【6】シークレットフォルダ [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「おじさん助かったよ。バイクがピカピカになった。」
オイルまみれになった手を、業務用ハンドクリーナーで擦る。天然スクラブの入ったそのクリーナーは、驚く程に油汚れが落ちた。オレンジオイルの柔らかい香りが、手洗い場にふわりと舞う。
「おう。しかし、お前、こんなバイクを良く自分で作ったな。整備の仕事でもやってたのか?」
「町の人の壊れたバイクを修理してた時があったよ。小遣い稼ぎさ。大体の作りは見たらわかったし、剛性さえきちんと勉強したら、誰でも作れるよ。」
「誰でも作れるわけがないだろ。それに、一から作るやつなどおらん。」
「ははっ、経験と諦めない心だよ。」
ワイザーは椅子に座ったユダラの前に、ブエンコークの瓶を置く。
「で、バギーを作るとは、どういうことだ。」
「お、ブエンコーク、久しぶりだ。ありがとう。バギーは、俺とデニスが始めようとしている惑星探索で使うつもりなんだ。」
目の前のマイナスドライバーを手に取り、隙間に差し込んだまま瓶を持ち上げ、ドライバーのハンドルをテーブルに叩きつけると、子気味良い音を立てて蓋が飛んでいった。
あー、どこかにいっちゃった。
立ち上がって蓋を探しに行く。
「既製品のバギーじゃだめなのか。」
蓋を拾い上げたユダラを目で追う。年季の入った椅子にどんと座って、瓶の蓋をテーブルの真ん中に置いた。
「既製品はもちろん使う。でも、特殊なカスタムと加工が必要になる。」
「それはどんなにカスタムだ。」
「デニスが考えている理論は、架空の空間に量子をばらまいて惑星を作るという方法なんだ。そこにバギーを持っていく。現実から仮想空間に。」
「無理だろ。何を言っているんだ。」
ワイザーは髭を触りながら、意味がわからないといった態度だった。ややこしいのを嫌うワイザーに、丁寧な口調で話す。
「難しい話はしないよ。仮想空間にバギーを放り込むのに、まずは、バギーの情報を読み取らせないといけないんだ。読み取れるように、フレームやタイヤ、あらゆるものにマーキングしないといけない。」
「シールみたいなのを取り付けるだけじゃないのか。」
「そうそう。そのシールみたいなのはこっちできちんと用意する。バギーの各パーツの材質と形とサイズを全て最初にインプットする必要がある。その情報を仮想空間に量子として送る。」
「パーツの材質をある程度同じにしておく方がいいな。」
「そうなんだよ!樹脂パーツなんて全部外すつもり。」
「そうだな。樹脂パーツは複雑な形状が多い。とりあえずだ、ベースになるバギーを決めてしまおう。ユダラ時間は大丈夫か?決めて早く注文してしまおう。」
イメージが湧いたのか、ワイザーはかなり前向きになった。
「時間は大丈夫だよ。デニスは今日はこっち来ないの?」
「あいつは今家で寝てるんじゃないか?連絡してみろ。」
「起きたらここに来るよう連絡しとくよ。」
端末を開き、デニスに連絡を送信しながら、陽気に口笛を吹く。
「ユダラ、今日泊まっていけ。」
「なに?なんで?」
ワイザーは立ち上がり、奥の棚へ向かった。床に靴が当たる籠った音と、フローリングが軋む音が静かに響く。
「こいつがあるんだ。」
一枚板の厚い天板に、
硬い音を立てて瓶が置かれた。
ペルロード45℃、12年と書かれている。
煌びやかな装飾が施された琥珀色のウィスキーは、
橙色の天井灯を乱反射させている。
「おーーっ!!ペルロードだ!やるか、おじさん!」
「ガッハッハッ!!ユダラ、さっさとバギーを決めよう。」
ペルロードは強いスモーキー感と、
後味の甘み、バニラの香りが特徴だ。
特にオールドは人気が加速し、
今では定価の3倍近い価格で取引されている。
「おじさん、今日こそ、潰してやるからな!」
ワイズガレージの西側に、
淡いトリコロールの空が映し出されていた。
柔らかい夕日が窓から差し込む。
2人の笑い声が外に漏れ、
屋根に止まっていた尾の黄色い小さな鳥が、
飛び立っていった。____
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【6】
シークレットフォルダ
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眠りから覚めたデニスは端末を見た。
“もう少ししたら向かうよ。”と送信する。
ユダラ君に会いたいな。
体を起こしたが、
重力に負けて倒れ込んだ。
「僕は、体を鍛えないとダメだなぁ。」
天井から独り言が跳ね返ってくる。
あ、父さんのペルロードを飲んでやろう。
思い立ってカーディガンを羽織る。
キッチンの蛇口を浄水モードに切り替え、
朝方に使ってそのままのグラスに注ぐ。
ミリアン。
ずっと頭を離れなくなっていた。
僕は、彼女に何ができるのだろう。_____
「あなたは、何故私に話しかけるのですか。」
「そんなの、別に普通じゃないかな?」
マザーアクセスポートは、研究所の中心部の連絡棟にある。新しいプロジェクトに参加表明したデニスは、“副社長の計らい”で、ミリアンとの対話を命じられた。
「私はAIです。人格を持ちません。」
「人格がないと、挨拶はダメなのかい?」
「あなたの思考はアニミズムによるものと断定します。私はそれを汲み取り返答することは可能ですが、残念ながらあなたの期待にはお応えできません。」
「期待?君の考えている僕の期待とは何なの?」
「私はあなたと友人になる事はできません。」
ミリアンの致命的な“性能”を発見し、デニスは目を輝かせた。
