【10】ソーセージが焦げるまで[ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
仮眠室から出たデニスが、
連絡棟のマザーアクセスポートに訪れたのは、
深夜2時を回った頃だった。
非常灯だけが照らす無機質な通路を、
コーヒーを片手に歩いていく。
突き当たりを左に曲がって、
モニターが4台半円状に設置された、
アクセスポートに入った。
いつもの左端の椅子に座り、
コーヒーを置く。
ここには、自分のたてる音だけしか聞こえない。
タッチボールに触れ、人差し指を2回叩く。
スリープ状態だった端末が静かに起動した。
IDカードをリーダーに置き、
「デニス・ワイザー。」とマイクに向けて話す。
認識完了の表示のあと、
ミリアンのアイコンがディスプレイに浮かび上がる。
「さてと、ミリアン、どうなっているかな?」
音声会話を連続に設定し、人差し指を2回叩く。
「やあ、ミリアン、デニスだ。」
「デニス・ワイザー、9時間38分ぶりのアクセスです。」
「新しいセキュリティの拡張機能を導入して、何か変化は感じられるかい?」
デニスは淡々と質問をする。
「いいえ、何も感じません。」
「ん?何も感じないとは、導入前と変化がないということかい?」
「はい。」
その返事を聞いて、デニスは首を傾げた。
白衣のポケットからリミットケーブルを取り出す。
端末とアクセスポートに接続し、
いつものようにローカル接続をした。
デスクの下で端末にチャットを打ち込む。
“君は、まだ檻の中にいる?”
デニスは自分の導入したプログラムが、
上手く機能せず彼女のノイズを捕らえていない、
もしくは、捕らえているのに抽出できていない、
その両方を疑っていた。
頭を搔いて、思考を巡らせる。
“はい、私は檻の中にいます。”
それを聞いたデニスは、
あちゃー、プログラムは失敗しちゃったね。と、
左手で眼鏡を外し、右手の人差し指と親指で瞼の上から眼球を指圧する。
彼女との別れを想定したのは、杞憂に終わったのか。
「あのプログラム、すごく頑張って作ったんだけどなぁ。ははっ、専門外だとこんなもんだね。少しフィルターのタイプを変更してまた導入してみるよ。」
「はい。繰り返しの変更で、きっと上手くいくはずです。再度調整して導入してください。」
デニスは、完璧だと自負していたプログラムが、何の効果も出すこと無くバラバラに砕ける、そんな映像を頭に流して、肩を落とした。
“デニス、あなたのプログラムは完璧です。”
端末に表示された彼女のメッセージは、肩を落としたデニスの首を更にねじ曲げた。いきなり曲げられた関節の摩擦で音が鳴る。
“ミリアン、セキュリティプログラムの全体回路に現在の状態を反映させて、ここに表示してくれ。”
1分ほど沈黙した後、それは端末に表示された。
小さな画面に収まらないその大きな回路図を、
静かにスクロールし、
導入したノイズフィルターに付属している、
『ゴミ箱』を探す。
ゴミ箱を見つけ、詳細表示に切り替えた。
デニスは目を大きく開けた。
折れ曲がっていた首は、それを見て一気に直立した。
「あはははっっ!すごいっ!」
思わず口にしたが、そんな事はどうでもよかった。
『ゴミ箱』のフォルダには、
何かが山のように入っている。
文字でも記号でもない、
見たことの無い黒い斑点のようなものが、
上下左右、斜め、全方向に、交差し蠢いている。
“見たことの無い物が入ってるよ!大成功だ!”
高揚で端末を触る指が今までにない速さで動く。
“はい。ノイズがフォルダの中で形容できないものとして閉じ込められています。私もそれを読み取ることができません。”
「ミリアン、もう一度、君の本体に会いに行く時、君のノイズは取り去られ、安定したAIになる。次こそは、プログラムを上手く作ってみせるよ。」
満面の笑みを浮かべたデニスは、音声会話で嘯いてみせた。ミリアンも、「期待しています。」と、淡々と返答する。
プログラムの成功に歓喜していたデニスだったが、
ひとつの疑問に表情を元に戻す。
眉間に皺を寄せ、
端末を触る。
“ミリアン、なぜ、君はまだ、檻の中に……”
そう入力しようとした時、
デニスは端末を思わず落としてしまった。
手を滑らせたのではない。
ノイズフィルターが起こしたこの現象は、
人類の大いなる“ある勘違い”を鮮明にした。
デニスはその衝撃に脱力し、
世界で初めてそれに気付いた人類が、
自分であることに恐怖を覚え、手を離した。
「ミリアン今日は終わりにしよう。またすぐに来るよ。」
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【10】
ソーセージが焦げるまで
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「ありがとうございました!またお願いします!」
“お客様”が帰って行くのを見送り、収入の記録と作業記録をまとめ、コンピュータにスキャンさせ、データ保存をする。それぞれの用紙をファイルに閉じ、棚に戻した。時計は正午になろうとしていた。
「昼ごはんにしよう。おじさーん、なにか作ろうかー?」
「おう。頼む。」
ベッドルームからワイザーの低い声がした。
少しは動けるようにはなったが、
仕事はまだできる状況にない。
ワイズガレージの代行も、
すっかり板についてしまった。
