頼れる先導者が………」
魔法使いの要となれる存在が、ちゃんとここにも育っている。そのことに笑みを浮かべる六花が、そろそろ自分たちも始めようかと言うところで。
突如、反響する地鳴りが世界を揺らした。
六花たちの通う学園で起きたときと同じ。
『第一級非常警戒体制が発令しました。住民の皆様は速やかに退避所への避難を行ってください』
街中に響き渡る緊急の知らせ。
何の前触れもなく、再び悪夢が始まろうとしていた。




