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初心者ダンジョンを掃除してたら、聞きたくないことを教えられました  作者: ギズモ


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第3話 観測していただけです

『佐倉さん、そのまま待機してください』


「はい」


『絶対に移動しないでください』


「はい」


『グラーフさんも、その場に』


「承知しました」


「俺より素直ですね」


「指示に合理性がありますので」


「俺にもありますよ」


「キィ」


 俊太郎がドローンの上で鳴いた。


 それから十分ほど。


 俺は本当に。


 何もせず待っていた。


 黒いモヤも消えた。


 ゴブリンも元の巡回経路へ戻った。


 目の前には。


 小さな。


 ハゲた。


 少し太ったおじさん。


 ダンジョン管理者を名乗るグラーフ。


「…………」


「何でしょう」


「いや」


 見れば見るほど。


 名前と合わない。


 そこへ。


『お待たせしました』


 ドローンから別の声がした。


 いつもの男性職員ではない。


 少し年上の。


 落ち着いた声。


『探索者協会本部、ダンジョン管理部の責任者です』


「どうも」


『現在、関係部署の担当者も同席しています』


「増えたんですね」


『はい』


 嫌だなあ。


 話が大きくなっている。


『まず、確認します』


「はい」


『グラーフさん』


「はい」


『あなたは、この世界に存在するダンジョンを管理している』


「その認識で問題ありません」


『すべてのダンジョンを?』


「はい」


『国内だけではなく?』


「はい」


『国外も?』


「はい」


 通信の向こうが静かになった。


 そりゃそうだ。


 俺もさっき同じ反応をした。


『では、先ほど佐倉さんが確認した黒い異常について』


「はい」


『あなたは正体を把握している』


「その通りです」


『お教え願えますか?』


「あれが正常なダンジョン構造に属さない異常であること。侵食が進行すると実体化すること。配置、巡回、作動時期などへ干渉すること、それからーーーこれより先はお伝えできないようですね」


『何やら聞き取れない言葉がありましたが』


「現在のあなたがたでは認識できません」


「…………」


 今。なんて言いました?


