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初心者ダンジョンを掃除してたら、聞きたくないことを教えられました  作者: ギズモ


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第2話 ダンジョンの管理者

「…………」


 誰もいない。


 通路。


 壁。


 天井。


 中継ドローン。


 その上の俊太郎。


「キィ?」


 やっぱり誰もいない。


「……誰ですか?」


「グラーフと申します」


「いや、名前じゃなくて」


 一応。


 答えは返ってきた。


 男の声。


 俺のすぐ近くから聞こえる。


 でも。


 姿はない。


「何者です?」


「この世界に存在するダンジョンの管理を担当しております」


「…………」


 聞き間違いだろうか。


「もう一回いいです?」


「ダンジョンの管理を担当しております」


「…………」


 聞き間違いではなかった。


「ダンジョンって」


「はい」


「このダンジョン?」


「いいえ」


「じゃあ、どこの?」


「この世界に存在するダンジョンです」


「…………全部?」


「はい」


 帰りたい。


 さっきより強く思った。


「姿は見せられないんですか?」


「可能です」


「じゃあお願いします」


「承知しました」


 次の瞬間。


 俺の目の前。


 何もなかった空間に。


 何かが現れた。


「…………」


 小さい。


 人の形。


 小人。


 妖精。


 そんな感じの大きさ。


 ただ。


「…………」


 ハゲている。


 少し太っている。


 腹も出ている。


 顔つきも。


 なんというか。


 疲れた会社員みたいだった。


 管理職。


 それも。


 上と下の両方から何か言われてそうな。


「改めまして」


 小さいおじさんが軽く頭を下げる。


「グラーフと申します」


「…………」


 名前だけ。


 ものすごく強そうだ。


 というか。


 ちょっと中二っぽい。


「何か?」


「いえ」


 言わないでおこう。


「それで」


 俺は聞く。


「ダンジョンの管理者が、なんで俺に?」


「その説明の前に」


 グラーフが俺の後方を見る。


「まず、そちらにある異常について説明させてください」


 俺も振り返る。


 落とし穴の近く。


 それから。


 ゴブリンが来た通路の奥。


 黒いモヤ。


「……あれですよね」


「はい」


「やっぱり変なものなんですか」


「本来、このダンジョンには存在しないものです」


「汚れ?」


「違います」


「魔力残滓?」


「違います」


「じゃあ何です?」


「異常です」


「…………」


 ざっくりしている。


「もう少し分かりやすくできます?」


「本来あるべき状態から外れたもの、とお考えください」


「ダンジョンの故障みたいな?」


 グラーフは少し考えた。


「大きくは間違っておりません」


「故障なんだ……」


「ただし、あれ自体が罠やモンスターになるわけではありません」


「じゃあ、何をするんです?」


「配置、巡回、作動時期などに影響します」


「配置?」


「はい」


 グラーフが落とし穴の方を見る。


「あの罠は正常です」


「はい」


「先ほどのゴブリン二体も正常です」


「はい」


「しかし、本来であれば、あの時間にあの位置へ到達する予定ではありませんでした」


「…………」


 さっきの光景を思い出す。


 落とし穴。


 壁。


 後ろから来たゴブリン二体。


「じゃあ」


「はい」


「あの罠を避けてるときに、ちょうど後ろから来たのは」


「異常の影響です」


「やっぱり」


 嫌な予感。


 当たっていた。


「敵が強くなるとか?」


「いいえ」


「罠そのものが危険になる?」


「いいえ」


「正常なものを変えるわけじゃない?」


「基本的には」


 グラーフが頷く。


「正常なもの同士の配置や実行順、巡回の時期などが、本来とは異なる形で重なります」


「…………」


 全部。


 一つずつなら普通。


 でも。


 組み合わせると危ない。


「初心者ダンジョンでそれやったら駄目じゃないです?」


「はい」


 即答だった。


「ダンジョンは本来、攻略可能な範囲に調整されています」


「初心者なら初心者向けに?」


「はい」


「でも、あれがあると?」


「本来想定されていない危険な組み合わせが発生する可能性があります」


「……それ、結構まずくないです?」


「はい」


 また即答。


「あなたは管理者なんですよね?」


「はい」


「消せないんですか?」


「完全な修復はできません」


「管理者なのに?」


「権限には限界があります」


 少しだけ。


 中間管理職っぽさが増した。


「抑えることは?」


「可能です」


「隔離するとか?」


「可能です」


「じゃあ、それでいいんじゃ」


「根本的な修復にはなりません」


「…………」


 嫌な流れだ。


「で」


 聞く。


「なんで俺に声かけたんです?」


 グラーフが黒いモヤを見る。


「あなたの《浄化》であれば、修復できる可能性があるためです」


「嫌です」


「…………」


 即答した。


「黒いものに《浄化》使って、ろくなことになった記憶がないんですよ」


「今回はダンジョン核ではありません」


「…………」


 俺はグラーフを見る。


「なんでそれ知ってるんです?」


「以前から、あなたを観測しているためです」


「…………」


 今。


 さらっと嫌なこと言わなかったか?


