【7】捨てられる命・拾われる命 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「ありがとうございます。お疲れ様です。」
「デニス様、またのご利用お待ちしております。」
自動運転送迎サービス“GO TO YOURS”の文字を見送り、歩き出した。駐車場スペースに敷かれた小粒の砂利が、靴に踏みつけられる圧力に互いの身を削り合い、音を発する。閑静な住宅街は、一日の終わりに向かってその灯りを等間隔で落としていた。ワイズガレージはまだ煌々と灯りがついている。
砂利の奏でる音が少しずつ早くなった。
その時、突然入口のドアが開いた。
「デェ~ニ~スゥ~、来たなぁぁ~。」
少し来るのが遅かった、そう確信したのは、親友の声色が明らかにアルコールによって正常な呂律を失っていたからだ。
「ユダラ君お待たせっ。送迎が思うように捕まらなかったんだ。」
ユダラはご満悦と言わんばかりの奇妙な笑顔で、デニスを工房の中に招き入れる。
「お客様がぁ~、ご来店、しましたよぉ~。ワイザーてんちょ~。」
中に入ると工房に陽気な音楽がかかっている。
その音の中心で手をうねうねと動かし、
ロボットのようなステップで踊る父親を発見した。
「ちょっと待ってっっ、ははははっっ!!父さんが踊ってる!!なに、その変な踊りっっ、あははっっ!!」
息子が来たことにまだ気付いていないのか、目はほとんど開かず、上半身はタコ、下半身は旧世代のロボットの様相で、陽気な音楽に合わせて繰り広げられる奇妙なダンスは、“壊滅的な状況”を物語っていた。
「デニス~、座りなぁ~、ここ。お疲れ様ぁ~。ピザの残り、食べなぁ~。」
ロックグラスに大きな氷を入れ、デニスの前に差し出す。半分以上無くなったペルロードを手に持ち、あ~い、と言いながら少しだけ入れる。
「うわ、もうそんなに飲んだのかい、飲み過ぎだよっ。」
「まあまぁ、乾杯しよ~、デニスくん。」
グラス同士を優しく当て、
デニスは久しぶりのペルロードに口をつけた。
溶けた氷と合わさったスモーキーな香りのあと、
特有の甘さが舌に馴染んで流れていく。
喉が熱を帯びた後、バニラの香りが鼻を抜けた。
「美味しい~。ペルロード、染み渡るよ。」
「もう、味も何もわっかんないや~はははっ。」
出来たてでは無いはずのピザは、きちんと温まっていた。オーブンが遠くで調理完了を告げる。
「お、フライドチキンもあるよ~取ってくる。」
踊るワイザーの横を通り過ぎ、オーブンの様子を見に行った。ワイザーが踊りながら話す。
「ユダラはさっきまでそのテーブルに突っ伏して寝ていたんだ。お前が来るとわかると急に動き出したぞ。変なやつだ。」
その変な踊りをしている父さんもだよ、
テーブルに目線を落としグラスを掴む。
机の上のピザの器の下に、
パンフレットが雑に敷かれていた。
「父さん、バギー見てたの?」
ワイザーはそれを聞いてダンスを突如やめる。
「しまった。すっかり忘れていた。」
陽気な鼻歌が遠くから聞こえ、
両手で大皿を持って戻ってきた酔っ払いシェフが、
テーブルにそれを置くと同時に、
満面の笑みでデニスに言った。
「デニス、バギーは2択だ。あとは君が決めてくれ。」
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【7】
捨てられる命・拾われる命
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カンッ!!カンッ!!カンッ!!カンッ!!
バンナードメタルにいつもの合図が鳴る。
「おひるごはんです!おひるごはんです!!!!」
ブロワーと排気ファンの重低音を裂くように、元気の良い甲高い声が響き渡る。乾燥と冷気に頬を赤く染め、片手にフライパン、片手にハンマーを持ち、“小さな大型新人”が歩いて職人達に声をかける。
「モーリーさん、おしごとをやめて、ごはんしてください。」
「ランバードさん、キシさん、おひるごはんです。」
「カイトさん、さぎょうを、すとっぷしてください。」
作業に集中している職人達にも、
きちんと声掛けをしていく。
まるで、小さなジールだ、
職人達はジュニアの声に頬を緩めた。
「ジュニア、ありがとう。休憩するよ。」
カイトは旋盤を止め、ゴーグルを外す。
「カイトさん、“ジー”が、あとできてくれ、といっています。」
「うん、わかった。連絡助かるよ。」
カイトが頭を撫でると、
ジュニアは自慢げに鼻をすすった。
粉雪が舞い降りるバンナムの一角に、ホワイトシチューの香りが小さく立ち込める。大きく切られた不揃いの野菜は、角が無くなるまできっちりと煮込まれている。シチューを掬って器に盛ると、パンを手に取り職人達は席に着いて食べた。
ジュニアは全員が席につくのを確認すると、
大きさの異なる3つの器にシチューを入れた。
大きな器はトレイにパンと共に乗せ、
一回り小さな蓋付きの器は蓋をしてパンと袋に、
小さな器は近くに置いた。
トレイをゆっくり持ち上げて廊下に出て歩いていく。少し大きな扉の前に立ち止まると、扉を足で2回蹴った。
「ジー、おひるごはんだよ。」
扉がゆっくりと開く。
「おう、ありがとうな。」
皮の分厚い手で雑に撫でられ髪が乱れる。
「カイトに連絡してくれたか?」
「うん、ちゃんといったよ。」
「ありがとう。外は寒い、今日は私が行こうか?」
「だいじょうぶだよ!さむくないよ。」
「そうか、気をつけて行っておいで。」
ジュニアは蓋付きの器の入った袋をそっと持ち、
大きな空のリュックを背負って、外へ出ていく。
肌をチクリと刺すような冷気に一瞬肩をすくめるが、
袋を大切に持ち、真っ直ぐ歩いていく。
よう、ジュニア!
