第33話 姉さんの長い夢
帰ろうとしたとき、声がした。
――マッテ。
寝台の上の彼女は、目を閉じたまま、でも確かにこちらへ意識を向けていた。寝言と会話の中間みたいな、ふわふわした声だった。
――枕ノ、匂イ。妹ノ気配ガスル。アノ子ニ、会ッタノネ。
「ああ。あんたの妹の安眠装置、直したのは俺たちだ」
――ソウ。……アリガトウ。ズット、心配ダッタ。装置ガ壊レタ音ハ、聞コエテイタノニ、ワタシハ自分ノ悪夢デ手一杯デ。
姉は、それから途切れ途切れに、寝言みたいに語った。
二人は太古の《試練場》の管理者姉妹であること。試練場は、いつか来る「大きな厄災」に備えて、資格ある者を選び、力を託すための施設であること。姉妹は装置の中で眠りながら、何千年も資格者を待ち続けたこと。
――デモ、誰モ来ナカッタ。何百年モ、何千年モ。ソレデ、ワタシノ夢ハ少シズツ、悪イ方ヘ。
「五十年前の大隆起も、あんたの悪夢か」
――ゴメンナサイ。寝相ガ、悪クテ。
「島一個作る寝相があるか」
▽
――ネエ、鍵ノ人。
「なんだ」
――アナタ、不思議。試練場ノ鍵ハ、本来、力ヲ求メル者ニ宿ル。覇者、英雄、王。ソウイウ魂ニ。……ナノニアナタハ、何ニモ、求メテイナイ。
「昼寝は求めてる」
――フフ。ソウ。ダカラ、カモシレナイ。
姉の声が、少し笑った。
――『眠リ』ヲ本当ニ大切ニデキル者ニシカ、分カラナイコトガアル。誰カノ眠リヲ守ルコトハ、ソノ人ノ明日ヲ守ルコト。アナタハ、ソレヲ知ッテル。誰ニ教ワッタワケデモナク。……鍵ガアナタヲ選ンダ理由、ワタシハ分カル気ガスル。
柄にもなく、返す言葉に詰まった。陽菜がにやにやしながら俺を見ていて、非常にやりにくい。
――枕、本当ニ借リテイイノ? アナタノ、宝物デショウ。
「……いい。それ、疲労全回復って書いてあるけどな、ほんとの効能は多分違う。『よく眠れる』ってだけだ。よく眠れる理由は性能じゃなくて――安心して寝ていい場所がある、って思えるからだ。俺は、もう枕がなくても寝られる。部室があるから」
――……ソウ。イイ場所ヲ、見ツケタノネ。
姉の輪郭が、満足そうに寝台へ沈んでいく。
――オ礼ニ、一ツダケ教エル。試練場ハ、世界ニ、アト五ツ。ソシテ厄災ハ……モウ、目ヲ覚マシ始メテル。イツカ、鍵ノ力ガ本当ニ必要ニナル日ガ来ル。……ソノ日マデ、ドウカ、タクサン眠ッテ。タクサン、力ヲ蓄エテ。
「あんたの『いつか』が、俺の卒業後だと助かる」
――フフ……オヤスミナサイ、鍵ノ人。イイ、夢ヲ。
声が、寝息に溶けた。
帰りの階段は、なぜか行きの十分の一の長さになっていた。寝起きのいい人の夢は、出口も親切らしい。




