【24】史上初の探索者 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
茫漠とした乾燥地帯に、
新築のログハウスが建っている。
定評のあるボナハートの太い赤松が、
幾重にも積み上げられ、
大きなアガベが玄関口でその葉を伸ばしている。
室内には木材の香りが漂い、
時折パキッ、と梁が馴染む音がした。
オークの床を踏みしめ、
ベルアントは壁の丸太に触れる。
「想定以上にいい木材だ。これは長持ちするな。」
「ねぇユダラ君、そろそろやる?」
「あぁ、そうだね。バギーを持ってくるから、一番奥のシャッターを開けて待ってて。」
デニスは子どものように小走りで廊下を進む。前日の設備点検は深夜まで続いた。カフェインでこじ開けた睡魔は、アドレナリンによって完全に姿を消した。
「一番奥の右だよー!」
「はーーい!」
何も無い空間に2人の声が響く。ベルアントはバギーを裏に回すため、真新しいドアノブに手をかける。
「お客さんが来た時のために、センサーブザーを付けた方がいいかもね。」量子生成マーキングフィルムを施した、“惑星専用バギー”に乗り込みシートベルトを締める。キーを読み込んだ車体は、スタートスイッチを点灯させた。
「さぁ、ガレージに入ろう。相棒。」
スイッチを押し込みエンジンがかかる。ハンドシャフトを捻りパーキングブレーキを解除した。パーキングからバックギア、そしてハイパワーギアを通過させ、レバーを走行ギアに合わせる。踏み込まれたアクセルにエンジンが低い音を立てる。タイヤに接した小石が摩擦でガリガリと鳴いた。小さな砂埃を立て、裏口へ転がしていく。
シルバーに輝くシャッターが、
軋む事なく収納された。
転送ガレージが姿を現す。
「ワクワクが止まらないね!!ユダラ君!!」
バギーをその中へゆっくりと侵入させ、リフト中央に引かれたラインに合わせ停車した。バギーの扉をゆっくりと開く。
「デニス。ご苦労。電源を入れよう。」
ベルアントは可憐に飛び降りた。
亜鉛メッキの台座に着地すると、靴底が鳴らした金属の硬い音が地下をなぞっていく。デニスはメインブレーカーをよろめきながら持ち上げた。
「シャッターを閉めたまえ。ワイザー君。」
「はっ、ただいま。」
シャッターが下ろされるのを確認し、
ベルアントは四角い電源スイッチを押した。
コンピュータの電源が立ち上がり、
ファンが運転を始める。
タッチパネルを操作し、
次々と装置の表示は緑から黄色へ移行した。
地下で発電機が回転を始める。
足元に微かな重低音が伝わった。
デニスはコントロールパネルに指を沿わせる。
「大丈夫そう?デニス。」
デニスは頷き、笑顔になった。
「今日は量子生成装置の初テストだ。これが上手くいかなければ、このプロジェクトは白紙になる。4年かかった。俺と君の全てを、ここで答え合わせしよう。」
ベルアントはポケットからビニール製の小さなアヒルを取り出し、指で摘んだ。底部に付いた笛が、滑稽な音を出す。アヒルは横に潰れたまま、デニスを真っ直ぐに見ている。
「紹介しよう。初めて惑星探索に出かけるガーガーちゃんだ。」
ベルアントが指を離すと、アヒルのガーガーちゃんは形を戻しながら、再び大きな鳴き声をあげた。
デニスが敬礼する。
「ガーガーちゃん、お願いします。」
脳みそ読み取り装置をそっと持ち上げ、
ベルアントは慎重に頭に装着する。
アヒルを助手席にそっと置き、頭を撫でた。
「デニス。録音を開始。俺の惑星を生成しよう。」
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【24】
史上初の探索者
