第30話 五十年ぶんの夢の中
降りても降りても、階段は終わらなかった。
深度計代わりに詩織が数を数えていたが、千二百段を超えたあたりでやめた。壁の材質が変わっていく。岩から、黒い金属質へ。妹の試練場と同じ、あの古代の施設の質感へ。
そして、気づけば――俺たちは草原に立っていた。
「……は? 外?」
偽物の空。偽物の月。見覚えのある光景だ。妹の試練場の草原階層に似ている。でも決定的に違うのは、空の月が、ひび割れていることだった。
「これ、たぶん《夢の中》よ」詩織が片眼鏡を押さえて言った。「解析が、地形を『実体なし』って判定してる。あたしたち、あの姉って人の夢の領域に入ってる」
「夢の中って、寝てる人の!? 勝手に入って大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃないから月が割れてるんでしょうね」
風が吹いた。生温い、嫌な風だ。草原の向こうから、黒い影の獣が湧き出してくる。一体や二体じゃない。地平線が黒く染まるほどの群れ。
――警告:悪夢型形成体。敵性。数、計測不能。
「悪夢だ。姉さん、うなされてる」
「うなされてるにしては物騒すぎるでしょ!」
俺は視界の線を探した。夢の中でも、RTAは線を引いてくれた。群れの向こう、草原の中心に、白い巨大な寝台がそびえている。あそこだ。あそこに、姉さん本体が寝ている。
「距離、約二キロ。障害物、悪夢の大群。……正面突破は無理だ。数が物理的に多すぎる」
「ガチャは?」と大和。
「石の残りで天井一回ぶん。切り札は最後まで温存したい。……だから、まず観察する。三十秒くれ」
▽
俺は目を凝らした。悪夢の群れの動きを、線を、パターンを。
妙だった。獣たちは俺たちに真っ直ぐ来ない。うろうろと、何かを探すように蛇行している。そして時折、一斉に同じ方向を向いて、また散る。
「……あれ、俺たちを襲いに来てるんじゃない。何かを探してる」
「何かって?」
「夢の中で探すもんなんて、決まってる。なくしたものだ」
うなされてる人間が夢の中で探すもの。俺は寝台の方角を見た。ひび割れた月の光が、寝台の上だけ、ぽっかりと当たっていない。
「詩織、あの寝台、解析でどう見える」
「……欠けてる。寝台の頭側、枕があるべき場所が、データごと『欠損』してる」
全員が、同時に俺の背嚢を見た。
そこには、いつもの遠征装備と一緒に、SSR『疲労全回復のまくら』が入っていた。俺が肌身離さず持ち歩いてる、人生最高の引きが。
「……嘘だろ」
「りっちゃん」
「嘘だろ!? これ俺のだぞ!? 初回十連の奇跡だぞ!?」
「律。五十年うなされてる人が、枕をなくして探してるの」陽菜が、真顔で俺の肩に手を置いた。「――枕の気持ち、一番分かるのは、りっちゃんでしょ」
俺は天を仰いだ。ひび割れた偽物の月が、責めるようにこっちを見ていた。




