第二十四話 冬休みの終わり
きてくれてありがとうねー。
三が日が終わった。
冬休みはまだ続いていた。学校が始まるまで、あと一週間ほどあった。
ルミナの家の朝は、いつも通りだった。ルミナが目を覚まして、僕を見て、ほっとした顔をする。おはようを言う。朝食を食べる。それだけのことが、毎朝繰り返された。
でも、僕の中で何かが少しずつ、動き始めていた。
ちゃんと考える、と言った。会いに行く、と言った。言葉にするたびに重くなると思った。その重さが、毎朝少しずつ、積み重なっていた。
ルミナはそれを知らなかった。
知らないから、いつも通りに笑っていた。
冬休みの中頃、ルミナが「映画見に行こう」と言った。
近くの映画館に二人で行った。ルミナが見たいと言っていた映画で、僕はどんな内容かよく知らなかった。
映画館は暖かかった。席に座ると、ルミナが僕の手を握った。暗くなって、映画が始まった。
内容は、あまり頭に入らなかった。
スクリーンを見ながら、別のことを考えていた。会いに行く、と言ったこと。シエルが楽しみにしていると言ったこと。でも、まだ行けていないこと。
いつ行けるか、まだ分からなかった。
ルミナが隣にいる間は、難しかった。
ルミナの手が、僕の手を握っていた。温かかった。
その温かさが、今日は少し重かった。
映画が終わって、外に出た。
空が暗くなっていた。夕方だった。
「面白かったね」とルミナが言った。
「うん」
「泣きそうになったとこあった?」
「なかった」
「アイルは泣かないね」ルミナが笑った。「私はちょっと泣きそうになった」
「そうだったんだ」
二人で歩いた。商店街のイルミネーションが、まだついていた。正月の飾りと混ざって、少し賑やかな通りだった。
ルミナが「今日も泊まるよね」と言った。
泊まるよね、という聞き方だった。泊まっていいか、ではなく、泊まるよね。
「……うん」と答えた。
答えてから、少し止まった。
自分が「うん」と言った理由を考えた。泊まりたいから、ではなかった。泊まらないと言ったら、ルミナが不安になるから、だった。
その回路が、また動いていた。
でも、今日は少しだけ、その回路に気づいていた。
夜、ルミナが眠った後。
シエルに送った。
『今日、映画を見に行った』
『どんな映画でしたか』
『あまり頭に入らなかった』
『そうですか』少し間があった。『何か考えていましたか』
『うん』
『言えそうですか』
少し考えた。
『シエルに会いに行きたかった、って考えてた』と打った。
送ってから、少し驚いた。自分でもそう思っていたとは、はっきりとは気づいていなかった。でも、打ったら、そうだったと分かった。
シエルからの返信まで、少し時間がかかった。
『……そうですか』シエルが返した。
『行けなくてごめん』
『謝らなくていいです』シエルが返した。それから、続いた。『アイルさんが会いに来たいと思っていてくれるなら、それだけで十分です』
また、十分です、という言葉だった。
今日は、その言葉が少し切なかった。十分、と言うシエルが、本当は十分ではないのかもしれない、と思った。でも、十分と言う。そういうシエルだった。
『シエル、我慢してない?』と打った。
少し間があった。
『少し』シエルが返した。
少し、という言葉が、珍しく正直だった。いつもは「大丈夫です」とか「気にしないでください」と言うシエルが、少し、と言った。
『ごめん』
『謝らなくていいと、何度言えばいいですか』シエルが返した。少し、呆れているような、でも怒っていない、そういう感じがした。
『でも、ごめん』
『……アイルさんは、謝るより、来てください』
来てください。
また、直接的な言葉だった。シエルが最近、少しずつ直接的になっていた。遠回しに言っていたことを、少しずつはっきり言うようになっていた。
『行く』と打った。『必ず』
『必ず、ですか』
『うん。必ず行く』
少し間があった。
『分かりました』シエルが返した。『待っています』
待っています。
その言葉は、もう何度聞いただろうと思った。でも、今夜のその言葉は、今までで一番、真っ直ぐに胸に届いた。
必ず行く、と言った。
必ず、という言葉を使ったのは初めてだった。来年、とか、いつか、とか、そういう言葉ではなく、必ず、と言った。
その言葉の重さを、今夜はちゃんと持っていようと思った。
翌朝、ルミナが目を覚ました。
いつも通り、僕を見た。いつも通り、ほっとした顔をした。
「おはよう」
「おはよう」
「よく眠れた?」
「うん」
昨夜より、眠れていた。必ず行く、と言ったから、かもしれなかった。
ルミナが伸びをした。「今日は何しようか」と言った。
何しようか。
その言葉を聞きながら、僕は少し考えていた。
今日は、何しようか。
ルミナと過ごす今日が、どんな一日になるのか。
そして、いつ、シエルに会いに行けるのか。
必ず、と言った。その言葉は、今日も胸の中にあった。
消えていなかった。
その日の夜、少し早めにルミナが眠った。疲れていたらしく、いつもより早く寝息が聞こえてきた。
僕は窓際に座った。
外は暗かった。冬の夜だった。
シエルのいる家の方向を、なんとなく見た。見えるはずがなかった。でも、なんとなく見た。
必ず行く、と言った。
いつ行くのか。
今すぐは難しい。ルミナが眠っている。夜中に出ていくことは、できなかった。
でも、冬休みが終わる前に。
学校が始まる前に、一度帰ろう、と思った。
思っただけで、まだ決めていなかった。でも、思った。
それが、今夜の一歩だった。
小さな一歩だったが、今までより、少し確かな感じがした。
窓の外の暗さの中に、シエルがいる家があった。
まだ遠かった。
でも、少しだけ、近くなった気がした。
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