「に、認識できない?」


「はい」


 俺が聞く。


「理解できないってことです?」


「一部については」


『理由は?』


「情報開示権限が不足しているためです」


「あなたの?」


「いいえ」


 グラーフが淡々と答える。


「皆さんのです」


「…………」


 俺。


 たぶん。


 通信の向こうも。


 同じ顔をしたと思う。


『我々の権限、ですか』


「そうです。この次元の知的生命に設定されている……そうですね管理者レベルとでも言いましょうか」


「管理者レベル?」


「はい」


「俺、探索者ランクなら大したことないですよ」


「個人のランクではありません」


「じゃあ協会?」


「違います」


 グラーフが俺を見る。


「この次元全体です」


「…………」


 話が。


 また大きくなった。


『詳しく説明してください』


「可能な範囲で」


 その前置き。


 あまり好きじゃない。


「あなたがたに分かりやすく説明いたしますね。管理者レベルとは、この次元に存在する知的生命全体の進行度を示す値です」


「進行度?」


「ダンジョンの攻略状況。到達階層。異常への対処。その他複数の要素によって上昇します」


『探索者個人の強さとは無関係?』


「直接は関係ありません」


「ゲームでいう」


 俺は考える。


「ワールドレベルみたいな?」


「分かりやすいでしょう?」


「本当にそういうのあるんだ……」


「はい、厳密には少し違いますが」


『その管理者レベルが、今回何か変化した?』


「はい」


 グラーフが答える。


「先日、変動型ダンジョンにおける人類の最深到達記録が更新されました」


「…………」


 嫌な名前が出た。


 変動型ダンジョン。


 元は。


 普通の五階層の初心者ダンジョンだった。


 俺が行くまでは。


『記録更新は確認しています』


「その結果」


 グラーフが続ける。


「必要値を超えました」


「それで?」


「直接のコンタクトが可能となりました」


「…………」


 俺は。


 少し前に聞いた言葉を思い出す。


「ああ……やっと繋がりましたか」


「はい」


「あれ」


「管理者レベルが必要値を超えたことで、ようやくこちらから直接会話できる状態になったためです」


「じゃあ今までは?」


「観測のみ可能でした」


「…………」


 観測。


 また嫌な言葉が出てきた。


『確認します』


 協会の声。


『グラーフさんは、以前から佐倉さんを認識していた?』


「はい」


「いつからです?」


 聞きたくない。


 でも。


 聞いた。


「多摩第一ダンジョン消失時からです」


「結構前からじゃないですか」


「正確には、ダンジョン核への異常な処理を検知した時点からです」


「異常な処理」


「はい」


「俺、《浄化》しただけなんですけど」


「結果として、ダンジョン核が消失しました」


「…………」


 知ってる。


 でも。


 管理者本人に言われると重い。


『では、多摩第一の消失原因について説明できますか?』


「現在開示可能な範囲では、佐倉直人の《浄化》がダンジョン核へ作用したことが主要因です」


「やっぱり俺なんだ……」


「はい」


「そこは濁してくれても」


「事実ですので」


 この人。


 本当に正直だ。


『浄化ではなく、黒い異常の影響では?』


「無関係とは断定できません。しかし、ダンジョン核の消失そのものについては、佐倉直人の能力による処理が直接的な要因です」


「…………」


 逃げ道がなくなった。


「じゃあ」


 俺は。


 もう一つ。


 ずっと分かっていなかったことを思い出す。


「前のダンジョン核が、俺から逃げたのも」


「はい」


「知ってます?」


「はい」


「なんで?」


「私が移動させましたから」


「…………」


 聞き間違いだろうか。


「もう一回いいです?」


「私が移動させました」


「なんで!?」


 思わず声が大きくなった。


『佐倉さん、落ち着いてください』


「いや、だって!」


 あの時。


 巨大な結晶へ近づいた。


 そしたら。


 床ごと沈んだ。


 さらに下へ。


 俺が近づけば。


 また移動。


 帰ろうとしても。


 また逃げる。


「俺、めちゃくちゃ嫌われてると思ってたんですよ!」


「嫌ってはいません」


「じゃあ何だったんです?」


「確認のためです」


「…………」


「佐倉直人本人に反応しているのか。《浄化》の保有者に反応しているのか。距離によってどの程度影響が変化するのか。確認していました」


「…………」


 俺はしばらく黙った。


「じゃあ」


「はい」


「俺、嫌われてたわけじゃなかったんですか」


「それはどうでしょう?」


「ええ!?」


「ふふふ、冗談です」


「よかった……」


 少しだけ。


 本当に。


 少しだけ安心した。


「観察していただけです」


「そっちも嫌なんですけど」


「そうですか」


「そうですよ」


 それに。


 もう一つ。


「待ってください」


「はい」


「あのダンジョン」


 俺は嫌な予感を覚えながら聞く。


「元々五階しかなかったんですよね?」


「はい」


「今、三十階より下までありますよね?」


「はい」


「…………」


 まさか。


「あなた?」


「はい」


「あなたのせいなんですか?」


「結果的には」


「結果的に?」


「ダンジョン核とあなたの距離を確保するため、下層および周辺区画を追加しました」


「…………」


 頭を抱えた。


「俺のせいじゃなかった……」


「発端はあなたです」


「やっぱり俺のせいじゃないですか!」


「厳密には共同要因です」


「共同要因って言えば半分になると思ってません?」


「割合の話はしておりません」


「そうですか!」


 通信の向こうから。


 誰かが咳払いした。


『確認を続けます』


「お願いします」


 俺はもう疲れてきた。


『先ほど、以前から佐倉さんを観測していたと言いましたね』


「はい」


『直接会話できなかったにもかかわらず、継続的に?』


「はい」


『どのように?』


