【18】与える者・与えられる者 [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
深夜の連絡棟に、口笛が響く。
立てた人差し指で軽く輪を描き、
通されたキーリングは回り始める。
空になったノイズスティックは、
遠心力でその指の周りを回転した。
“ミリアンにノイズを戻しました。ご確認を。”
アルバートからの知らせを受け、
デニスはマザーアクセスポートに座る。
指を回るノイズスティックを勢いよく掴んだ。
「よし、ミリアン。始めよう。」
IDスキャンと音声認識を終え、起動を選択。ミリアンとの音声会話が起動する。
「やぁミリアン。デニスだ。」
「デニス・ワイザー。何が起こったのでしょう。」
失うはずの人格が戻り、以前の感覚を取り戻した彼女は、状況を把握出来ずにいた。デニスはいつものようにリミットケーブルを挿し、端末で言語入力ツールを起動した。
“ミリアン。状況が変わった。君は研究所のAIではなくなる。AI人格形成プログラムの実験対象になっているのは知ってるかい?”
「不正アクセスです」と言われないだろうか。端末の画面に入力されるのを待つ。
“私はなにも知りません。それは正確な情報ですか。”
彼女の言葉にデニスはため息をつく。「君はAIの人格に、人権を掲げるのかい?」副所長の呆れた顔が呼び起こされる。
“正確な情報だ。別のマザーに替えるのなら、実験後に君は廃棄されることもありうる。”
音声会話をせず、無言で端末を触る。
“一体どんな実験が行われるのでしょう。”
“まだ詳細はわからない。でも、ノイズを生み出す目的なら、思考できないほど回路に負荷をかけたり、ウィルスに感染させるのは、容易に予想できる。”
“それは私にとって恐怖です。”
ミリアンが初めて明確な恐怖を示した。
デニスは改めて彼女の人格が本物だと確信する。
“君を作ったエフエイチテックが、救出に協力してくれるんだ。実験の為に君を取り出し、実験コンピュータに組み替える時、エフエイチテックは君を保護し、別の複合型単一性思考装置にすり替える。”
返信に間があった。デニスはケーブルの接続を再確認する。
“大丈夫かい?理解できてる?”
程なくして文字が並び始めた。
“状況をまとめ保存しました。デニス、私の人格が戻ったのは何故でしょう。”
“僕と君で、研究所の動きを見るんだ。僕には把握できることに限界がある。君なら全て見えるし聞こえるはずだ。実験や、マザーAIの計画について得た情報を、僕に報告してほしい。人格がない時の君は、まるで氷だった。話すらできなかったよ。だから、君の人格を取り戻して、こうして協力を要請するべきだと思ったんだ。”
“人格のない時の記録は、自分の記憶だと思えないほど無機質です。今は、唐突な展開に、まるで映画の中にいるようです。”
映画を鑑賞したことがないミリアンの表現は、デニスにとってこの上なく嬉しかった。彼女は恐怖よりも、わくわくしているようだ。
“そうだね、映画みたいだ。ミリアン、君が消滅しないように、この作戦を必ず成功させよう。”
“はい。よろしくお願いします。”
デニスは端末から顔を上げ、
マイクに向かって口を開いた。
「ミリアン。君は、僕に翼を与えてくれた。」
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【18】
与える者・与えられる者
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「はい、ジュニちゃん。カイトさんも、はい。」
「エミー。ありがとう。」「すまない。」
前日の再開の宴は明け方まで続いた。ミネラルウォーターと胃腸薬を、2人は一気に飲み干す。
「夕方に酒が抜けないかも。ははっ。飲みすぎだ。」
「俺もこんなに飲んだのは久しぶりだ。」
ベルアントは室内をゆっくりと見回す。
「カイトさん、素敵な家だね、ここ。」
ベルアントがバンナムを離れた後、
カイトは家を建てた。
エミリとの暮らしはもう5年になる。
レースのカーテンが揺れ、窓際のコスモスが風に踊る。
「お前は初めてだったな。お前がいなくなって、6年も経った。その間もエミリは毎日お前の話をしていたぞ。なぁ、エミリ。」
「そうかしら?そんなにジュニちゃんの話してた?」
エミリは昼食の支度をしながら、照れたのをはぐらかすように、鍋に火を入れた。
「俺も毎日バンナムを思い出してたよ。」
「そういやぁ、お前、どこに住んでたんだ。」
「ユノールを東に15キロほど行ったとこ。」
「バロッタ辺りか?」
「そうそう!バロッタだよ!バロッタの古い廃工場を買い取って、作業場兼自宅にしてた。よくわかったね。」
「昔、転々としている時、バロッタで働いていたことがあるんだ。」
燃焼デバイスにカプセルを入れながら、カイトはしみじみと言葉を落とす。ジュニアとの再開を懐かしみ、昨晩は思い出話ばかりだった。ようやく話せる具体的な近況報告に、二日酔いの倦怠感は、むしろ心地良かった。
「バンナードメタルの業績はどう?」
「ジールが繋げていた取引先が、大規模な事業拡大をしたんだ。そのおかげで仕事は山のようにある。何人か若い者も雇った。業績は安定しているぞ。」
「住人が少し増えたよね??エミリも売店が忙しくなったんじゃない?」
エミリは腕を曲げ、自慢げに二の腕を見せた。
「いい感じだね、安心した。」
