【11】受け継がれるもの[ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「よし、新入生の君達は、まず理論を頭に入れる必要がある。あまり詰め込まず、今回はここまでにしておこう。復習をしたい人はしてくれていい。講義に関係しないことでも何でもいい。私に何か質問がある人は挙手をしてくれ。」
情報科学、人格情報工学で数々の発展に貢献し、名誉教授として就任しているジョシュ・グリードの講義は、通年高い倍率を誇る。名門サンブリッド大学の学生達は、彼の話を一言一句聞き逃すまいと、それぞれの想いを胸に着席している。
「えーと、じゃあ、その赤い服のあなた。そう、君だ。」
真っ直ぐに手を挙げる人をジョシュは選びやすい。彼の講義には、そんな統計まで存在する。
「教授の好きな科学者や研究者を教えてください!」
元気な声に、ジョシュは笑顔で応える。
「いい質問だ。ありがとう。私が最も好きな科学者について話そう。人格情報工学を専攻している君達は、必ずこの名前を聞くと思う。『デニス・ワイザー』だ。彼はこの人格情報工学の創始者と言われている。そもそも量子力学の分野でも、ワイザーは鬼才と呼ばれかなり有名なんだ。これだけでも彼のすごさがわかると思う。量子力学の論文についてはかなり難解だが、少し分かりやすく話してみよう。」
前面の大型ディスプレイに、教授の“殴り書き”が始まる。
「君達は当たり前のように“ノイズ”を扱って仮想空間に遊びに行けるよね?これは、60年も前に彼が考えた理論が応用されている。」
小さな箱の絵、そして、線を次々に書いていく。
「真空状態の箱の中に、純粋な光を通過させる。
この光を『1』としよう。
光を屈折させる物質に2重にも3重にもこの光を通して、それを観測した時、『1』ではなく、『1.000023』になっている時があったんだ。
この、『0.000023』という増えたものを、彼は取り出すことに成功する。
それを調べると、“何物でもない何か”だったんだ。
『1.000023』の時は光として観測されている。
『0.000023』だけ取り出すと、何か分からない。
これがノイズの正体なんだ。」
学生達の一部はそれを理解しているのか、大きく頷いた。
「観測することも取り出すことも、非常に難解なんだけどね。彼がユニークなのは、このノイズを大量に集めたこと。それを真空状態の空間に飽和するほど入れた。こんな事を思い付くのが面白いね。」
ディスプレイに書かれた箱の絵の中を、ペンで書かれる渦で埋め尽くしていく。
「すると、小さな箱の中が、重力、温度、光子あらゆるものが安定しない不可思議な空間に変わった。それは、宇宙が認識できてない事を示していた。
彼の残した、『宇宙は騙せる。』という言葉はここで生まれたんだね。
『宇宙騙しの箱理論』という言葉も有名だ。
未だに研究が続けられている謎多き分野でもある。
君達が、休みの日に仮想空間にワープして遊んでいるのは、この技術が応用されてる。ワープの仕組みは更に説明が深くなるから、今回はやめておくよ。」
教授は時計を一度確認したが、
自身の好きな科学者の話に、
その勢いを抑えられずに続ける。
「もう1つ、ワイザーの発見で有名なのは、コンピュータの回路に関しての発見だ。
60年前までは、コンピュータの回路は電気の流れとして1から2に行き、2から3、そしてCPUという脳に行って、指令が出され、3から2、2から1に伝わるような、順番に伝わっていくと考えられていた。
今となっては不思議な考え方だよね。
この常識をひっくり返したのは彼だよ。
1から発信されたものはそこにいるだけ。
それをCPUが感知して直接捕まえにいくんだと。
1から3までの回路は、あくまでも地図の座標。
そのスピードや処理能力が違うのは、電気信号の伝達スピードではなく、感度の違いだと提唱した。
プログラムを順番に構成し人間が把握しやすい構造にしていたことで、コンピュータはその順序に従っていただけだった。
コンピュータは情報と要素だけあれば、CPUが感知して形にすることができる。
人類の“大いなる勘違い”を、彼は見つけ出したんだ。」
初めてこの事実を知ったのか、
へぇー、という声と、
隣合った者同士で会話をする者がいた。
「20代でこんなにも常識を覆したんだから、デニス・ワイザーがいかにすごいかわかるだろう。理論などにはもちろん反対意見も多い。なによりも、私が彼を好きなのは、彼の理論の素晴らしさはもちろん、全てに“思いやり”を持っていたと言われている点だ。
まず、彼は特許を少ししか取っていない。
彼が特許を取得したものは、使用するのに倫理的に問題が生じる可能性があるものばかりだ。
悪用されないように特許を取ったのかもしれないね。
莫大な収入が得られる発見をしたのに、彼はその収入に興味を持たなかったとも言われている。」
専門分野の頭を拗られるような講義が終わり、
リラックスしていたからか、
学生達は講義よりも素直に教授の話を聞いていた。
ディスプレイの画面を消し、1歩前に進んで話を続ける。
「AI研究の第一人者、アルバート・ギルを知ってるかな?エヌエイチテックのCEOをしていた事で有名な方だね。彼はワイザーの事を生前に多く語っているんだ。アルバートは、バックボルト研究所に務めている時に、ワイザーと共に“ミリアン”というAIのメンテナンスで一緒になったことがある。当時のバックボルト研究所を統括していたミリアンというAIは、“氷の女王”と呼ばれるほど、人間に対して冷酷だったんだ。