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「ユダラ君、おさらいするね。まず、1回目はバギーとガーガーちゃんの転送のみ。蓄電池の容量の関係で、連続の転送と帰還は4回。蓄電池の耐久テストも兼ねて、想定の限界、4回テストする。」
折りたたみ椅子に座ったユダラは、こめかみ辺りにある装置の電源を長押しする。待機状態を示す緑のライトが点滅した。
「オーケー、まず、俺の脳内をハッキングしてくれ。」
「異常があったら知らせてね。では、ハッキング開始。」
デニスの操作によって、脳みそ読取装置が起動した。小さなモスキート音のような高い音と、装置に施されたダイオードがオレンジに光る。
「どう?来てる?」
ベルアントはデニスの方を見ながら、返事を待っていた。
「えーと、あ、来てる来てる、すごい!映像化されてる!いい感じ!…………あれ?ユダラ君?!」
顔を上げると、
ユダラは椅子にもたれ傾いていた。
両手をだらりと下げ、
今にも椅子から落ちそうになっている。
「え?!ユダラ君!!なんだ?解除!解除……!!」
読取装置のダイオードが光を失う。デニスは急いで駆け寄って体を椅子に起こした。肩を揺すり声をかける。
「ユダラ君!」
慌てて手首に指を当て脈を見る。
呼吸を確認し、もう一度肩を揺らす。
「…………んん……。」
「ユダラ君!大丈夫??」
「……んー、……えっ?!…は…?なんだ?」
目を覚ましたベルアントは辺りを見渡す。状況を把握するのに戸惑った様子だったが、デニスの顔を見て、我に戻った。
「どこも異常はない?何が起こったか覚えてる?」
「……何ともない。ただ、装置を起動した後、強烈な眠気が来たよ。情報を収集されすぎて、脳が体をシャットダウンしたかも知れないね。」
「あー、それ、ユダラ君が最初に言ってたよね。もしかしたら気を失うんじゃないか?って!それかな?」
「でも、気を失う感じじゃないよ。すごく眠くなる感じ。起きてられないよこれは。ちょっと待って。」
ベルアントは装置を外し、立ち上がって飛び跳ねたり歩いたりした。首を回し、辺りを見渡し、「何ともない」と口角を上げる。
「デニス、もう1回やろう。装置をつけて椅子に座ったら、そこにあるベルトで背もたれに俺を縛って。そうだ、映像はきちんと出てた?」
「大丈夫かな?少し心配だよ。映像は鮮明に出てた。すごい速さで生成されてたよ。」
「再現範囲が大きすぎるのかも。探索できる範囲に絞って再現する方が節電にもなる。今回は動かないし、とりあえず半径2kmにしよう。」
「それなら負荷が減らせるかもしれないね。」
「よし、デニス、縛ってくれ。」
装置を被って再び椅子に座ったベルアントを、
デニスは優しくベルトで縛る。
「もっときつくしていい。起きて大きなたんこぶができていたら嫌だからね。今度から、横になれる椅子を持ってくるよ。」
「よっ!!これでいい?」
装置を身につけ、椅子に縛られているベルアントを見て、デニスは脇腹を少しくすぐりたいと思った。
「よし!デニス、もう一度だ。」
ベルアントの声に、デニスは「はい!」と返事をし、モニターに向かう。
「ユダラ君、読み取りを開始するよ。」
「俺が寝たら、リフトを下げて。蓋は自動で閉じる。眠ってしまうと、何も出来ない。問題が発生したら、躊躇なく右端の強制終了を押していい。君にほぼ全て任せることになってしまった。いつでもスタートしていいよ。」
「やってしまおう。ユダラ君、なんとか頑張るよ。」
「いい夢でも見てるよ。頼む。」
「では、おやすみ。」
デニスは再び読み取り装置を起動する。オレンジに光り、再びモスキート音が鳴る。
「ううう、眠っ、駄目だ………。」
ベルアントは再び一瞬にして眠りに落ちた。モニターには、森と崖が映し出されていく。
