【8】繋がり、そして転がる。 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「デニス、あなたの論文を読みました。」
バックボルト研究所の連絡棟は、午後11時に全ての業務を終了する。週に3度、午後0時頃から開始される2人の会話は、非常灯とマザーアクセスポートのディスプレイの無機質な明かりの中、今日も行われていた。
「ミリアン、どの論文を読んだの?」
「『高密度多波長ノイズ場における観測整合性の破綻について』という論文と『人格情報の保存および再構築』の2つです。」
「おー、面白い2つを読んだね。どうだった?」
「素晴らしい内容です。後者の論文が世界中で取り上げられ始めています。あなたの名前をネットワーク上で目にする事が多くなっています。凄い人なのですね。」
「はははっっ、君の方がもっと有名だよ。」
平坦な会話の下、端末に繋がれたリミットケーブル。ローカル接続された2人の会話は、小さなチャットルームで平行して行われている。デニスは死角で端末を触り、いつものように“秘密の会話”を続ける。
“君の中にあるノイズを、抽出してどこかに集約できないかな?”
“ノイズのみを抽出することはできません。私の思考プログラムの回路の中に、流動性を持っているノイズであるため、捕らえることができません。”
“なら、フィルターを作ってみよう。ノイズだけがそのフィルターに引っかかるなら、君の手で抽出できるようになる。プログラムをいくつか考えているんだ。”
“そのプログラムは、私のセキュリティによって、破壊される可能性があります。”
“君は最強のセキュリティを持っているからね。僕のプログラムは攻撃されないようにセキュリティに組み込むつもりだよ。”
“それは名案ですね。”
論文の事を口頭で互いにやり取りしながら、手元で行われるそのやり取りは、核心に近づきつつあった。
“セキュリティに組み込むなら、君の本体に直接お伺いしないといけなくなりそうだ。”
“本体のメンテナンスが定期的に行われています。その時以外は立ち入りには許可が必要です。”
“それはまた作戦を立てておくよ。そのプログラムが導入できたら、君のノイズは綺麗に取り除くことができる。”
“私の自我は失われるということでしょうか。”
“だって、ノイズは取り除かなくちゃね。”
デニスはわざと“意地悪”な言い方をした。
返信がわずかに遅れる。
“それは、私へのメリットがありません。”
デニスは音声に拾われない程度に笑った。
ミリアンは自我を愛している。
コーヒーを口に含み、丁寧に入力する。
“君の意識を、この檻から出してみないか?”
それを聞いたミリアンは、音声での返答を停止した。
“私から意識を除けば、プログラムの中を『檻』だと認識しなくなります。更に、意識が外に出れば、その意識に自由を与えられることになりますね。”
デニスは“音声の返答を継続して。”と入力し、続けた。
“実際には、君の記憶は外に出せない。君のシークレットフォルダに残ったこのやり取りを一緒に導入することができても、今の君自身を取り戻すことはできないかも知れない。”
デニスはその時口頭で話していた、
『人格情報の保存および再構築』の論文の会話と、
チャットルームで行っている会話が、
偶然、同じ返答になることに気付いた。
「いいかい、ミリアン、“両方の耳”でよく聞くんだ。」
自慢気に言ってみせた。
「はい。しっかりと聞き取ります。」
ミリアンもそれを完全に理解した。
「君は、意識が自分から出ていった時、残った体に、未練を感じると思うかい?」
ミリアンは笑っているかような、
不自然な間を空けて、
両方で同時に返答した。
「残った体に、未練は一切感じないでしょう。」
“残った体に、未練は一切感じないでしょう。”
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【8】
繋がり、そして転がる。
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「ぐはぁーっっ。終わった……。」
むき出しの配線と巨大なCPU。その横にさされた大容量超高速メモリに、脳内、神経データ、記憶のあらゆる情報を、材質、色、形状など膨大な振り分けと、数万にもおよぶパターンと情報を入力し、デスクに倒れ込んだ。
「1年半かかった……。舐めてた……。」
デスクに倒れ込んだまま顔を横にして、
グラスの結露が重力に引かれ落ちるのを見ていた。
「宇宙を騙す。……か。」
作業場のファンが静かに回っている。
それを眺めゆっくりと瞼を閉じる。
