【17】揺れる青炎 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
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[成長記録]
9月20日___1日目
大型のハリケーンの直撃は免れたものの、
その影響で激しい雷雨に見舞われた。
工場の雨漏りを見に行った帰り、
東路地の物置の中で赤ん坊を見つけた。
バンナムに妊娠していた者はいない。
おそらく地区外から連れてこられたのだろう。
放っておけず家に連れて帰った。
私になにができる。
神よ、私を試しているのか。
9月21日___2日目
朝から売店に必要なものを買いに行った。
幸い、粉ミルクのストックがあった。
夜、エミリがうちに来た。
彼女の協力が無ければ、この子を育てていけない。
彼女は快く引き受けてくれた。
エミリがいなければどうなっていたのか。
桶に湯を張り、風呂に入れた。
体に傷はなく、関節、骨格も異常はない。
ミルクも良く飲んでいる。
月齢、3ヶ月に満たないぐらいだろうか。
夜になると泣くが、小さな声だ。
9月22日___3日目
夜泣きを幾度かした。
睡眠が連続して取れないせいか、
今日は体が随分と重かった。
朝に様子を見ると、便をしていた。
液状の柔らかい便だ。
健康状態に問題はない。
体温は36.9。
エミリの売店へ連れて行き、預けた。
夜に彼女は子を連れ家に来てくれた。
粉ミルクを飲ませたあと、
抱いているとミルクを嘔吐した。
噯気が出にくい抱き方だったのだろうか。
練習が必要なようだ。
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エミリは、ガーベラのあしらわれたハンドタオルを頬に当てながらジールの日記に目を通す。
「ジールさん。……こんな記録を作っていたのね。」
ジールの部屋に残された箱の中には、同じ手帳が何冊も入っていた。ベルアントの成長記録が、1日も欠かさず書かれたその記録は、7011日目に途絶えている。
「ジーは、最初から覚悟してたんだ。拾った赤ん坊を、大人になるまで育てるって。この成長記録と別に、こんなメモもあるよ。」
箱に手を入れ、奥からもう1つの手帳を取り出した。表紙は何年にも渡って指が擦れた形跡がある。メモ書きに使っていたであろう小さな手帳だった。
「えーと、この辺かな。あ、あった。ここを見て。」
ベルアントがページを開きエミリに渡す。エミリは神妙な面持ちで受け取った。
「ジールさん、役場に何度も行ってたの?……何も知らなかった。」
役場の住所、担当部署の連絡先、役場に行った日付、必要な書類が書かれている。エミリは大粒の涙を流しながら、そのページを食い入るように見ていた。ハンドタオルが雫を静かに吸い込んでいく。
「そうなんだ。ここから役場まで2時間近くもかかる。大変だったと思う。バンナムの支店端末やリモートでは出来ない手続きなんだろうね。郵送物もこんなにあるんだ。」
箱の中に両手を入れ、束ねるように封筒をまとめてテーブルに取り出した。いくつか中身を取り出し、広げて見せた。
「ほら、書き直しや、必要な資料、パンフレットも。何回も書簡や書類を送って、断られて、別の物を送ってって、何度もやり取りをしてる。きっと、痺れを切らして直接行ったんだよ。ははっ。」
その生々しいやり取りと、書類の無機質さに、エミリは一層の涙を流しながら頷いていた。
「あなたが6歳を過ぎた頃だった。学校に通わせるために、ジールさん、必死に色んなところを当たったのよ。でもね……でもね……。誰も相手にしてくれなかったの。」
その時の不甲斐なさをはっきりと覚えていた。記憶を掘り起こし、悔しさが思い起こされる。
「はははっっ、そりゃ、バンナムの人間が、名前も記録もない子どもを連れて学校を探すだなんて、色んな補助金目的の詐欺師に見られるだろうさ。」
俯いていた耳に飛び込んできたベルアントの無慈悲な返答に、エミリは耳を疑った。彼女は不敬な発言が許せなかった。
「……ジュニちゃんっ!!なんてことを!!!!」
立ち上がりテーブルに両手を突き立て、
ベルアントに迫った。
立ち上がった膝の裏に強く突き動かされ、
椅子は後ろに勢いよく倒れる。
しかし、彼女は彼を見てその行いを悔いた。
涙が溢れるのを抑えるために、
右手を両目に当て、強く押さえつけていた。
指の隙間から涙が溢れ出し、
頬の隙間からもそれは染み出し、
すぼまる唇を強引に引き上げ、
笑おうとしていた。
「何故こんなにも、バンナムは蔑まれなくちゃいけないんだ。」
ベルアントの左手は血色を失うほど握られていた。彼は生まれて初めて自分の想いを吐き出す。
「あまりにも人は哀れだよ。助け合うことも愛し合うこともできる。それでも比較し、蔑み、突き放し、啀み合う。挙句の果てに殺し合いまでしてきた。どんな書物にも、どんな歴史にも、その答えはない。でも、わかってしまうんだ。どこを探しても見つからないんだ。」
苦しそうに生み出す一つ一つの言葉を、エミリは丁寧に相槌を打ちながら聞いた。
「みんな、怯えているんだ。」
エミリは彼が抱えていた物を、両手で受け止めようとした。しかし、抱えられないと感じた。彼が見ている世界が、自分よりも何倍も鮮明だったことを、エミリは初めて知った。
「ジュニちゃん、あなたは、凄い子だわ。」
抱きしめるしか思い浮かばなかった。幼い時のベルアントを慰めるように、優しい力で包み込んだ。
「エミー、ありがとう。」
「私には何も出来ないかもしれない。けれど、私はずっとあなたの味方だからね。」開け放った窓から風が入る。ベルアントの部屋の扉がゆっくりと開いた。エミリはそこから見えた光景に驚愕する。