「すごい……。凄すぎる。情報がかなり細かい。君はすごいよユダラ君。」
1年半かかって入力された膨大な色分けデータが、ベルアントの神経データと脳波、微弱の電力への反応により、惑星の一部が映像化されていく。
「よし、97%再現できてる。リフトを下げます。」
モニターの裏に小走りで回り、地下へ導く無骨なレバーを、両手で一気に引き下げる。バギーとアヒルを乗せたリフトの天板が、ガクッと揺れ、動き出す。動力制御システムを搭載した大型のローラーが、レールを挟み込んで静かに降下していく。予備のワイヤーは適度な張りを維持したまま、順調に引き出されていった。
「降下はスムーズに行われています。」
音声記録を意識しながら、デニスは出入りと、シャッターのロックがかかっているのを確認した。地下10mに位置する巨大な“宇宙騙しの箱”に向かって、リフトは角度60度のレールに沿って暗闇に飲み込まれていく。
「自動ロックのシステムも正常です。降下中のトンネルが暗すぎます。明かりを追加した方がいい。」
モニター越しに身を乗り出し、地下を覗き込む。レールの先でパトランプが静かに回る。深い闇へ続く地下深くの冷たい空気が、地上に吹き上げていた。油圧シャフトの起動音が地下から聞こえる。鈍い金属音が響いた後、転送ドームの密封を示す赤文字の表示が出る。
「えーと、安全装置解除。」
キーを捻りながら足元のレバーを踏む。そのまま赤文字を指でスライドさせた。
「転送ドームを起動します。」
大きな起動音が地下から鳴り響く。2台のコンプレッサーが転送ドームの2重壁内部の空気を抜き始めた。汽車が走り出すようなリズミカルなエアーの音が加速していく。真空圧を示すメーターを見ながら、デニスは惑星の転送地点を設定し始めた。
「平地がひとつも無い。森の中だと観測しにくいので、崖の上に転送します。」
転送地点をできるだけ平坦な崖に合わせる。ベルアント作成のマニュアルを捲りながら、デニスは鼻先に汗を滲ませていた。
「地点設定が難しい。表示が23だから、地盤の厚みから逆算して、17.85……で、」
真空圧を示すメーターが、規定内に到達し、モニターにご機嫌なスマイルのマークが表示される。
「あはは。ユダラ君。いいね、スマイル。」
ベルアントの姿を横目で確認した。
「あ!!倒れてる!!」
手元に集中して気付かなかった。ベルアントは縛られた椅子と共に、ガレージの床に横向きに倒れていた。
「起こせないからこのまま行くね!ユダラ君!!人類史上初のテスト!!ガーガーちゃん、ユダラ惑星への探査を開始します!!」
スマイルマークを、掌で叩くようにベッタリと押す。スマイルマークが赤く点滅を開始した。
光源発生機の高音が地下で一斉に響いた。
ドームの2重壁の中を大量の光線が埋め尽くす。
超音波発生機が強く振動を始める。
放たれた光線が光軸拡散フィルムに衝突し、
飛び散るように乱反射した。
暴れ狂う光線が漆黒の壁に次々と激突する。
「もうノイズはできてるはずだ。どうなってるんだ!!」
モニターに映し出されたノイズフィルターの数値は、
全てが999999.99のまま動かない。
「観測できてないのか?上手くいってるのかな?」
表示されたスマイルのマークが、
大きな通知音と共に惑星のマークに変わった。
ドーム内の小型カメラは白で埋め尽くされた。
音声が、失われたように消えた。
「よし!!ノイズで満たされてる!!宇宙が見失った!!真空を弱めるよ!!」
右上のカバーを開け、中のレバーに手をかける。
「ガーガーちゃん、健闘を祈る。」
デニスはその手を強く引いた。
ガコン、という音とともに、
2重壁の安全弁からエアーが抜けていく。
「さぁ、宇宙よ、勘違いしてくれ。」
デニスはモニターを見つめる。
ボゥゥオォンッ!!