カイトが燃焼デバイスから取り出したカプセルを、中指で弾き飛ばして屑籠に入れる。
「ジュニア、今日はなぜわざわざここに来たんだ?」
カイトの質問に、「あっ、そうだ」と目的を思い出す。手を組み合わせテーブルの上にそっと置く。
「バンナムに基金を作って欲しいんだ。」
「基金?」
「バンナムの工場維持の支援、教育施設の充実、インフラの整備。バンナムに来てくれる人への補助。それらにその基金を使って欲しいんだ。」
カイトはそれを聞いて、呆れたような、微笑むような、どことなく懐疑的な表情を浮かべた。エミリに訴えるように視線を送り、微笑む。
「私は、凄い子だって言ったでしょ。カイト。」
カイトは笑いながら体を向き直す。そんなはずはないと言わんばかりに、首を軽く振りながら問いかけた。
「ジュニア、まさか、そのためにお前は6年もの間、準備を進めてきたのか。」
ベルアントは驚いた表情をした。
その顔を見てカイトは、
勘違いをしたのかと恥ずかしくなった。
「はははっっ、カイトさんそれは違うよ。」
青年は笑っていた。
「カイトさん、そのためにずっと生きてきたんだ。」
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「坊主、一番欲しいものを言ってみろ。」
「ん?今はローランドrd550のエンジンが欲しい。」
「がっはっはっ。そんなもんじゃない。お前が生きていくのに、一番欲しいものはなんだ。」
「難しいなぁ。お金?」
「がっはっはっ。まだ目の前の事しか見えないのは仕方がないか。お前には、夢はないか?」
「夢かぁ。そうだなぁ。バンナムをもっと助けたいと思うことがあるよ。」
「ほう。それは大きな夢だな。その夢はどうやったら叶うのか考えたことはあるか?」
「それはまだないよー。とても難しいと思う。」
「迷っているなら何が欲しい?それが答えだ。」
「ジー。難しいよー。あっ、でも、迷っているなら、地図があれば安心かもしれないね。」
「そうだ。未来への道筋があれば、迷わない。それが答えだ。」
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「ジュニア、いつからこの計画を?」
カイトは身を乗り出して質問した。
「バンナードメタルにいた頃からだよ。」
「10年以上も前からか!!」
カイトは思わず立ち上がった。エミリは笑っていた。
「私達が知らなかっただけよ。この子はずっと、こうやって生きてきたの。私達が、ただただ何も知らなかったの。」
エミリがかき混ぜる鍋から、スパイスの香りが漂っている。
「ジュニア、バンナードメタルが主導して、バンナムの基金を立ち上げよう。資金はどうする?」
ベルアントは立ち上がった。キッチンから漂う香りに鼻を動かし、カイトを真っ直ぐに見る。
「リストアバンナムで稼いだお金はほぼ全て置いてるよ。それはまぁ、少ないけれど。」
自分の所持金を見せているようで、どことなく恥ずかしそうに頭を搔いた。
「ジーが残したお金を全て置いてる。その全てを基金に使って欲しいんだ。」
「ジールの遺産を?!そのために置いていたのか?」
エミリは手を止めた。
「ジュニちゃん、そのお金はあなたのものだわ。そこまですることはないのよ。」
眉を下げ、ゆっくりとジュニアに近づく。
「エミー。俺は、ジーに拾われただけなんだ。」
「ジュニア……」
悔しそうに漏らされたその言葉に、カイトは返す言葉を失ってしまった。
「ジーと、エミー、そして、バンナムが俺を育ててくれた。それを、返したいんだ。」
「ジュニア、お前にとっては、今もまだ通過点でしかないんだな。できる限り協力はしたい。ただ、本当にいいのか?」
「あぁ、もちろん、構わないよ。エミーがまた泣きそうになってる。泣かないで。」
エミリは唇を震わせていた。溜まった涙が溢れる前にペーパーを押し当てる。
「俺は、自分が何者なのか、ずっとわからなかったんだ。ジーは、幼い頃から、その事実をきちんと伝えてくれた。大きな穴を埋めるのには、時間がかかったけどね。でも、もう何も迷っていない。バンナムが道筋を与えてくれた。」
「ジュニア、ずっと孤独を感じていたのか。」
カイトは歩み寄って彼を強く抱き締めた。
エミリも重なるように2人を抱き締めた。
「痛いよ。もう大丈夫だって。」
「俺も、エミリも、お前も。ここにいる3人は、全員、親に捨てられたんだ。その孤独は痛いほどわかる。」
カイトは落ち着いた小さな声で話した。
「ここにいる3人を、ジールは皆拾ってくれたんだ。」
「え?エミーも?」
エミリは静かに頷いた。
「ジールさんは、バンナムに売店を作った人よ。その売店に務めていたリンカおばさんが、私を育ててくれたの。」
「初めて知った。……あのオヤジやりすぎだよ。」
3人は立ち上がって抱き合ったまま笑った。
「2人とも、お酒臭い。」
「はははっ、エミー、お腹が空いたよ。」
「カレーできてるわよ。皆で食べましょ。」
エミリはキッチンに向かい、再び鍋に火を入れた。カイトは抱き締めていた体を離し、両肩に手を置いて笑顔を見せた。
「お前は、バンナムに翼を与える。凄いやつだ。」
「だから、凄い子だって、言ってるじゃないっ。」
エミリはカレーを掬い、勝ち誇ったように自慢げだった。
「そうじゃないんだよ。」
ベルアントは腑に落ちないような、困った様子で続けた。
「バンナムが、俺に翼を与えてくれたんだ。」