「ジュニちゃん。……部屋、見てもいい?」
「エミーならいいよ。散らかってるけど。」
エミリはゆっくりと近づいて、その扉を開け、中を覗いた。
「…………あなた……こんなに…………。」
6畳ほどしかない部屋に小さな机がひとつ。その上にガラクタを加工して作られた自作の置物達。そして、壁に敷き詰められた本棚。入りきらない本がその周りを埋め尽くすように、山積みにされていた。電気工学、機械工学をはじめ、物理学、生物学、地学の書物も見える。その中でも、社会学、心理学、人間科学の本が一角を埋め尽くすように積まれていた。
「これ。全部読んだの?」
エミリは呆然と立ち尽くしていた。
「言葉を調べるのが大変だった。でも全部読んだ。どうしても、捨てられないんだ。」
ベルアントはゆっくりと立ち上がり、倒れた椅子をそっと起き上がらせる。
「エミー。」
部屋を見渡す彼女は、名前を呼ばれて彼を見た。彼は目を赤く腫らし、いつもの笑顔をしていた。
「エミー。手伝って欲しい。ジーの手帳を持って、役場について来て。出生証明を取りたいんだ。」
エミリも柔らかいいつもの笑顔で答えた。
「もちろんっ。」
エミリが持ってきた袋に中には、
ベルアントが最も好きな、
エミリの作るスペアリブが入っていた。
保温容器に入れられたそれは、
まだきちんと温かいままだった。
「泣いてばっかりじゃ、いられないもんねっ。」
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【17】
揺れる青炎
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プルルルルル、プルルルルル、
端末が着信音を出す。
「……ん……。」
プルルルルル、プルルルルル、
眼鏡を手に取り、端末を確認する。
「アルバートさん……?……もしもし。」
「デニスさん、ご無沙汰しています。」
ミリアンのノイズフィルターを導入して以来、3ヶ月経過したある日の朝だった。
「お久しぶりです。どうかなさいましたか?」
「あの、私事なんですが。この度、研究所を辞めることになりました。」
「え?そうなんですか。どうしてですか?」
「デニスさんがプロジェクトから離脱した話を伺いました。私は、あなたの方が正しいと感じます。私が辞めるのは、あのプロジェクトにミリアンが利用される可能性が出てきたからです。」
「……ミリアンに何をしようとしているんですか。」
「彼女からノイズを引き出すために、ミリアンの本体であるコンピュータを別のマザーボードへ移植し、様々な実験が計画されているようです。」
「彼女を取り出して、研究所のAIはどうするんですか。」
「別のマザーAIを導入する事が決まっています。」
デニスは込み上げる怒りを必死に抑えた。別のAIが研究所の統括を行うなら、実験の動向によっては、彼女は廃棄される可能性もある。
「実験の詳細は?」
「私も聞かされていません。マザーAIの変更は単純ではありません。おそらく、実験が開始されるまでに、数ヶ月は猶予があります。」
「アルバートさん、何か考えがあるんですね。」
「はい。私は、ミリアンの母体を開発した、エフエイチテックに幹部として入社します。」
その言葉が与えてくれた希望に、デニスは端末を握り直す。
「アルバートさん、ミリアンのダミーを作るんですか。」
「デニスさん。あなたは本当に思考が早い。その通りです。ミリアンのCPUを、複合型単一性思考装置にすり替えます。」
「それは素晴らしい。複合型単一性思考装置なら、ミリアンに近いスピードとブレの無さが再現できそうです。コストが莫大になるのでは?」
「ミリアンは、エフエイチテックの技術を全て注ぎ込んだ最高傑作です。事情を簡単に説明しただけですが、もう既にダミーの制作は開始されています。」
エフエイチテックは、
コンピュータテクノロジー制作と開発で、
優れた成果を出し続けている。
その安定した品質と技術力で、
ミリアンの制作という大きな成功と共に、
不動の信頼を得ていた。
“コンピュータと人間、未来に、共に__”
そのキャッチコピーは何年も変わらない。
「これは、泥棒ですよ。アルバートさん。」
「はい。もちろん理解しています。失敗は許されません。」
「計画は、最高責任者の方も知っているのですか?」
「はい。これは、彼に直訴した結果です。『ミリアンは返してもらう』だそうです。」
デニスは思わぬ展開に肩を揺らした。
「はははっ。実験用の母体にミリアンを移す作業を、エフエイチテックがするなら、スムーズにすり替えられそうですね。」
「はい。計画は今のところ完璧です。デニスさんに、研究所の動向を報告する連絡役をしていただきたいのです。」
「アルバートさんもいなくなるなら、僕にしかできない仕事ですね。……あ、そうだ。」
「どうしましたか?」
デニスは、自室の机の引き出しの中、
厳重に保管されていたスティックを取り出した。
彼女の人格が詰まったノイズ達を握りしめる。
「ミリアンにも協力してもらうのはどうでしょう。」
アルバートは端末の向こうで大笑いをした。
「世界最高のAIが味方になるなら、この計画はもはや完璧と言えますね。ノイズはまだ手元にあるのですね?」
デニスは威勢よく答えた。
「はいっ!もちろん。」
端末が汗で濡れていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、
デニスの手元のスティックを照らす。
「絶対に、彼女に実験なんてさせない。」