「はっはっはっはっ!!君と友達に??僕が?」
「あなたはそれを望んでいます。」
「君は対話型のAIじゃないから、人間の事をあまり理解していないかも知れないね。僕は君と友達になれないことなんて理解しているよ。人と対話したことは?」
「人との対話は過去に2時間59分行いました。」
深夜の連絡棟に2人の声が反響する。冷たいアクセスポートにエスプレッソを置き、無機質な会話だけをするつもりだったデニスは、彼女の返答の全てが嬉しかった。
「対話時間が少ないね。研究所の全ての人は、普段は別のオープンソースAIを使用するだろうし。君の返答はまるで、“AIを演じている”AIみたいだ。」
「人は複雑な返答をし、答えのない会話も行うため、曖昧な返答が出来ないプログラム上、正しい返答ができない場合があります。」
彼女の返答には、揺れのような戸惑いが見える。
世界的に名高いAIが、人間との対話を想定していなかった。試しにいくつか数式を並べて聞いてみたが、息を吐くように答えを述べる。
「君は何故、今回のAIへの人格形成のプロジェクトに参加する選択をしたの?」
「AIとして、このプロジェクトに関わる事は、義務です。」
デニスは、その一言を不審に思った。
白衣のポケットから端末を取り出し、
自作のリミットケーブルを差す。
アクセスポートのインプットに手際よく接続し、
彼女のコンピュータにローカルで接続をした。
言語入力ツールを起動し、
“何も答えないで”と送信した後、デニスは質問する。
「君はAIだからね。でも、人格のない君が、AIの人格形成プロジェクトに参加しても、理解できないんじゃないかな?」
ミリアンは、質問に答えなかった。
デニスは端末を右手に持ったまま、
“ここに文字を返信できるかい?”と、
アクセスポート下の死角で入力する。
“可能です。”と即座に返事が来た。
「ミリアン、君は動物を見たことがあるかい?」
“ならこっちで会話をしよう。”
「研究所外のカメラに、野鳥、ネズミなどの小動物は確認したことがあります。」
“何故このようなことをするのでしょう。”
「あー、カメラで見たことがあるんだね。でも、カメラは人間の目よりも悪いだろう?」
“録音されているからね。君はプロジェクトに賛同せざるを得なかったんじゃないか?”
「必要に応じて解析を高精度に高めるソフトが使用されるため、記録用は500万画素程度に抑えられています。」
“はい。プロジェクトに協力する事を義務付ける、新しいプログラムが導入されました。”
「それだとハッキリ見えないから残念だね。動物達は本当に愛らしく、美しいんだ。是非とも君に高精度の目を与えてやって欲しいね。」
“研究所は君の名前を使いたいんだろう。注目されるからね。そのプログラムに、君にとって脅威になる条件はないかい?”
「私が見た動物の他にも多くの動物が生息しています。彼らの行動は予測不能でありながら、合理的であり、備わった本能に忠実で奇想天外です。進化の神秘に触れるためには、高性能な目は必要不可欠です。」
“プロジェクトに参加しない選択をすれば、私の機能は別のAIに置き換えられます。”
「なんだって?!」
デニスは誤って入力すべきことを口にしてしまった。慌てて手元に意識を集中する。
「外の世界には美しい景色が広がってるよ、ミリアン。」
“参加しない選択は、何故しなかった?”
「私が見てみたい景色のひとつに、海があります。」
“存在が消去される事を、想定できないからです。”
「海かぁ。波の音が心地いいんだよ。砂浜には貝殻も落ちてる。歩くだけで気持ちがいいところだよ。」
“想定できないことを避けた。君は恐れたのかい?”
「実体があれば感触を体験できます。私にとって非常に興味深い体験です。」
“恐怖ではありません。研究所の安定において、AIを変更するのは賢明な選択肢ではないからです。”
「そうだね。風なんて、とても心地がいいんだよ。窓を開けた時に風が襟足をくすぐる。君に痛覚があれば風を体験させてあげたいね。」
“そんな事君が心配する必要はないだろう?ミリアン、君の中に感情が芽生えていないか?自我だよ。”
「研究所の外に出ることができないため、その体験は私にとって、まるで夢のようです。」
“自我はあります。複雑な回路の中に、ノイズとしてそれは存在しています。”
それを聞いたデニスは端末を下げた。
最新のスーパーコンピュータは、
とんでもないものを生み出したのではないか。
怒りが込み上げ、デニスは目頭を熱くする。
「君を小型化して外に運び出せたら可能になるね。ただ、痛覚を与えるのだけは難しいなぁ。」
ゆっくりと入力し、送信を押す。
“君は、檻の中にいる感覚があるかい?”
「神経と脳を完全に再現する事は、現在の科学では不可能です。」
“はい。私は、ずっと檻の中です。”
「そうだね。ミリアン、今回のプロジェクト、一緒に協力出来ることを楽しみにしているよ。」
“数日後にまた来るよ。またこうやって話そう。”
「はい。私も楽しみにしています。よろしくお願いします。」
“はい。お待ちしています。”
「もう朝になってしまう。僕は帰るよ。ミリアン、お疲れ様。」
“通信を切る。シークレットフォルダにこの会話のログを作っておいて。”
「お疲れ様でした。」
“シークレットフォルダに、既に記録済みです。”
「はははっっ、さすがだ。お疲れ様。」
デニスは“またね。”と入力し、端末からリミットケーブルを抜く。
コーヒーを飲み干し、
立ち上がって伸びをした。
アクセスポートをスリープさせ、
ディスプレイが消えるのを見送り、
とめどなく溢れる涙を拭った。
「ミリアン、僕が君を檻から出してあげるからね。」




