↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初心者ダンジョンを掃除してたら、聞きたくないことを教えられました  作者: ギズモ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/4

第1話 見なかったことにしよう

 今日は普通に掃除をして。


 普通に帰る。


 それだけでいい。


「キィ!」


「うん。分かってる」


 頭上を飛ぶ中継ドローン。


 その上で、俊太郎が小さな胸を張っていた。


 体長十五センチほどの蝙蝠男。


 腰には小さなウエストポーチ。


 最近では、こいつがドローンの上にいる光景にもだいぶ慣れた。


 笑うと怖いけど。


「今日は何も見つけなくていいからな」


「キィ!」


「本当に分かってる?」


 ニィッ。


「……まあいいか」


 俺――佐倉直人は、床に落ちていた空の回復薬瓶を拾った。


 ゴミ袋へ入れる。


 少し先には折れた矢。


 壁際には、乾いたスライムの粘液。


 いつもの初心者ダンジョン。


 いつもの清掃依頼。


 素晴らしい。


 本当に素晴らしい。


 少し前には、新人二人の研修を頼まれたと思ったら、気づけば知らない中級ダンジョンの地下八階に飛ばされていた。


 その前には、ダンジョンで生まれた蝙蝠男がドローンを親だと思い込んだ。


 さらにその前には、ダンジョン核に逃げられた。


 その前には、初心者ダンジョンを中級にした。


 その前には。


 ダンジョンを一つ消した。


「…………」


 思い出すんじゃなかった。


 俺は床を掃く。


 今は掃除だけ考えよう。


 しかも今の俺には、協会から正式なお墨付きまである。


 攻略核にも。


 ダンジョン核にも。


 勝手に近づいてはいけない。


 素晴らしい決まりだと思う。


 できれば一生守りたい。


「次、あっち行くか」


「キィ!」


 ドローンがゆっくり先へ進む。


 俊太郎も、その上に乗ったままついていく。


 俺はモップとゴミ袋を持って後を追った。


 通路の角を曲がる。


 そして。


「…………」


 止まった。


 壁際。


 石床の少し上。


 黒いものが浮いていた。


 煙みたいに薄い。


 でも、煙ではない。


 ゆらゆらしているように見えるのに、上へ昇っていくわけでもない。


 壁についているわけでもない。


 ただ。


 そこにある。


「…………」


 黒い。


 それだけで嫌だった。


 同じものかどうかは分からない。


 多摩第一で見たのは、壁から滲み出すような黒い染みだった。


 そのあと。


 黒い粘液。


 黒い膜。


 ダンジョン核を覆っていた黒いもの。


 全部。


 ろくなことにならなかった。


「…………」


 俺は視線を外した。


「見なかったことにしよう」


「キィ?」


「何でもない」


 俊太郎が首を傾げる。


 ドローンは何も言わない。


 警告も。


 異常報告も。


 ない。


 なら。


 なおさら触らない方がいい。


 俺は清掃員だ。


 研究者じゃない。


 分からないものを、わざわざ調べる理由はない。


 まして。


 黒いものへ《浄化》なんて。


「絶対やらないからな」


「キィ?」


「俊太郎に言ったんじゃないよ」


「キィ」


 そのまま通り過ぎる。


 振り返らない。


 今日は普通に帰る。


 そう決めた。


     *


 しばらくして。


「キィ」


 俊太郎が声を上げた。


「ん?」


 ドローンの上。


 大きな耳が動いている。


 俊太郎が前方の床を指した。


「何かある?」


「キィ」


「ドローン、俊太郎が指してる辺りを確認して」


『走査します』


 中継ドローンが俊太郎の指した位置へ向きを変える。


 床。


 壁際。


 前方数メートル。


 走査光が石床をなぞった。


『床下に空洞を確認』


「罠?」


『荷重式の落とし穴である可能性が高いと判断します』


「やっぱり」


 見た目だけなら普通の床だ。


 初心者ダンジョンによくある罠。


 落ちても即死するほど深くはない。


 でも。


 だから踏んでもいい、とはならない。


「避けられる?」


『右壁側、約五十センチが作動範囲外です』


「じゃあ、そっち通ろう」


 罠を解除する必要はない。


 掃除の邪魔になるからと壊していいものでもない。


 場所は記録されている。


 避ければいい。


「俊太郎、ありがとな」


「キィ!」


 ニィッ。


「笑うと怖いなあ」


「キィ?」


 俺は身体を横向きにして、壁際へ寄った。


 一歩。


 二歩。


 ゆっくり進む。


 右側は壁。


 左側は落とし穴の作動範囲。


 足元を確かめながら歩く。


