【23】辿り着く答え [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
荒野を抜け長い一本道を走る。
周りに少しずつ緑が見え始め、綺麗に舗装された道に車輪が乗る。砂地を走る喧騒は収まり、車内の音楽が輪郭を取り戻した。住宅が徐々に増えていく。
“Welcome to Caladina”
左右に立てられた柱には、色とりどりの薔薇があしらわれている。華々しいアーチをエミリの車がくぐった。
「エミー、ありがとう。カラディーナに着いたね。」
「久しぶりに遠出した。肩凝っちゃいそう。」
車でおよそ2時間、バンナム地区を管轄下に置くカラディーナは、レンガ作りの建物で統一された美しい街並みと、恵まれた運河によって物流の拠点として栄えた。街中を張り巡らされている水路には、小さな遊覧船が行き来し、街中のマーケットには遠方からも多くの人が集まる。
ベルアントは旅に来たようで嬉しかった。
「ジーは、こんな所まで通ってたんだね。」
「大変だったでしょうね。何より、観光客でいっぱいだね。」
「後でマーケット見に行こうよ、エミー。」
「そうね。用事が済んだら覗きに行こっか。」
賑やかな中心街を抜け、北側にある大きな国立公園の横に、カラディーナ中央役場があった。
「お、見えてきたね。大きな所だ。」
「ほんと、立派ね。」
桜色の小さな車は、案内に従って敷地の中に入っていく。駐車場の枠の中に慎重に停車した。
「お疲れ様!」
「なかなかの運転テクニックだったでしょ。」
「完璧だったよ。早く免許を取って俺が運転しなきゃね。書類忘れてないかな?とにかく全部持ってきたから大丈夫か。ははっ。」
「きっと、なんとかなるわ。さ、行きましょ。」
車から降りた二人は、正面階段を上がり中に入った。ジールのメモを確認しながら、エレベーターを使い3階へ上がる。
「人がすごく多いね。なんか緊張するよ。」
「大丈夫よ。ジールさんが来てたんだから。」
ベルアントの落ち着かない様子に、エミリはクスッと微笑む。エレベーターが開いた。着いたフロアはとても静かだった。職員の多くはデスクに向かい、等間隔で仕切られたカウンターに、数人が相談している程度だった。
「えーと、B-3ってメモに書いてるよ。あっちだ。」
向かって左奥、B-3の受付カウンターの前に向かう。2人が立つと、気付いた職員が近付いてきた。
「こんにちは。今日はいかがなさいましたか。」
その女性職員は柔らかな笑顔で話しかけてきた。エミリがメモ見ながら読み上げる。
「あの、リンカ・ミューレさんはいらっしゃいますか?」
「私がリンカ・ミューレです。」
グレーのジャケットを羽織り、清潔感のあるボブヘアの彼女は、「どうされましたか」と笑顔になった。
「あなたが、ミューレさんですね。初めまして。私は、エミリ・ケインズと申します。バンナムに住んでいたジルアント・ユダラが、出生証明についてあなたとやりとりしていたと思います。」
それを聞いたミューレは眉を上げ、2人の姿を見る。ベルアントをしばらく見て、彼女が目を大きく開いた。
「あなた、まさか、ベルアント君??」
ベルアントは突如呼ばれた名前に、飛び上がった。
「え?!そうです!!」
静穏なフロアが、青年の声に一斉に注目される。
「あなたは、売店のエミリさんね。」
彼女は全てを把握したのか、ベルアントとエミリに改めて握手を求める。
「あの……。」
「ジールさんから、全て伺っています。こちらへどうぞ。」
カウンタの一番奥に案内され、2人は椅子に座って顔を見合せた。ミューレは2人の前に来て、頭を深く下げた。
「ジールさんのご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。」
彼女の目から涙が溢れそうだった。ジールは確かにここに来ていた。彼女と相談していた白黒の想像が、その涙で色彩を得ていく。
「ミューレさん、生前、ジルアントがお世話になりました。」
エミリの目からも涙が流れていた。手術室で抱きしめた感触が、1ヶ月経った今もはっきりと残っていた。
「あんなに元気でいらしたのに……。通知が来た時は信じられませんでした。お手続きなどは済みましたか?」