短い音が突然鳴り響いた。
周囲の空気が大きく揺れる。
金属製の建造物が歪むような不協和音に、
巨大な怪物が唸るような厚い音が混ざっていた。
地下で爆ぜたその音はガレージを揺らす。
「何の音?!きたか?!」
デニスはモニターに映し出される崖を見る。
タッチボールを操り、慎重に拡大した。
「あった!!バギーがある!!ユダラ君!!上手くいった!!!!」
更に拡大し、その画像を記録した。
デニスは額の汗を拭い、
人生史上一番の笑みを浮かべた。
「ガーガーちゃんを確認!!テストは大成功!!」
デニスは大きな拍手をした。
「ユダラ君!!上手くいった!!君は天才だ!!」
床に倒れたままのベルアントに、賞賛の喝采が降り注ぐ。
「ガーガーちゃん、痛くなかったかい?」
バギーのスキャニング装置から、
地形と高度、地盤強度などの観測データが、
次々に送信されてくる。
ビリーの支柱に使用されていた技術が、
その性能の高さを発揮していた。
「少し雨が降っているね。ユダラ君、不安だったりしたのかな。ガーガーちゃんが風邪をひくね。帰還しよう。」
惑星のマークに左手を乗せ5秒待機する。右手でレバーを元の位置まで押し込んだ。起動音が鳴る。惑星のマークがスマイルマークの赤い点滅に代わり、真空圧を高めるエアー音がリズムを刻み出した。
「生きと帰りのマークを変更しないと分からなくなりそうだ。一連の動作も多い。連動と自動化を増やして、ケアレスミスの対策をした方が良さそうだ。」
規定圧力に達し、スマイルマークが緑色に点灯する。
「よし、ノイズ生成!!」
掌でマークを押す。
再び光源発生装置の高音が響いた。
ノイズフィルターの数値がみるみる上がる。
「惑星のガーガーちゃんとバギーの情報を、えーと、ドーム床の受信機……あ、これか。地点設定を、ここに、」
ノイズフィルターの数値が999999.99を示した。
「よし、空気を抜きます!ガーガーちゃん!帰っておいで!!」
デニスはレバーを強く引いた。エアーの抜ける音が響く。
「来るか?どうだ??」
これで上手くいけば、成功に大きく近づく。デニスはモニターの縁に両手を着き、固唾を飲んで見守っていた。
ボゥゥオォンッ!!
再び大きな衝撃音が鳴り響いた。
「またこの音だ!!帰ってきたか?!」
ドーム内のカメラを見守る。
白い空間が霧が晴れるように消えていく。
バギーの姿がそこに映し出されていた。
「やった!!成功だ!!ユダラ君!!僕達はとんでもないものを作ってしまった!!ユダラ君!!」
脳みそ読取装置の接続を解除させ、
モニターの裏へ回り、
リフトのレバーを上に押し上げる。
ワイヤーの巻き取りが始まった。
ローラーのモーター音が地下から近付いてくる。
デニスはベルアントに駆け寄った。
「ユダラ君!!起きて!!起きて!!」
デニスはベルアントの脇腹を、
これでもかと、くすぐった。
「……ん……っっ!!ははっっ!!なに!ははっっ!!やめろ!!くすぐったい!やめて!!ははははっっ!」
「成功した!!バギーが帰ってくるよ!!」
デニスは喜びのあまりに、
脇腹をくすぐり続ける。
椅子にきつく縛られ、
ベルアントは涙を流して足をバタつかせた。
「やめて!!死んでしまうっ!!やめっっ!はははっっっ!!!!」
ユダラの笑い声がガレージに響き渡った。
デニスは満足したのか、
手を止めて静かに言葉を落とした。
「君はすごい人だ。ユダラ君。」
体を縛っていたベルトが緩められる。
「ひーっ、やっと解放されたっ。地獄だったっ。やめてくれよデニス。……あれ?なぜ倒れてるの?!」
「モニターに夢中で、気付かなかったんだ。いつの間にか倒れてたよ。あははっ。」
「肩が痛い……。こりゃ痣になるよ。痛ぇ……。あっ!帰ってきたっ。」
デニスの肩越しにバギーが上がってくるのが見えた。雨に濡れ、タイヤには土が僅かに付いている。ベルアントは立ち上がって助手席を見た。
「ガーガーちゃんが、帰還した!デニス、うまくやったね。君のおかげだ。」
ユダラは水滴の付いたアヒルをそっと手に取ると、デニスにそっと渡す。
「ユダラ君、雨が観測されていたんだ。タイヤに土も着いてるよ。惑星の情報をそのままこっちに送り込むから、惑星で起きたことが再現されるんだね、やっぱり。予想通りだ。」
アヒルの体を服で優しく拭き取り、顔の前に持ち上げ話しかけた。
「お疲れ様でした。ガーガーちゃん。君は史上初の探索者だ。」
ベルアントは仁王立ちで満面の笑みだった。
デニスの手からアヒルを受け取ると、
指で摘んで、音を出させた。
潰れたアヒルをデニスに向け、
指を広げ再び滑稽な音がガレージに響く。
「デニス。次は、俺とバギーを転送してくれ。」