 一拍。


 グラーフが。


 俺の横を見る。


「観測用の個体を用意しました」


「…………」


 俺も。


 横を見る。


 中継ドローン。


 その上。


「キィ?」


 俊太郎が首を傾げた。


「…………」


『……まさか』


 協会側からも声が漏れた。


「俊太郎?」


「そちらの個体。正式名称をシュナイダーといいます」


「…………」


 グラーフが。


 淡々と言った。


「シュナイダーです」


「…………」


 俺は固まった。


「誰?」


「こちらの個体です」


「キィ?」


 俊太郎。


 俺。


 グラーフ。


 もう一度。


 俊太郎。


「…………」


 そして。


 思い出した。


 あの日。


 相田さんが。


 こいつに最初につけようとした名前。


「……相田さん、すげえ」


「キィ?」


『佐倉さん?』


「いえ、こっちの話です」


 何で当てたんだ。


 本人も知らないはずなのに。


「シュナイダーが」


「俊太郎です」


「現在の呼称は俊太郎であると認識しています」


「じゃあ俊太郎でいいじゃないですか」


「私が設定した識別名称はシュナイダーです」


「なんでシュナイダーなんです?」


「特に意味はありません」


「相田さん、さらにすげえな……」


「キィ!」


 俊太郎は。


 何も分かってなさそうに胸を張った。


『その個体を、観測目的で生成したということですか』


「はい」


 空気が少し変わった。


 協会側の声が慎重になる。


『俊太郎本人は、そのことを認識していますか』


「いいえ」


「…………」


 俺は俊太郎を見る。


「キィ?」


 本当に。


 知らなさそうだ。


『現在も、あなたが操作している?』


「いいえ」


 グラーフは即答した。


「生成後の行動への干渉権限はありません」


『命令は?』


「できません」


『感情操作は?』


「できません」


『知識の追加や行動修正は?』


「できません」


「じゃあ」


 俺も聞く。


「こいつが今こうしてるのは?」


「本人の意思です」


「ドローンに乗ってるのも?」


「本人の意思です」


「傷テープ持ち歩いてるのも?」


「本人の意思です」


「…………」


 少し。


 安心した。


『観測とは、具体的に?』


「シュナイダーが取得した一部情報を、私が受け取ることができます」


「逆は?」


「できません」


「あなたから俊太郎に何か送るのは?」


「できません」


「一方通行?」


「はい。コンプライアンスに配慮といったところでしょうか」


 なるほど。


 それなら。


 協会が前に調べても。


 ドローンとの通信や魔力的な接続は見つからなかった。


 そもそも。


 相手がドローンじゃない。


「でも」


 俺は思い出す。


「こいつ、生まれたときからドローンにべったりですよ」


「はい」


「観測するなら、俺についてくるようにした方がよかったんじゃ?」


「その予定でした」


「予定?」


「生成時に、あなたを親として認識するよう設定しました」


「…………」


 俊太郎を見る。


 俊太郎は。


 ドローンの上にいる。


「本来は?」


「あなたへ追従する予定でした」


「じゃあ何で」


「浄化の影響でしょうか、失敗しました」


「…………」


「キィ!」


 俊太郎が。


 ドローンをぺしぺし叩く。


『機体上部への打撃を確認』


「そこ失敗するんですね」


「はい」


「ダンジョン全部管理してるのに?」


「はい」


「…………」


 ちょっと親近感が湧いた。


 嫌だけど。


『結果として俊太郎は中継ドローンを親として認識した?』


「そのようです」


「直せなかったんですか?」


「生成後の認識や感情へ干渉する権限はありません」


「じゃあ」


 俺は俊太郎を見る。


「キィ?」


「観測は?」


「佐倉直人の近くに継続して存在していたため、支障ありませんでした」


「結果オーライみたいに言わないでください」


「事実としては」


「それ言えば何でも通ると思ってません?」


「いいえ」


 本当に。


 会話しづらい。


「キィ?」


「お前は気にしなくていいよ」


「キィ!」


 俊太郎が笑う。


 ニィッ。


 怖い。


 でも。


 その笑い方も。


 こいつ自身のもの。


 それなら。


 まあ。


 いい。のか?


『最後に一点』


 協会側の声。


『佐倉さんの《浄化》について、あなたは何を知っていますか』


「それ」


 俺も顔を上げる。


「聞きたいです」


 黒いモヤ。


 ダンジョン核。


 俺だけに起こる妙な反応。


 ここまで全部。


 《浄化》が絡んでいる。


「俺の《浄化》って」


 グラーフを見る。


「結局、何なんです?」


「通常のスキルとは異なる、特殊な処理能力です」


「特殊な処理能力?」


「はい」


「何をする?」


「現時点の管理者レベルでは、詳細を開示できません」


「…………」


 また。


 それだ。


「一番大事なところじゃないですか」


「はい」


「そこだけ教えてくださいよ」


「できません」


「あなた管理者なんですよね?」


「はい」


「何とかならない?」


「なりません」


「…………」


 俺は天井を見た。


「じゃあ、どうしたら聞けるんです?」


「管理者レベルを上げてください」


「…………」


 人類全体の。


 ワールドレベルみたいなもの。


 それを。


 俺に言われても。


「俺一人じゃ無理ですよね?」


「はい」


「じゃあ俺に言わないでくださいよ」


「質問されましたので」


「そうでした」


 もう。


 何も言えなかった。


 俺の横では。


 観測用として作られ。


 本来俺を親だと思うはずだったのに。


 なぜかドローンを親だと思い。


 グラーフからはシュナイダーと呼ばれている俊太郎が。


「キィ!」


 何も知らずに。


 今日も元気に笑っていた。

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