 あと少し。


 そのとき。


「キィッ!」


 俊太郎が急に振り返った。


「え?」


 後ろ。


 さっき通ってきた方。


 俊太郎が翼を伸ばす。


「ドローン」


『後方を走査します』


 数秒。


『移動反応を二つ確認』


「何?」


『小型人型モンスター。ゴブリン二体と推定』


「…………」


 遠くから。


 足音。


 聞こえる。


 このダンジョンにゴブリンが出ること自体は普通だ。


 二体で巡回していることもある。


 何もおかしくない。


 ただ。


 今は。


 俺が落とし穴の横を通っている。


 後ろへ戻ればゴブリン。


 左へ寄れば罠。


 右は壁。


「……なんで今?」


 本当に。


 なんで今なんだ。


「キィ!」


「分かってる!」


 前へ行く。


 それしかない。


 でも走れない。


 足を滑らせたら、そのまま落とし穴だ。


 一歩。


 二歩。


 後ろから足音。


 少しずつ近づく。


「まだ?」


『作動範囲、残り約一メートル』


「長い!」


『実測値です』


「分かってるよ!」


 もう一歩。


 あと少し。


「ギャッ!」


 後ろから声がした。


「見つかった!」


『ゴブリン二体、接近』


「それも分かってる!」


 最後の一歩。


『作動範囲外です』


「よし!」


 走る。


 モップを抱え。


 ゴミ袋を揺らし。


 ドローンが横を飛ぶ。


 俊太郎はその上。


「キィ!」


「戦わないからな!」


 俺にゴブリンと戦う能力はない。


 掃除用のモップならある。


 だからどうした。


 角を曲がる。


 通路を進む。


 後ろから鳴き声。


 でも。


 しばらくすると。


 聞こえなくなった。


『ゴブリン二体、追跡を停止』


「……はあ」


 さらに距離を取ってから、壁に手をつく。


「疲れた……」


「キィ!」


「お前は元気だな」


 俊太郎が胸を張る。


 こいつのおかげで後ろから来るのを早めに知れた。


 それは助かった。


 でも。


「…………」


 俺は振り返る。


 変だ。


 罠があった。


 ゴブリンが来た。


 それだけなら。


 本当に。


 何もおかしくない。


 初心者ダンジョンなんだから、罠もある。


 モンスターもいる。


 でも。


 罠を避けている、あの瞬間。


 後ろから。


 ちょうど二体。


「…………」


 嫌な感じがする。


 ものすごく。


 嫌な感じがする。


「ちょっとだけ確認しよう」


 戻るわけじゃない。


 遠くから見るだけ。


 俺は曲がり角まで戻った。


 そこから。


 落とし穴のある通路を見る。


「…………」


 あった。


 さっき見たもの。


 黒いモヤ。


 落とし穴の近くに。


 薄く。


 漂っている。


「……またある」


 さらに。


 その向こう。


 さっきゴブリンが来た通路。


 そこにも。


 細い黒いモヤが見えた。


「…………」


 罠。


 ゴブリン。


 黒いもの。


 頭の中で。


 勝手につながる。


「いや」


 首を振った。


「知らない」


 関係あるかどうかも分からない。


 俺には分からない。


 なら。


 触らない。


 調べない。


 《浄化》もしない。


 協会に聞かれても。


 ……いや。


 聞かれたら言うけど。


 自分から面倒事を増やす必要はない。


「帰ろう」


『清掃予定区域が残っています』


「今日はもう十分じゃない?」


『予定作業の四十一パーセントが未完了です』


「そういうところ細かいなあ」


「キィ」


「俊太郎も帰りたいよな?」


「キィ!」


「ほら」


『俊太郎の鳴き声から意思を判定する機能はありません』


「知ってるよ」


 俺はゴミ袋を持ち直した。


 今日は終わり。


 戻って。


 報告して。


 黒いものを見たことも、一応伝えて。


 あとは協会に考えてもらおう。


 俺は考えない。


 それがいい。


 そう決めて歩き出した。


 そのとき。


「ああ……」


「…………?」


 声。


 男の声だった。


 足を止める。


 周囲を見る。


 誰もいない。


「キィ?」


 俊太郎も周囲を見回している。


「ドローン、今の声は?」


『該当する音声入力を確認できません』


「…………」


 嫌な答えだ。


 ものすごく嫌な答えだ。


 そして。


 もう一度。


 今度は。


 はっきりと聞こえた。


「ああ……やっと繋がりましたか」


「…………」


 俺は。


 ゆっくり振り返った。


 誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。