表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/35

第二十二話 年越し

きてくれてありがとうねー。

大晦日の夜、ルミナの家でテレビを見ていた。

年越し番組が流れていた。芸人が何かを言って、客席が笑っていた。ルミナも笑っていた。僕も、少し笑った。面白かったかどうかは、よく分からなかった。笑い方を覚えた、とどこかで思った。

ルミナの母も一緒にいた。みかんを食べながら、テレビを見ていた。三人でソファに並んでいた。

悪くない夜だった。

悪くなかったが、去年の大晦日はどうだったか、ふと考えた。

去年は、家にいたはずだった。シエルがいて、二人でいたはずだった。年越し番組を見たかどうか、覚えていなかった。でも、家にいたことは確かだった。

今年は、ルミナの家にいる。

来年は、どこにいるだろうか。

その考えを、止めた。

深夜十二時が近づいてきた。

テレビのカウントダウンが始まった。ルミナが「あと少し」と言った。ルミナの母が「今年も早かったわね」と言った。

僕は画面を見ていた。

数字が減っていった。十、九、八、七。

その間に、スマートフォンを少し見た。

シエルからメッセージが来ていた。さっき気づかなかった。

『もうすぐ年が変わりますね』

時刻を見ると、十分ほど前に来ていた。

返そうとした時に、テレビから「三、二、一」という声が聞こえた。

「あけましておめでとう」とルミナが言った。僕の方を向いて、笑った。

「あけましておめでとう」と言った。

ルミナの母も「おめでとう」と言った。三人で、少し笑った。

テレビの中で、花火が上がっていた。

僕はスマートフォンを持ったまま、花火を見ていた。

シエルへの返信が、まだできていなかった。

少しして、ルミナの母が「もう寝ようかしら」と言った。ルミナも「眠くなってきた」と言った。

三人で片付けをして、ルミナの母が先に部屋に戻った。

ルミナと二人になった。

「楽しかった?」とルミナが聞いた。

「うん」

「よかった」ルミナが笑った。「今年もよろしくね、アイル」

「こちらこそ」

ルミナが少し僕に寄りかかった。「ずっと一緒にいようね」と言った。

ずっと一緒に。

その言葉が、今夜は少し重く聞こえた。ずっと、というのがどのくらいの時間なのか。来年も、再来年も、ということなのか。

「うん」と答えた。

ルミナがほっとしたように息を吐いた。

ルミナが眠った後、シエルへの返信を打った。

『あけましておめでとう、シエル』

すぐに既読がついた。

『あけましておめでとうございます、アイルさん』シエルが返した。『返信が遅かったですね』

『ごめん、タイミングが合わなくて』

『分かりました』少し間があった。『今年もよろしくお願いします』

今年もよろしく。

その言葉を、少し頭の中で転がした。今年、という言葉の中に、何が入るのか。また同じような一年が続くのか。それとも、何かが変わるのか。

『よろしく、シエル』と打った。

少し間があってから、シエルが返した。

『アイルさん、一つだけ聞いていいですか』

『うん』

『今年、帰ってきますか』

帰ってきますか。

シエルが直接そう聞いたのは、初めてだった。今まで、遠回しに心配したり、「たまには帰ってきてください」と言ったりしていた。でも、こんなにはっきりと聞いたのは、初めてだった。

しばらく、画面を見ていた。

帰ってきますか。

帰りたい、という気持ちは、ある。あることは、分かっていた。でも、帰れるかどうかは、分からなかった。

『……帰りたい』と打った。

帰ります、ではなく、帰りたい、と打った。できると言い切れなかったから。

シエルからの返信まで、少し時間がかかった。

『そうですか』シエルが返した。『帰りたいと思っているなら、それだけで十分です』

十分です。

その言葉が、少し胸に刺さった。十分、というのは、どういう意味だろうと思った。帰ってこなくても十分、ということか。帰りたいと思っているだけで十分、ということか。

『シエルは、帰ってきてほしい?』と打った。

聞いてから、少し後悔した。こういうことを聞くのは、ずるい気がした。シエルが正直に答えたら、どうすればいいか分からなくなる。

でも、聞いてしまっていた。

シエルからの返信が来た。

『……はい』

一言だった。

はい、と言った。

シエルが、帰ってきてほしいと言った。遠回しでなく、直接。

胸が、静かに、大きく動いた。

動いた感情が何なのか、すぐには分からなかった。でも、何かが動いた。

『分かった』と打った。

『分かった、というのは』

『考える、ということ』と打った。『ちゃんと、考える』

少し間があった。

『そうですか』シエルが返した。それから、もう少し間があってから、続いた。『アイルさんが考えてくれるなら、待っています』

待っています。

またその言葉だった。でも、今夜のその言葉は、今まで聞いた中で一番、重く、温かく、胸に落ちた。

『待たせてごめん』と打った。

『謝らなくていいです』シエルが返した。『ただ、忘れないでください。僕がここにいることを』

忘れないでください。

忘れていたわけではなかった。ずっと、どこかで思っていた。眠れない夜に、雪を見た日に、クリスマスに。ずっと、シエルのことを思っていた。

『忘れてない』と打った。

『そうですか』シエルが返した。『それならいいです』

それから、少し間があってから、来た。

『おやすみなさい、アイルさん。良い年になるといいですね』

『おやすみ、シエル。シエルにも、良い年になってほしい』

『……ありがとうございます』

画面が暗くなった。

天井を見た。

新しい年が、始まっていた。

窓の外は静かだった。年越しの賑やかさは、もうなかった。ただ、冬の夜の静けさがあった。

ルミナが眠っていた。

シエルが、家にいた。

帰りたい、と思っていた。

ちゃんと考える、と言った。

それが、どういうことなのか、まだはっきりとは分からなかった。でも、言ってしまった。シエルに、ちゃんと考えると。

言葉にしたことは、頭の中だけで思っていた時より、少し重くなった。

その重さを、今夜は逃げずに、持っていようと思った。

目を閉じた。

新しい年の最初の夜が、静かに続いていた。


面白かった人は続きも見てね〜!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