「観測?」


「はい」


「いつから?」


「その件については後ほど説明いたします」


「後ほど」


「はい」


「嫌な言葉だなあ」


「申し訳ありません」


 顔は変わらない。


 謝っているようには見えない。


 でも。


 たぶん本人は普通に謝っている。


「じゃあ」


 俺は黒いモヤを見る。


「これを放っておいたらどうなるんです?」


「侵食が進行する可能性があります」


「侵食?」


「はい」


「進んだら?」


「実体化する場合があります」


「…………」


 嫌な言葉だった。


「どういうふうに?」


「黒い染み」


「…………」


「粘液状の物質」


「…………」


「膜状の物質など」


「…………」


 俺は黙った。


 壁の黒い染み。


 靴についた黒い粘液。


 通路を塞いだ黒い膜。


 思い出したくなくても。


 全部覚えている。


「それ」


「はい」


「俺、見たことあります」


「存じています」


「多摩第一ですよね?」


「はい」


「じゃあ」


 黒いモヤを見る。


 薄い。


 煙みたいな黒。


 多摩第一で最初に見たものとは違う。


 でも。


「これが進むと」


「実体化します」


「多摩第一で見た黒い染みみたいになる?」


「はい」


「粘液も?」


「はい」


「黒い膜も?」


「はい」


「…………」


 俺は頭を抱えた。


「同じだったんだ……」


「正確には、同じ異常の進行した状態です」


「じゃあ、あのときドローンでも見えてたのは?」


「実体化後であれば、通常の観測機器でも確認できます」


「今のこれは?」


「確認できません」


 そういえば。


 さっきドローンは何も反応しなかった。


「じゃあ」


 俺は顔を上げる。


「今の段階で見えるの、俺だけ?」


「人間では、現時点であなたのみ確認しています」


「…………」


 聞きたくなかった。


「なんで俺だけ見えるんです?」


「それについても、あなたの《浄化》と関係している可能性があります」


「可能性?」


「現時点では確定しておりません」


「あなたでも分からないことあるんですね」


「多数あります」


 迷いなく言った。


 そこは頼もしさがない。


「多摩第一では」


 俺は少し考える。


「あれ、かなり進んでたってことですか?」


「はい」


「最初に見つけた時点で?」


「すでに実体化していました」


「…………」


 そう考えると。


 今目の前にある黒いモヤは。


 あれより前。


 まだ。


 黒い染みにすらなっていない段階。


「今なら」


「はい」


「まだ直せる?」


「あなたの《浄化》であれば、その可能性が高いと考えています」


「試したことは?」


「ありません」


「…………」


「今回が初めてです」


「俺で?」


「はい」


「嫌だなあ」


 心から出た。


「失敗したら?」


「現時点で、重大な危険が発生する可能性は低いと判断しています」


「低い」


「はい」


「ゼロじゃない」


「断言はできません」


「そういうところ正直ですね」


「事実ですので」


 俺は黒いモヤを見る。


 触りたくない。


 本当に。


 触りたくない。


 でも。


 放っておけば。


 あの黒い染みになる。


 その先も。


 俺は知っている。


「……一回だけですよ」


「ありがとうございます」


「変なこと起きたら、すぐやめますからね」


「承知しました」


「俊太郎、ちょっと離れてろ」


「キィ?」


「ドローン、二メートルくらい下がって」


『了解しました』


 ドローンが下がる。


 その上で。


 俊太郎も一緒に下がった。


「キィ!」


「そこで待ってて」


 黒いモヤを見る。


 右手を向ける。


「…………」


 本当に嫌だ。


「《浄化》」


 淡い白い光。


 黒いモヤを包む。


「…………」


 すぐには消えない。


 光の中で。


 黒いものが揺れる。


「大丈夫ですか?」


「続けてください」


「その言い方怖いんですけど」


 さらに。


 数秒。


 黒いモヤが薄くなる。


 少しずつ。


 少しずつ。


 そして。


 消えた。


「…………」


 俺は手を下ろした。


「終わり?」


「はい」


「本当に?」


「修復を確認しました」


「…………」


 周囲を見る。


 壁。


 床。


 落とし穴。


 全部ある。


「罠、消えてませんね」


「はい」


「ゴブリンも?」


「存在しています」


「ダンジョンも?」


「存在しています」


「よかった……」


 心から。


 ほっとした。


「では」


 グラーフが言う。