ジュニアちゃん、偉いね。
ジュニア寒くないかー!
昼休憩をする様々な工場から、人気者に声がかけられる。
「こんにちはぁぁー!!」
工場地帯が静寂に包まれるはずの正午は、いつの間にか明るい声によって色を変えていた。
ジュニアはアルミフレームのドアを開ける。
チリン、チリン、とドアベルが小さく鳴った。
「エミー、おひるごはんもってきたよ!」
「ジュニちゃんっ。ありがとー!寒いのにごめんねっ。」
店の奥からエミリが急いで出てくる。
「今日はジールさんと何を作ったの?」
「シチューだよ!」
「いい匂い。ありがとうね。食材持てる?」
「だいじょうぶだよ、かばんあるから。」
エミリはジュニアの背負う空のバッグに、売店で余った食品や材料を丁寧に入れていった。
「ジュニちゃん、おもちゃあげよっか、こっち来て。」
「やったぁー!エミー、あそぼー。」
嵐の日から8年半が過ぎようとしていた。__
「ジールさん、カイトです。」
ジールの部屋にきたカイトがノックをする。
「おう、カイト入れ。」
「失礼します。」
「急に呼び出してすまない。」
「いいえ、大丈夫です。」
「そこに座ってくれ。」
木製フレームの黒いソファーに腰掛けた。
真鍮のアンティークの時計が正確に時を刻む。
「はい。」
「昼の分のデバイスはもう吸入したのか。」
「はい。さっきやりました。」
カイトは田舎の町工場に生まれた。
幼い頃から自然と親の仕事を手伝うようになる。
工場の環境は劣悪だった。
粉塵、溶剤、簡素な保護具のみで働くうちに、
次第に息苦しさを感じるようになる。
その症状は生活にも支障をきたすようになった。
「金がかかるだけの親不孝者。」
親はまだ若い息子に勘当を命じた。
放り出されたカイトはなんとか生きるしかなかった。
疾病と闘い、小さな工場を点々としながら、
最後にたどり着いたのがバンナムだった。
「今日話したいのは、この工場のことだ。」
「はい。」
「将来、お前にここを継がせようと考えている。」
淡々とジールが放った言葉に、
カイトは理解が追いつかなかった。
「俺が、ですか。」
「お前がここに来て20年になる。仕事は全てできるだろう。お前は常に冷静で、周りを見ている。中立でいて、献身的で、なにより、持病やあらゆる人間の事情を理解できる。」
持病を持つ彼を受け入れたのはジールだけだった。
住む場所も与えられ、少しずつ安定していたが、
7年前に間質性肺炎の増悪により、
重度の呼吸不全を起こし、生死を彷徨う。
人工肺を移植したのはその時だった。
医療費がいくらかかったのか、カイトは知らない。
ジールは恩人以上の存在だ。
「でも、俺はジュニアがてっきりジールさんの後を継ぐのかと。」
「がっはっはっはっはっ!!!」
高らかに笑うジールの声が、廊下に響くのがわかった。
「いいか、カイト。あの子は、ここで生まれていない。今ここにあの子がいるのは、選択肢がないからだ。この工場を引き継がせるつもりはない。いつか、自分で大きな選択をするだろう。あの子から、これ以上選択肢を奪う事があってはならない。」
カイトはそれを聞いて、
ジールの偉大さと、決意に胸が熱くなった。
「ジールさん、俺に色んなことを教えてください。」
「そうか。引き受けてくれるか。」
「俺でいいなら。やります。」
安心したのかジールは立ち上がり、
窓から外を眺めた。
「お前が無理なら、ダンカーに頼むところだった。」
カイトは思わず咳込んでしまった。
「ははっ、ジールさん、それだけはダメですよっ。」
「そうか?なかなか面白くなるぞ。」
2人の笑い声が廊下に響いた。
その向こうの食堂で、
たった1人、昼休憩をしていた。
地につかない足を前後に揺らしている。
冷めたシチューにパンを付けて食べる。
スプーンでニンジンを掬ってじっと見る。
囁くように彼は言った。
「もっとれんしゅうしなくちゃ。
ぼくが、みんなをたすけるんだ。」