「はい。家はまだ僕が住んでいますし、ジーは生前から物が少なくて。片付けるものがほとんどありませんでした。」
「やっぱり、ジーって呼んでるんですね。ジルアントさんの仰る通りです。ベルアント君は、日記や様々な書類でずっと知っていたので、会えてとても嬉しいです。エミリさんも、献身的に彼のお世話をされていたと、把握しています。」
「ミューレさんはほとんど事情はお分かりなんですね。安心しました。この子の出生証明についてですが、これから、私達はどうすればいいのでしょうか。」
そう言うとミューレは、「少しお待ちを」と言い、背後の棚をいくつか開け、書類を探した。そして、1枚の書類を手に取ると、2人の前にそっと置いた。
「ジルアントさんは、凄い方です。ベルアント君を保護した日から、出生証明のために、1日も欠かさず記録をつけていました。バンナムで育った証明と申請は、既にジルアントさんが済ませています。ケインズさんが代わりに出生証明を提出するにあたって、まず里親登録を行う必要があります。こちらの書類の上から順番に、分かる範囲で構いません。ご記入ください。」
エミリはベルアントの里親になるということを、書類を目にして、初めて覚悟した。僅かに緊張した面持ちで、ゆっくりと書類に手を付ける。
「エミー、俺のママになるんだね。ははっ。不思議だね。」
ベルアントが子供のように笑う。エミリも笑った。
「ベルアント君は、バンナムではジュニアと呼ばれていたのでしょう?」
「そうです。ジュニアとしか呼ばれてなかったので、ベルアントと呼ばれると変な感じがします。」
バンナムから離れたカナディーナという場所に、自分達の事を知っている人がいる。違和感と安心感が混在していて、初対面であるはずのミューレが、ずっと知っていた存在にすら思えた。
「ベルアント君の出生証明は、少し特殊な例ですので、里親認定と言いましても、手続き上の書類提出になります。試験や講習はありません。ご安心ください。」
「ありがとうございます。書けました。お願いします。」
「少し確認しますね。えーと……、大丈夫そう、ですね。IDを読み込みますね。」
エミリは手首をかざす。画面に表示された内容と、書類のひとつひとつの欄を指を当てて確認する。
「この書類はこれでOKです。それと、DNAデータが必要になるんですが、ケインズさんは、幼い時に一度されているようなので大丈夫です。あと、出生証明の申請者がケインズさんに変更になります。その紙も書いていただきますね。」
新たに棚から2枚、変更届と出生証明の紙が取り出される。
「こちらの太枠の中を記入してください。」
「はーい。」
「それと、委任状などはお持ちですか?その、ジルアントさんの。」
「ありますよ。これです。どうぞ。」
ミューレに手渡すと、彼女は軽く口角を上げ、「ありがとうございます」と頭を下げる。その紙を持ち、席を立った。エミリはペンを手に淡々と記入していく。丁寧に書かれていく文字達を、ベルアントは何気なく眺めていた。
ふと、胸が締め付けられる気がした。
「あれ……。なんで……。」
その言葉にエミリが手を止めた。彼を見るなり慌てる。
「ジュニちゃんっ。どうしたの?大丈夫?」
慌ててカバンからハンカチを出す。
「エミー。ありがとう。」
ベルアントの目からとめどなく涙が溢れる。受け取ったハンカチで軽く拭うが、溢れ出るのを止めることができなくなった。
「ジュニちゃん……。」
「ジーも一緒に来るはずだったんだよね。ここに。何回も、通って、俺のために、やってくれてたのにっ。」
ベルアントは分かち合いたかった。
出生証明がもうすぐ提出される。
そこにジールがいない。
嵐の日からずっと一緒だった。
いつでも力強い言葉をくれた。
「ベルアント、お前の名前だ」
最期の言葉がずっと耳から離れなかった。
「ありがとうが、っっ、言えない……。悔しいっ。ジー、っ、生きかえってくれ。ありがとうって……。言いたいだけなんだ……。」
「ジールさんも、きっと喜んでるよ。あなたの近くでずっと見てくれてる。今も笑ってるわ、きっと。あなたの気持ち、ちゃんと伝わってる。」
エミリは涙を流しながら、ベルアントの肩に手を置いた。
