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《ベルアント・ユダラ》心揺さぶる群像劇。惑星探索アトラクションに挑むSFヒューマンドラマ。  作者: ユダラバギー|脳内探索アトラクション


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15/25

【15】誰も知らない名前[ユダラバギー|脳内探索アトラクション]



トンットンットンッ、

ドアは静かにノックされた。


「ジュニちゃん、大丈夫?」


エミリは水色屋根の家の前にいた。葬儀を全て終えた後、家に入ったきり鍵がかけられ、ベルアントは3日間姿を現していない。彼に降り掛かった悲しみの重さを、エミリは十分に理解していた。息を深く吸って吐き出す。破裂しそうになる胸を、少しでも抑えたかった。


「ジュニちゃん……」


すると、ドアの向こうで返事が聞こえた。解錠の音がして、静かに扉が開いた。


「エミー、どうしたの?」


ベルアントは何事もない顔をして出てきた。


「ジュニちゃん。何も食べてないでしょ?大丈夫?」


エミリは顔を見た喜びも束の間、悲しみの色を全く見せない彼の姿に、薄いガラスを握ってしまうような不安を感じた。


「腹ぺこなんだ!!エミーありがとうっ!」


想像を軽々と飛び越える明るい返答に、思わず「え?」と声を出した。


「何日か飲み物しか飲んでないんだよ。入って。面白いものが沢山あるよ。」


「あっ、うん。大丈夫なの?」


「ん?なにが?」


ベルアントは肩を軽く上げ、顎を前に出し、エミリの問いかけに困惑した様子だった。胸のつかえが安堵に書き換えられる温かさに、膝の力が抜けそうになる。


「ううん。なんでもないの。」


「エミー、いいから入って。」


繰り返し修理された頑丈な木製のドア。何度も開け、何度もくぐった、ジールの家。入ろうと手をかけた時、その場所が磨り減り、丸みを帯び、木目が浮き出ていることに初めて気付いた。いなくなってしまった事で、残したもの全てに存在が宿っている気がした。エミリはハンカチを目に押し当てる。


「エミー、久しぶりじゃない?ここに入るの。」


「そうね。ちゃんと入るのは、……3年ぶりかしら。」


ジールの家はシンプルだった。20畳の一間にキッチンとダイニングテーブル。3人がけのソファーに小さなローテーブル。風呂とトイレと洗面所は奥の扉の向こうにあった。棚は小さなものだけを備えるだけで、彼の性格が表れた無駄のない部屋だった。


「あー、久しぶり。この匂い。」


葉巻と天然の香木を燻す度に染み付いた匂いは、エミリの第2の家とも言える象徴だった。覚束無い足取りで自分に駆け寄るベルアントと、こっちを向いて笑いかけるジールが昨日の事のように思い出される。


「片付けようと思ったんだけど、この通り、物があまりにも少なくて、やることは特にない。ははっ。」


ベルアントは初めて少し寂しさを滲ませた。


「ジールさんは趣味も特にないもんね。それに、無駄が嫌いな人だった。あれ?ジュニちゃん、こんな壁あったっけ?」


窓があったはずの西側が壁になっている。

エミリは見当がついて嬉しくなった。


「これ、ジュニちゃんの部屋?」


そう言われたベルアントは、少し恥ずかしそうだったが、同時に自慢げでもあった。


「そうだよ。エミー知らなかったっけ?部屋を作れってジーが言ってくれたから、ここに作ったんだ。」


「部屋ができて良かったわね。もう、大人だしね。」


自分が訪れない間に起きた変化。

赤ん坊のベルアントを毎日抱いていた記憶が交差して、こんなにも月日が流れたのかと、エミリは自分の手の甲を見る。

あの頃からもうすぐ20年になろうとしている。

手にはその歳月が僅かに現れていた。


「ジーの物より、自分の部屋を片付けなきゃ。めちゃくちゃなんだ。ははっ。」


ジールの片付けをしなければならない現実を、頭を掻きながら笑ってみせた。


「ジュニちゃん。大きくなったわね。」


思わずベルアントを抱きしめた。腕の中で眠っていた赤ん坊の姿が昨日の事のよう。あまりにも早く流れた月日に、残酷な現実を突きつけられた気がした。


「あんなに、小さかったのにね。」


エミリはこの感情が何なのかわからなかった。

母親でもない。

小さなベルアントの面倒を見るのに必死だった。

両親がいなくなったことを重ねていた事実。

その未熟さ、不甲斐なさ。

気付けば20年も経っていた。

そしてこんなにも立派になった。

愛おしくてたまらないこと。

また、泣いてしまっていること。

全てが押し寄せてどうしようもなかった。



「エミー、そんなに自分を責めないで。」



ベルアントの一言にエミリは驚いた。

自分の心の声が届いてしまったのかと思うほど、脈絡もなく放たれたその言葉に、嘘の釈明をしそうになる。


「ジーも、エミーも、俺も、必死だったんだ。だから、こんなにあっという間に時間が経った。何者かわからない子どもを、こんなにも、大切にしてくれた。エミーがくれた温かさを、俺は絶対に忘れない。」


そう言ってベルアントは強く抱きしめ返す。

エミリは込み上げる全てを受け入れるように、

その胸の中で、大声を上げて溢れさせた。


互いの左肩は、慈愛の染みを滲ませていく。


「ジュニちゃん、……ありがとう。」


顔を起こし、頭を撫でた。彼に笑いかけたが、目に涙を溜めたまま、ベルアントは真剣な顔をしていた。


「エミー、あの箱に入った日記と書類をずっと見ていたんだ。」


エミリはその言葉を聞いて、頷いた。


「……うん。何の書類だった?」


エミリだけが手術室で聞いたジールの言葉。


“書類がある。続きを頼む。”


