表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/35

第二十三話 三が日

きてくれてありがとうねー。

元日の朝、ルミナが「お雑煮作ろう」と言った。

ルミナの母と三人で、キッチンに立った。ルミナの母が出汁を取って、ルミナがお餅を切って、僕は言われたものを渡した。料理は得意ではなかったが、手伝えることはした。

お雑煮ができた。

三人でテーブルに座って食べた。温かかった。お餅が柔らかかった。ルミナの母が「美味しい?」と聞いた。「美味しいです」と答えた。

本当に美味しかった。

でも、食べながら、去年の元日はどうだったかを考えた。

覚えていなかった。

シエルがお雑煮を作ったかどうか。食べたかどうか。二人でどんな朝を過ごしたか。思い出せなかった。

それが、少し、悲しかった。

悲しい、という感情が自分の中にあることに、少し驚いた。

昼過ぎ、ルミナが「初詣行こう」と言った。

近くの神社に、二人で行った。参道に人が並んでいた。屋台が出ていた。いい匂いがした。

列に並びながら、ルミナが「何お願いするの?」と聞いた。

「考えてない」

「私はもう決まってる」

「何を願うの」

「アイルとずっと一緒にいられますようにって」ルミナが笑った。「毎年これだけど」

毎年、という言葉が少し引っかかった。去年もそう願ったのだろうか。去年の元日、ルミナはどこで初詣をしたのだろう。付き合う前だったから、一人か、別の誰かと、だろう。

「去年も同じことを願ったの?」と聞いた。

「去年は、好きな人ができますようにって願ったかな」ルミナが少し恥ずかしそうに笑った。「そしたらアイルと付き合えたから、神様って本当にいるんだなって思った」

そうか、と思った。去年のルミナの願いが叶った形が、今のこの状況だった。

「アイルは何願う?」

また聞かれた。

しばらく考えた。

何を願うか。

正直に言えば、いくつかのことが頭に浮かんだ。でも、どれもルミナには言えないものだった。

「……考えながら願う」と答えた。

「なにそれ」ルミナが笑った。「まあ、いいか」

列が進んだ。賽銭を入れた。鈴を鳴らした。手を合わせた。

目を閉じた。

何を願うか、本当に考えた。

ちゃんと考えられますように、と思った。

シエルに「ちゃんと考える」と言った。その言葉を、守れますように。

それだけを、静かに願った。

目を開けた。

ルミナが隣で手を合わせていた。目を閉じていた。真剣な顔をしていた。

何を願っているのか、分かった。

ずっと一緒にいられますように、と願っているのだろう。

その願いと、僕が願ったことは、少しずれていた。

そのずれが、どういう意味を持つのか、今日は考えないようにした。

神社の帰り、屋台でたこ焼きを買った。

二人でベンチに座って食べた。熱かった。ルミナが「あちち」と言いながら食べていた。僕も熱かったが、少し待ってから食べた。

「アイルって、いつも落ち着いてるよね」とルミナが言った。

「そう?」

「うん。私がわーってなってる時も、アイルは静かだから」

「落ち着いてるというか、どうすればいいか分からないだけかも」

「それが落ち着いて見えるんだよ」ルミナが笑った。「私の周りにいる人の中で、一番落ち着いてると思う」

落ち着いている。

自分ではそう思っていなかった。毎晩眠れなくて、天井を見て、シエルのことを考えている。それが落ち着いているとは、思えなかった。

「そうかな」

「そうだよ」ルミナがたこ焼きを一つ食べた。「だから好きなんだけど」

好きだから、という言葉は、いつも真っ直ぐだった。ルミナはそういうことを、すらすらと言えた。

僕は何も言わなかった。たこ焼きを食べた。

空が青かった。冬の青い空。

シエルも、今頃空を見ているだろうか、と思った。

元日の空は、きれいだった。

夜、ルミナが眠った後。

今夜は、すぐにシエルに送った。

『元日、何してた?』

少し待つと、既読がついた。

『掃除と、本を読んでいました』シエルが返した。『アイルさんは』

『初詣に行った』

『そうですか。何を願いましたか』

少し考えた。

正直に言おうか、と思った。ちゃんと考えられますように、と願った、と。

『秘密』と打った。

少し間があった。

『そうですか』シエルが返した。それから、少し間があってから、続いた。『僕には言えないことですか』

『……言えないことじゃないけど、言葉にするのが難しくて』

『そうですか』

また、それだけだった。シエルは聞き返さなかった。いつもそうだった。聞いてほしくなさそうな時は、聞かない。

それが、少し、ありがたかった。

『シエルは、何か願いたいことある?』と打った。

少し間があった。

『あります』シエルが返した。

『何?』

また少し間があった。

『アイルさんが、自分のことを大切にできますように』

読んで、少し止まった。

自分のことを大切に。

その言葉が、どこかに刺さった。自分のことを大切にする、ということが、今の自分にできているかどうか、考えた。

できていないかもしれない、という気がした。

『大切にできてないかな、僕』と打った。

『……分かりません』シエルが返した。『ただ、アイルさんが自分のために何かを選んでいるところを、最近見ていない気がして』

自分のために何かを選ぶ。

その言葉を、頭の中で転がした。

最近、何かを選んでいたか。服も、一人称も、帰る時間も、全部ルミナに合わせてきた。自分が選んだと思っていたが、本当に自分が選んだのか、改めて考えると、よく分からなかった。

『シエルは、僕が自分で選んでないと思ってる?』

『思っていない、と言いたいところですが』シエルが返した。少し間があってから、続いた。『……少し、心配しています』

『そっか』

『すみません、余計なことを言いました』

『余計じゃない』と打った。『シエルが言ってくれないと、僕は気づかないから』

少し間があった。

『そうですか』シエルが返した。声が、少し柔らかくなった気がした。文字なのに、そう感じた。

『シエル』と打った。

『なんですか』

『ちゃんと考えてる。昨日言った通り』

『分かりました』シエルが返した。『待っています』

待っています。

またその言葉だった。でも、今夜のその言葉は、責めている感じが全くなかった。ただ、静かに、待っている。そういう言葉だった。

『ありがとう』

『どういたしまして』シエルが返した。それから、少し間があってから、続いた。『アイルさん』

『うん』

『今年は、会えますか』

会えますか。

シエルと、最後に会ったのはいつだったか。自分の家に帰った時が最後だった。それが、いつだったか。十一月か、十二月の初めか。はっきりとは覚えていなかった。

一ヶ月以上、会っていなかった。

『会いに行く』と打った。

今度は「帰りたい」ではなく、「会いに行く」と打った。どちらも同じことを指していたが、少し違う感じがした。

『そうですか』シエルが返した。少し間があってから、続いた。『楽しみにしています』

楽しみにしています。

シエルが、楽しみにしていると言った。

その言葉が、今夜は一番温かく、胸に落ちた。

『おやすみ、シエル』

『おやすみなさい、アイルさん』

画面が暗くなった。

天井を見た。

会いに行く、と言った。

いつ行けるか、まだ分からなかった。でも、言った。言葉にした。

言葉にするたびに、少しずつ重くなっていった。重くなることが、悪いことではない気がしていた。

重さが、本当のことの証みたいな気がしたから。

目を閉じた。

三が日が、静かに続いていた。


面白かった人は続きも見てね〜!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