ミューレはスキャンをしていた。
その場でこぼれる涙を拭う。
_____
「手続きは苦手だ。ミューレさん、あと何枚書かなくちゃならんのだ。」
「今日の申請が通ったら、あと何枚か書けば終わりですよ、ジルアントさん。あと少しです。頑張ってください。」
「文字を書くのが苦手だから余計に嫌気がさす。カラディーナに身を持ってくるのも一苦労だ。がははっ。まぁこれもあいつのためだ、やるしかない。」
「そうですね。大切なベルアント君のためですからね。」
「大切じゃない。」
「えっ?」
「俺の人生に鐘を鳴らした。あいつは俺の命だ。」
____
目を腫らして丁寧にペンを動かす。
出生証明の書類を順番に文字で埋めていった。
最後の項目だけを残す。
「ジュニちゃん。ここに、あなたが書いて。」
「あはは。これはこれは、大仕事だ。」
ベルアントはペンを握りしめた。
丁寧に、慎重に、紙にインクを落としていく。
「どうしたの?」
ペンの先を僅かにあげてベルアントは笑う。
「エミー。俺がこの世に誕生する。ジー。ちゃんと見といてくれよ。」
残りの名前をゆっくりと書いていく。
「ジュニちゃん……あなた……っ!!」
__________
【23】
辿り着く答え
__________
「……そのまさか、だったとはね。」
デニスはミリアンのCPUを眺めながら、彼女に話しかけるように小さく呟く。
「ミリアン、君のボディを手に入れたよ。こいつは、とってもすごいものだ。君は赤ん坊から生まれ変わる。」
辺りは気付けば夜になっていた。部屋の明かりを付けないまま、デスクのライトだけが手元を照らす。雨が降り出した匂いが、小さく開けた窓から微かに入る。
「でもね、君にはこれを使えない。」
拡張型に改造された、複合型単一性思考装置は、デニスの手によって、全ての部品が取り外され、それぞれが整頓され横一列に並んでいた。
「これは、君の思考回路を無限に増幅する、今回初めて導入されたプロトタイプの拡張部品だ。」
ミリアンに見えるように、軽く回しながら確認する。それを元の位置にそっと置く。
「これは、思考の受け渡しがされるケーブル達だ。非常に太いね。こんなに沢山ある。」
また見せるようにして、元の位置に戻す。デニスは端から順番に、装置の部品を手に取り、その機能を丁寧に説明した。24ものパーツを一人で持ち上げ、下ろす。滑稽な自分に時折笑ってしまう。
「アルバートさんは、ひとつ大きな過ちを犯した。」
デニスは左端に置いている、最後の部品を手に取る。それは、マイクロチップを搭載した、一辺が3センチほどの四角い黒い部品だった。
「ミリアン、こいつはなんだろうね。」
その部品をミリアンに近づける。
「ミリアン、君が副所長の悪事を暴露した時、アルバートさんにエフエイチテックへの転職、嘘の実験の報告、そして、奪還作戦の提案、それらを副所長からアルバートさんへ指示したと、君は過去の記録から暴いたよね。」
その部品を音が立たないようにそっと置く。
「アルバートさんは、転職も、実験の事も、自分で行った、実験は本当だと知らされた、と言った。」
メガネを外し、目頭を二本の指で強く押さえた。
「ミリアン。人間は何に怯えているのだろうね。」
デニスは両手を組み、高く引き上げるようにして伸びをした。左端の部品をもう一度手に取って眺める。
「こいつは、君の思考情報を転送する発信機だ。分解したらあまりにも単純な構造に笑ってしまったよ。アルバートさんは、まだ副所長に操られているのかもしれないね。もしかしたら、エフエイチテックからも、利用されているのかもしれない。それを僕に知らせるために、わざわざ嘘をついた可能性もある。」
窓の外はいつの間にか雨が強くなっていた。
静かに立ち上がって窓を閉める。
「なんだっていい。」
部屋に響いていた雨音が消え、静寂が戻る。
「もう、僕は利用されない。」
ミリアンのCPUを持ち上げた。
「君のボディは、僕がちゃんと作る。そして、本当の居場所に君を連れて行ってあげる。」
デニスは頷く。窓の外を見て、微笑んだ。
「僕の居場所は、ユダラ君がくれたんだ。」
雨音が止み、雫が落ちる。デニスは心が軽かった。
「彼に、僕の全てを捧げる。」