その意味を確かめる必要があった。ベルアントは表情を変えることなく、3日間読み続けたその箱を指差した。




「ジーは、俺の出生証明を取ろうとしていたんだ。」





__________


【15】


誰も知らない名前


__________





「やるかー?!ワイザークソ親父!!」


「おい、言っちゃあいけねぇ事を言ったなクソ坊主。」


「おぉー?今夜も出るかぁ~?地獄のワイザー!!」


「ちょっと、落ち着きなよ2人とも!!」


骨付き肉とクラフトビールを求める客で、週末のブッカブッカは、大きな賑わいを見せていた。2人の寸劇も周囲から浮くことはない。若者の煽りとも取れる好戦的な態度に、ワイザーが、野太い声を上げる。


「サンド!!一番強い酒を持ってこい!」


自分の名前を受信し、補聴器が自動で強調をする。離れたサンドは3人を見て、ニッコリと笑いながら頭の上で輪を作った。


「あ~あ~ぁ、また始まっちゃったよ。はははっ。」


デニスはオレンジジュースを飲み、フライドポテトの皿に残った欠片をたいらげ、皿をテーブルの端に寄せた。


「はいよ!!ガルジャーナル53度だっ。氷とグラス置いとくぜー!」


サンドは目の回るような忙しさに額を汗で濡らしていたが、それを楽しむかのように酒を持ってくる。


「デニス君、今夜も帰りが大変になりそうだねっ。」


サンドの気遣いに、やれやれ、という呆れた素振りをする。


「サンドさん、今晩も遅くなっちゃいますよ。いつもすみません。あと、グリルチキンと、もう1つフライドポテトをください。」


「はいよ。時間は気にしなくていいから、楽しく飲んでくれ。おい、2人とも、仲良く飲めよ!はっはっは!」


サンドは軽快な足取りで戻っていく。ワイザーは鋭い目つきでグラスに氷を入れる。グラスをユダラの前に置いた。


「お前、なにか企んでるだろ。」


「え?なんの事でしょうか。ワイザーおじ様。」


「お前が仕掛けてくるなんて珍しい。奇妙だ。寒気がする。」


ワイザーがボトルを持とうとしたが、ユダラはそれを取り上げた。


「私がおつぎしますよ。へへ。」


ワイザーのグラスにガルジャーナルをゆっくりと注ぐ。開けたてのボトルが子気味良い音を鳴らしながら、グラスの氷を溶かしながら流れ込む。バランスを崩した氷は、滑らかに回転した。


「ワイザーおじさん、俺とバンナムに来て欲しい。」


「どういうことだ。デニス。お前も知っているのだろう。」


ユダラの突拍子もない誘いに、思わず本人ではなく息子に聞いた。


「父さん、ユダラ君は、バンナム出身なんだ。」


ワイザーは目を大きく開いた。バンナムには行ったことがなかったが、どういう場所かは知っている。かつての友人もバンナムに逃げ込んだ。そして、ある噂も耳にしていた。


「ユダラ、隠してたのか。」


柔らかい声色で尋ねる。


「いいや、言うタイミングがなかっただけだよ。」


ワイザーはグラスを持ち上げ、そっと口に含む。強いアルコール感に眉を寄せた。


「ユダラ。バンナムにとんでもなく凄いやつがいると聞いた事がある。12歳で鉄工所の仕事をなんでもこなし、乗り物も自作し、発電機も作り、どこでも修理する。“バンナムの翼”と呼ばれていた。だが、ある日突然バンナムを立ち去った。その後、消息は不明、そして、誰もその名前を知らない。あくまでも噂を耳にしただけだ。お前はそいつを知っているか。」


それを聞いたデニスは、ユダラの顔を2度も3度も見た。口を大きく開けて手を当てる。


「ユダラ君、君の事じゃないのかい?」


黙って聞いていたユダラは、ガルジャーナルを一気に飲み干した。


「それは別の人だよ。俺はそんなやつは知らない。」


静かにボトルを手に取り、グラスに注ぐ。


「俺の友人がバンナムに逃げ込んだ。どうしようもないやつだ。いいやつだがな。長年連絡も取っていない。というよりも、連絡がつかない。そういうやつだ。」


「友達がバンナムにいるの?名前は?」


「そいつの名前は、ビリー・フローランスだ。」


それを聞いたユダラは酒を吹き出しそうになった。

歯抜けのビリー。

立ち上がって大笑いをした。


「あっはっはっはっ!!ビリーおじさんとワイザーおじさんは、友達だったの!?待ってっ、面白すぎるよ!!はっはっはっ!!!」


デニスは何が面白いのかわからず、ぽかんと口を開けていた。ユダラのあまりにも楽しそうな姿に、自然とつられて顔が綻ぶ。


「ビリーを知っているのか?あいつは元気にやっているのか?」


ワイザーも立ち上がってユダラの肩を掴む。

友人の安否は、大きな笑いに安心に変わる。


「歯抜けのビリーおじさんだ。小さな頃からよく遊んでもらっていたよ。大好きな人だ。デニス、ビリーおじさんには感謝することになるぞ。」


デニスは置物のように静観していたが、その言葉で正気を取り戻した。


「プロジェクトに関わってくれる人なのかい?!」


デニスも立ち上がった。


「2人とも乾杯しよう。はははっっ!!こんな面白いことになるなんて思わなかった!!」


言われるがままグラスを持ち、

3人は子気味良い音を立ててグラスを交わす。

ユダラは目に涙を溜めて言い放つ。






「歯抜けのビリー。バンナムの伝説の穴掘り屋。ボナハートに穴を掘るのは、ビリー・フローランスだ!!」









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