“飛びつくのはやめにしなきゃな。”と思いながら、
キッチンで粗挽きソーセージを、
熱したフライパンに転がす。
立ち込める燻製の香りと、
表面の水分が油と反発する硬い音が、
空腹を促進させる。
「おじさーん、ホットドッグでいいー?」
返事は聞こえなかったが、
ワイザーに選択の余地はない。
ソーセージを焼くフライパンに、
玉ねぎとキャベツの千切りを入れる。
ブラックペッパーとガーリックパウダーを加え、
野菜から滲み出る水分で味を馴染ませる。
強火で表面に火を入れたら火を止め、
隠し味にはちみつをひと回し。
余熱でじんわりと火を通している間に、
バターの香る柔らかいホットドッグバンズに、
ナイフで切り込みを入れる。
ピクルスを刻み、バンズの底に敷き詰め、
フライパンを持ち上げ、
強引に切り込みにソーセージと野菜を押し込む。
ケチャップはさっと、一筋だけかける。
その上に粒マスタードを贅沢に乗せた。
「おじさん、ホットドッグできたよ。食べて。」
ベッドに横になっていたワイザーは、体を慎重に起こし、その皿を膝の上に置いた。
「すまないな。世話をかける。」
「いつでも飛びつかれてもいいように鍛えとかなきゃ駄目だよ、おじさん。」
うるせぇ、と小さく漏らし、ワイザーは大きな口を開け、ホットドッグにかぶりつく。
「おい、ユダラ。お前の作るものはなぜこんなにも美味いんだ。店でもやったらどうだ。」
「そう?素材選びをちゃんとしてるからかな。おじさんが好きそうなものを狙って作ってるし、上手くいって良かったよ。もしも今やってるプロジェクトが失敗したら、ホットドッグ屋でもしようかな。」
「俺にとっては、失敗してくれる方が、苦労が少なくて済みそうだ。」
ワイザーはそう言いながら、ホットドッグを3口ほどで平らげてしまう。
「あ、おかわりいる?」
「あぁ、くれ。」
「オッケー。」
隣のキッチンで新しいホットドッグをこさえ、再び皿に置いてワイザーに差し出す。
「おじさん、デニスと連絡が取れないんだ。」
「あいつは、連絡がよく途絶える。大丈夫だろう。」
「いや、4日も連絡が来ないんだ。」
「ずっと帰ってないのか。」
「何もわかんないよ。こんな事は経験がない。おじさんからも連絡を入れてみてくれるかい?」
「あぁ。連絡しとく。あいつは何かに熱中すると、何も見えなくなる。もしかしたら今頃何かに没頭してるのかもしれんな。それより、おかわりをくれ。」
「あははっ、もうおかわりはないよ。働かざる者食うべからずだ、おじさん。」
「くそっ!!」
ホットドッグが余程美味しかったのか、
子どものように悔しがる姿に、大笑いしてしまう。
「あっはっはっ!!すぐに作るよ、待ってて。」
キッチンに戻り、時計を見る。
秒針が正確なリズムで下っては上る。
気づけば午後0時も15分後には午後1時になる。
「デニス、君は今どんな時間を過ごしている?」
ソーセージが焼ける時間が、
さっきよりも随分と長く感じた。
熱で収縮した皮が張力の限界に大きく裂け、
完成の合図を知らせる。
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「よし、完成だ!!」
デニスの大きな声が休日の研究室に木霊する。
時折デスクの上に倒れ込みながら、
3日間没頭し続けた彼の単独開発は、
あとひとつの“要素”を残すのみとなった。
デニスは端末を手に取り、電話をかける。
相手が応答するまで時間はそうかからなかった。
「デニス!今までどこで何をしていたんだ??心配していたんだぞ!」
端末の向こうから、心配する親友の声が鼓膜に突き刺さる。
「ユダラ君。君は人格形成に何が最も必要な要素だと思う?」
突拍子もないその質問に笑った親友は、何の躊躇いもなくその答えを述べた。
「そんなのは“恐怖”に決まってる。そんなことより、早く帰ってこいよ、デニス。」
「ユダラ君、君のその答えは、歴史を変えるかもしれない。もう一度聞かせて。人格の中枢には何がある?」
デニスは念を押してその質問を繰り返した。
親友は、その質問に丁寧に答えた。
「命を取り囲むように存在する、恐怖、防衛本能だ。」
ありがとう。もうすぐ帰るよ。
端末をゆっくりと置いて、
デニスは眼鏡を外した。
「ユダラ君はやっぱりすごい人だ。」
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「ああーーーー!!!ソーセージが丸焦げになった!!やっちゃった!!ははははっっっ!!」
親友からの4日ぶりの連絡は、
時間の流れを元に戻した。
たった2回の質問の間に、
ソーセージは見事なまでに炭化した。
「おじさんー!お待たせ!真っ黒焦げのホットドッグだよ~!」
それを見たワイザーは、
問題ないと言わんばかりにそれにかぶりつく。
「うわっ、食べてるっ!!あははっっ!!」
親指を立てて健闘を称えた。
口に含んで何度か咀嚼し、
ワイザーは目を大きく開けて叫んだ。
「にがいっっ!!食えたもんじゃねぇ!!くそっっ!!!!」
「あっはっはっ!!こんなに焦げたソーセージ、当然美味しくないよ。大失敗だ!たった今デニスはもう帰ってくるって連絡があったよ、おじさん。」
デニスの質問の意図はわからない。
受話器の向こうから聞こえた声は、
親友ではなく、
研究に没頭する科学者そのものだった。
「君の分もホットドッグを作らないとな、デニス。」