「巡回経路も確認します」


「え?」


「異常によって乱れていた部分が正常状態へ戻っています」


「…………」


 そういうことか。


 罠を消したわけじゃない。


 ゴブリンを消したわけでもない。


 おかしくなっていたところだけ。


 元に戻した。


「……やはり」


 グラーフが言った。


「思った通りですね」


「何がです?」


「あなたの《浄化》は、この異常を修復できます」


「…………」


「私には抑制しかできません」


「はい」


「あなたには、正常状態へ戻すことができる」


「…………」


 俺は。


 黒いモヤがあった場所を見る。


 何もない。


 普通の通路。


 普通の罠。


 その先には。


 普通のゴブリン。


 そして。


 頭の中で。


 多摩第一の黒い染みが浮かぶ。


「……つまり」


「はい」


「多摩第一で見た黒いのも、これが進んだやつで」


「はい」


「今まで正体が分からなかったものを、あなたは知ってて」


「はい」


「あなたには完全に直せなくて」


「はい」


「俺の《浄化》なら」


「今回、修復可能であることを確認しました」


「…………」


 しばらく。


 黙った。


 これ。


 俺だけで聞いていい話じゃない。


 どう考えても。


「ちょっと待ってください」


「はい」


「これ、俺一人で聞いていい話じゃないですよね?」


「そうですね」


「そこは最初に言ってくださいよ」


「まず修復可能か確認する必要がありましたので」


「俺で実験したあとに言うんですね」


「結果としては成功しました」


「結果論じゃないですか」


「はい」


「認めるんだ……」


 俺は中継ドローンを見る。


「協会につないで」


『通信を開始します』


 数秒。


『こちら探索者協会管理センターです』


 聞き慣れた声。


 いつもの男性職員だった。


『佐倉さん。どうされました?』


「ちょっと」


『はい』


「説明しにくいんですけど」


『はい』


「ダンジョンを管理してるっていう人と話してます」


 沈黙。


『……人?』


「人っていうか」


 グラーフを見る。


 小さい。


 ハゲている。


 小太り。


「おじさんです」


『…………』


「小さいです」


『佐倉さん』


「はい」


『状況を最初から説明してください』


「長くなるんで、本人に聞いた方が早いです」


『本人?』


「グラーフさん」


「はい」


「この人にも見えるようにできます?」


「可能です」


「お願いします」


「承知しました」


 グラーフがドローンへ視線を向ける。


「認識権限を拡張しました」


 一拍。


『…………』


「見えました?」


『…………』


「もしもし?」


『確認しています』


「何を?」


『佐倉さんの前方に、人型の小型存在を確認』


「それです」


『未登録モンスターでは?』


「違います」


 グラーフが答える。


「私は、この世界に存在するダンジョンの管理を担当しております」


『…………』


 また沈黙。


『証明できますか?』


「可能です」


 早い。


 グラーフが通路の奥を見る。


「近くにいるゴブリン二体の巡回経路を一時的に変更します」


「できるんですか?」


「はい」


『待ってください』


 職員の声。


『現在、当該階層の巡回記録を確認します』


 少し待つ。


『ゴブリン二体を確認。現在、登録巡回経路上を移動中です』


「では」


 グラーフが淡々と言う。


「右側の分岐へ移動させます」


『右側は当該個体の登録巡回範囲外です』


「はい」


 数秒。


『……進路変更を確認』


 職員の声が変わった。


『二個体とも右側分岐へ移動』


「一分後に戻します」


『…………』


 待つ。


 一分。


『二個体、登録巡回経路へ復帰』


「以上です」


 グラーフが言った。


「…………」


 俺。


 ドローン。


 誰も喋らない。


「キィ?」


 俊太郎だけだった。


『佐倉さん』


「はい」


 職員の声が。


 さっきまでと違う。


『少々、その場でお待ちください』


「帰っちゃ駄目ですか?」


『駄目です』


「ですよね」


 通信の向こうが慌ただしくなる。


 誰かを呼んでいる。


 上へ報告しているらしい。


 俺は。


 目の前の小さいおじさんを見る。


 グラーフ。


 ダンジョンの管理者。


 その横。


 さっきまで黒いモヤがあった場所。


「…………」


 普通に掃除して。


 普通に帰る。


 今日も。


 無理だったらしい。

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