その彼女に彼は、“やぁ、僕だよ、デニスだ。”なんて話しかけ、ミリアンはとても柔らかいトーンで話したそうだ。
彼らしいエピソードだね。
その他にもワイザーは現在の科学や常識に多大なる影響を及ぼしているよ。」
最前列に座っていた1人が、
教授に向かって何かを知らせる姿が見えた。
「おや、こんな時間だね。
デニス・ワイザーについて、君達も是非調べてみてくれ。彼には“噂”も多く存在している。面白いぞ。
“彼ほど若く、優しい天才は、後にも先にもいない。”
今回の講義はこれで終了しよう。課題の範囲、きちんとみんなわかってるな?次も有意義な講義にしよう。みんな、お疲れ様。」
学生達が一斉に立ち上がり、
それぞれのカリキュラムに合わせ移動を始める。
所々で小さくデニスの話が聞こえていた。
チャイムが学内に響き渡った。
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【11】
受け継がれるもの
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「ありがとうジュニア君。凄いね君は。何でも直してしまうんだから。」
新しいライト、モーター交換、足回りのオーバーホール。放置されていた電気スクーターは、外装こそ古いままだが完全に直されている。依頼主は驚いた表情を浮かべていた。
「まだ全然乗れるよ。何かあったらまた連絡してね。」
「少ないがこれ、取っといてくれ。」
ジュニアは端末に表示された金額を見て、首を横に振った。
「そんなにお金はかかっていないよ。3分の1で充分だ。」
「すまないな。助かるよ、ありがとう。」
手首を端末にかざし、小さな通知音が鳴る。
「こちらこそありがとうございました。またのご利用お待ちしております。」
笑顔で手を振りその場を後にする。端末を見ながら、次の依頼を確認する。
「次はポーラーおばちゃんとこのドアだね。」
軽快な足取りで拠点に戻る。
“リストアバンナム”
金属のスクラップを寄せ集めて作られた、
個性的な看板が掲げられている。
工具箱を小さな1人乗りバギーに乗せ、
“ポーラーおばちゃん”と張り紙のされた袋を、
バッグに押し込んだ。
バギーに跨ってリコイルスターターに手をかける。
「これが終わったら飯にしよう。」
勢いよく腕が踏み引かれる。
エンジンが点火され圧縮と爆発が始まる。
アクセルを軽く開き煤を吐き出すと、
燃料と排気ガスの香りが立ち込めた。
「出発だ。」
アクセルを一気に開き、勢いよく飛び出した。
砂煙を巻き上げ、
バギーは今日もバンナムを駆け抜けていく。
そのバギーのマフラー音は、
皆が聴きなれた“町の修理屋”のアイコンになった。
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「この音、ジュニアがまたバギーで走ってる。もう1年になりますね、ジールさん。本当に良かったんですか。」
「ああ、あいつは今、羽を動かし、飛ぶ準備をしている。」
バンナードメタルの所長室のデスクには、“所長カイト・グレース”と書かれた、真新しいプレートが置かれている。
「ジールさん、引退したら、ここには来てくれないのですか。」
「新しい昼食係への引き継ぎももう終わった。ここで俺がやる事は何も無い。」
「皆やめて欲しくないと言っています。しばらくは電話番でもいい、来てくれませんか?」
ジールは、冗談はよせ、と言いながら、震える手で腕時計を触る。
「カイト、俺はもう長くない。」
「まだまだ元気ですよ。」
カイトはジールという絶対的な存在が、居なくなるという未来を、受け入れられずにいる。
「はははっ、無茶を言うな。目も耳も随分と悪くなった。ここは、お前がいれば問題ない。俺には、別にやらねばならないこともある。ここにいては、前に進めない。」
「やらねばならぬこと、ですか。」「あぁ。」
その後の言葉が続かなかった。
これ以上聞くのはやめよう、
カイトは人工肺の機能保全燃焼デバイスを起動させる。
「カイト、エミリを頼むぞ。」
「エミリ?!なんのことです??」
「お前が夜な夜な会いに行ってるのぐらい、俺は知っているぞ。」
カイトは投げつけられた突然の暴露に、恥ずかしさと動揺で顔を紅潮させた。鎖骨の下にデバイスを押し付け、深呼吸をする。
「はぁ……。知ってたんですね。」
「エミリもエミリだ。何気なくお前の事を尋ねただけで、飛び跳ねて話をしてくれたぞ。」
「エミリ……、あいつ……!!はははっっ!」
カイトはなぜエミリとの関係を、隠そうとしていたのかわからなくなった。諦めに似た感情がやがて羞恥に変わり、内側から笑いとなって込み上げる。
「ジールさん、ありがとう。」
「お前らは大人だ。勝手にすればいい。ただ、エミリを、大切にしてやってくれ。」
「分かりました。」
ジールは目頭が熱くなり、
壁を向きながら立ち上がって、
ゆっくりとドアに向かった。
カイトは立ち上がった。
その背中に向かって、
決意をぶつける。
「ジールさん!!バンナードメタルは、僕がしっかりと受け継ぎます!!今まで、ほんとに、ありがとうございました!!」
それを聞いたジールは動きを止め、
僅かに俯いたように見えた。
ゆっくりとドアノブが回され扉が開く。
廊下に差し込む眩しい光が、
シルエットを鮮明に浮かびあがらせる。
所長室と廊下の境目に、杖を力強く突き立てた。
「カイト、バンナムの未来を、“お前達”に託す。」