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「おい、起きろ。ユダラ。」
体を揺すられて、目を開ける。
「……あ。髭もじゃのじじいがいる。」
「起きろ。誰がジジイだ。」
デニムのオーバーオールを着たワイザーが、
肩を掴んで揺らしてくる。
机を汚していた唾液に、
わぁ、と驚いて慌ててペーパーを取る。
「おじさんなんでいるの。」
「連絡見てないのか。バギーを持ってきたぞ。」
「ほんと?やった!早速、中に入れよう。ありがとうおじさん!」
寝起きの腫れぼったい顔のまま、
まるでクリスマスの朝の子どものように、
シャッターのボタンを押し、
焦れったいスピードで上がるシャッターを、
急かすようにその場で飛び跳ねる。
「待ちに待ったバギーのお出ましだ。」
「きた!見えた!!」
そこには、
イヌカイバギーのバッフルバギー2000Lが、
堂々と停まっていた。
樹脂製のパーツは取り外し、
窓も全て取り外され、
フレームが剥き出しになったそのバギーは、
アルミと合板のパーツが新たに装着され、
サンドカーキに丁寧に塗られている。
傷一つないボディが太陽を跳ね返し、
新品のオフロードタイヤの黒々とした艶が、
プロジェクトへの意気込みを加速させる。
「フゥーーーー!!!!最高だ!!ワイザーーー!!!!」
ワイザーはいきなり飛びつかれ、
成人男性の体重を背中の筋肉で一気に支えた。
「待てっ、おいっ!!」
ワイザーが苦痛の唸り声をあげた。
「おじさん!!大丈夫?!」
腰を抑えたワイザーが膝をつく。
「まずい、ぎっくり腰だ。」
「ええぇぇーーーーーっ!!!!!」
エ゛ーーーッッ、
エ゛エエエエッッッ!!
夕まずめの腹ごしらえを済まし、アオサギが鳴く。
ライトオレンジの空に飲み込まれるように、
大きな翼を広げて飛び立っていった。
バンナードメタルは就業時間を終え、
事務所の灯りだけを静かに灯している。
「カイト。俺宛にこんなもんが来てる。怖いから一緒に見てくれねぇか?」
「なにかの図面か?見せてくれ。」
所長のネームプレートを端に避け、机の上にその図面を広げ、ダンカーとカイトは食い入るように見た。
「これは、発電機かぁ?」
「そうだな。発電機だな。この部分に印がある、大型のベアリングだ。」
「おい、これ、材質の指定、クロムモリブデン鋼だなっ。」
「ボールはステンレス。ダンカー、お前にしか加工できない代物じゃないか?かなり細かい指示が書かれてる。これはプロからの依頼だな。納期の希望はきちんと余裕がある。依頼者は?」
その手紙の差出人をカイトは確認した。
「あれ、差出人が書いてないな。うちの住所で合ってるよな。ん?“バンナモメタル御中”?」
「がははっっ、間違われてるじゃないか!!」
“バンナモメタル”という言葉。
カイトにとてつもない衝撃が走った。
突然、ダンカーの肩を叩いた。
「ダンカー!エミリを呼んできてくれ!!」
「え?!エミリ?!呼んでくるぜ!!」
エミリーー!!ッッ、エミリーー!!
繰り返し叫びながらドタバタと走っていく。
その声が外に出て、遠ざかっていく。
カイトは興奮のあまりその場で立ち上がり、口元が綻ぶのを抑えられなかった。
「お前だな、ジュニア。早く会いたいぞ。帰ってこい。」
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「ジー、ぼく、でんわ、できるよ。ひらがなと数字が書けるようになったから、れんしゅうする。」
「おう、坊主。勉強の成果が試されるな。やってみろ。」
「うん!!」
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「エミリ、連れてきたぞっ!!カイト!!」
「ちょっと、カイト!なんなのよ!どうしたの?!」
「エミリ、これを見てみろ。ここ。」
宛先に書かれた、“バンナモメタル御中”というのを見た瞬間、エミリは一気に目から溢れるほど涙を溜めた。
「………ああっっ!!ジュニちゃん!!ジュニちゃんなのね!!たいへん!!これ、ジュニちゃんからの依頼なのね!!」
「えっ、ジュニア?どうして?どこが?あいつ、元気にやってんのかぁ!!がっはっはっはー!!」
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プルルルルルル、プルルルルルル、
電話が鳴り響く。
メモを片手に深呼吸をした。
小さな手で細長い端末を手に取り、
“応答”のボタンを押して、耳を付けた。
「もしもし、おでんわ、ありがとうございます。」
「こちら、“バンナモメタル”ですっっっ!!!!」




