第二十七話 戻った夜
きてくれてありがとうねー。
ルミナの家に着いた。
玄関を開けると、ルミナがリビングにいた。テレビもつけずに、ソファに座っていた。スマートフォンも見ていなかった。ただ、座っていた。
僕が入ってきたのに気づいて、顔を上げた。
「おかえり」とルミナが言った。
「ただいま」
ルミナが立ち上がった。歩いてきた。そのまま、僕に抱きついた。
突然だった。
ルミナの体温が伝わってきた。温かかった。
「寂しかった」ルミナが小さく言った。「一日だけって分かってたけど、すごく寂しかった」
何も言えなかった。
ルミナの背中に、手を回した。それだけだった。
しばらく、そのままでいた。
夜、ルミナの部屋で並んでいた。
ルミナが「楽しかった?」と聞いた。
「うん」
「シエルと何したの」
「ご飯食べて、話して、それだけ」
「それだけ?」ルミナが少し首を傾げた。「なんか、それだけって感じがしないけど」
「それだけだよ」
ルミナが少し黙った。
「シエルって、どんな人なの」ルミナが言った。「私、会ったことないじゃない」
「そうだね」
「会ってみたい、とかは思わないけど」ルミナが笑った。笑っていたが、目の奥に何かがあった。「ただ、アイルがそんなに大事にしてる人って、どんな人なんだろうと思って」
大事にしてる、という言葉が、少し引っかかった。
「大事にしてるというか、長い付き合いだから」
「長い付き合いって、どのくらい」
「物心ついた頃から」
「そんなに」ルミナが少し目を見開いた。「ずっと一緒にいたの?」
「ずっとそばにいた」
ルミナが黙った。
しばらく、静かだった。
「……アイルにとって、シエルって、何なの」ルミナが静かに聞いた。
その質問に、前は「家族みたいなもの」と答えていた。途中から「よく分からない」と答えるようになっていた。
今日は、何と答えるか。
少し考えた。
「……大切な人」と答えた。
ルミナが少し止まった。
「大切な人」ルミナが繰り返した。「それって、私と同じくらい?」
また、比べる質問だった。ルミナはよく、比べる質問をした。私と同じくらい、私より大事、私より上。そういう聞き方をした。
「比べるものじゃないと思う」と言った。
「比べるものじゃない、って言う人は、たいてい答えたくないんだよ」ルミナが静かに言った。
鋭かった。
否定できなかった。
「……ルミナのことも、大切だよ」と言った。
「でも、シエルも大切なんでしょ」
「うん」
ルミナが黙った。今度は長かった。
鞄に手が伸びるかもしれない、と思った。身構えた。
でも、ルミナは鞄に触らなかった。
ただ、俯いていた。
「……正直に言ってくれてありがとう」ルミナがゆっくり言った。
「ルミナ」
「いいよ」ルミナが顔を上げた。目が少し赤かった。「怒ってないから。ただ、正直に言ってくれた方がいいから」
「うん」
「アイルが正直に話してくれると、嬉しい」ルミナが笑った。笑っていたが、少し泣きそうな笑顔だった。「たとえ、聞きたくないことでも」
その言葉が、少し胸に刺さった。
ルミナが、聞きたくないことでも正直に話してほしいと言っている。でも、正直に話すたびに、ルミナが傷ついてきた。その矛盾を、ルミナも分かっているのだろうか。
「ルミナ」と言った。
「うん」
「僕が正直に話すと、ルミナが傷つくことがある」
「うん」
「それでも、話した方がいい?」
ルミナが少し考えた。
「……話してほしい」ルミナが言った。「傷ついても、知りたい。アイルのことを」
知りたい。
その言葉は、本当だと思った。ルミナは本当に、アイルのことを知りたいと思っている。だから告白した。だから毎日隣に座った。だから一緒にいようとした。
それは、本物だった。
でも、知りたいという気持ちと、束縛することは、別のことだった。
そのことを、ルミナに言えるかどうか。
今夜は、言えなかった。
言葉が、まだ整っていなかった。
「分かった」と言った。「正直に話す」
ルミナが小さく頷いた。
その夜、ルミナが眠った後。
天井を見ていた。
今日のことを考えていた。
シエルが言ったこと。寂しかったと言ったこと。何度か会いに行こうと思ったと言ったこと。
ルミナが言ったこと。大切な人、と言ったら、私と同じくらいと聞いたこと。正直に話してほしいと言ったこと。
両方が、頭の中にあった。
どちらも、本当のことだった。
シエルが寂しかったのは、本当だった。ルミナが知りたいと思っているのも、本当だった。
どちらも本当で、でも、両方を同時に満たすことはできなかった。
そのことが、今夜は、はっきりと分かった。
どちらかを選ばなければいけない。
その考えが、今夜は、逃げずに、頭の中にあった。
どちらを選ぶか、まだ分からなかった。
でも、選ばなければいけない、ということだけは、今夜、初めてはっきりと分かった。
窓の外は暗くて、静かだった。
冬休みが終わる前に、もう一度帰ろう、とぼんやり思った。
今度は、もう少し長くいよう、と思った。
ルミナの寝息が、聞こえていた。
その音を聞きながら、今夜は眠れないかもしれない、と思った。
でも、目を閉じたら、意外と早く眠れた。
選ばなければいけない、という重さを持ったまま、眠れた。
その重さが、今夜は、怖くなかった。
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