第32話 三十秒の攻防
大和が吼えた。
「こっちだデカブツ! 勇者(仮)のお通りだぁ!」
『勇者(仮)の大剣』が黒い巨体の一体目に叩き込まれる。斬れてはいない。悪夢の核は硬い。でも、注意は引けた。三体のうち一体が、大和に向き直る。
「二体目、右旋回! 七秒後にこっちの死角に入る!」詩織が叫びながら、腰の投擲ナイフを投げた。ダメージ目的じゃない。視線を散らすための一投。片眼鏡の解析は、悪夢の「注意」がどこを向いているかまで読んでいた。
残る一体は――俺に来た。枕を持っていなくても、鍵は鍵。悪夢にとって俺は異物だ。
――回避:不能。防御:不能。推奨:……
「推奨なしか。なら自分で作る」
俺は懐から、木の棒を抜いた。
周回で溜まった、いつものハズレ。ただの木の棒。だが天井交換所の隅に、こんな交換先があったのを、俺は昨日見つけていた。
『木の棒×10 → 夢見の枝×1:夢の領域でのみ、持ち主の想像した形になる』
夢の中でだけ、想像が形になる棒。
「想像しろ。俺が一番よく知ってる、一番信頼してる形――」
黒い巨体の爪が振り下ろされる瞬間、俺の手の中で枝が伸びた。形になったのは、剣でも盾でもなかった。
巨大な、ソファだった。部室の、あのくたびれたソファの、百倍サイズ。
悪夢の爪が、極上のクッションに、ぼふんと沈んだ。
「「「ソファぁ!?」」」
「一番信頼してる形なんだよ!」
爪が沈んで抜けない。悪夢が体勢を崩す。三十秒――稼いだ!
▽
「陽菜、今だ!」
俺は寝台の結界に手のひらを叩きつけた。鍵が反応し、淡い膜がふっと消える。
陽菜が駆け込んだ。白い巨大な寝台。その頭側の、ぽっかり欠けた場所へ――SSR『疲労全回復のまくら』を、そっと、置いた。
置いた瞬間。
世界から、音が消えた。
黒い悪夢たちが、風に溶ける砂みたいにほどけていく。ひび割れた月の亀裂が、ゆっくりと閉じていく。草原の草が、いっせいに柔らかい方向へ倒れた。まるで、世界全体が、ふーっと息を吐いたみたいに。
寝台の上の空間が揺らいで、そこに、輪郭が現れた。
妹よりずっと大きい。大人の女性の姿をした、半透明の存在。長い長い髪が、寝台から草原まで流れ落ちている。
彼女は俺の枕に頬を沈めて、五十年ぶりに、穏やかな寝息を立てていた。
「……終わった、のか?」
端末から如月の声がした。
『揺れ、止まった! 完全に止まったぞ! ……おい遊佐、何をした!?』
「枕を貸した」
『……は?』
「枕を、貸した」
『…………お前と話してると、五十年の観測記録が全部馬鹿みたいに思えてくるよ』




