第二十話 クリスマス
きてくれてありがとうねー。
クリスマスイブの夜、ルミナがケーキを買ってきた。
苺のショートケーキだった。箱を開けると、白いクリームに赤い苺が乗っていた。ルミナが「きれい」と言った。僕も「きれい」と言った。
二人でテーブルに向かい合って座った。ルミナの母は、今夜は外出していた。二人きりだった。
「メリークリスマス」とルミナが言った。
「メリークリスマス」と僕も言った。
ルミナがケーキを切った。二等分にして、一つを僕の前に置いた。
「食べよう」
「うん」
フォークを持った。ケーキを一口食べた。甘かった。クリームが柔らかかった。悪くなかった。
ルミナが嬉しそうに食べていた。
窓の外は暗くて、静かだった。クリスマスイブなのに、特に賑やかな音は聞こえなかった。静かな夜だった。
「楽しい?」とルミナが聞いた。
「うん」
「本当に?」
「本当に」
ルミナが少し目を細めた。「よかった」と言った。
ケーキを食べ終えてから、プレゼント交換をした。
ルミナが小さな包みを出してきた。丁寧に包まれていた。「開けて」と言った。
開けると、手袋が入っていた。黒い、シンプルな手袋だった。
「マフラーもあげたから、セットで」ルミナが言った。「雪の日に手袋してなかったじゃない。だから」
「ありがとう」
「似合うかな」
「似合うと思う」
ルミナが嬉しそうに笑った。
僕は自分の鞄から、小さな袋を取り出した。前日に、学校の帰りにルミナと別れた後、近くの雑貨屋で買ったものだった。一人でお店に入ったのは、久しぶりだった。
ルミナが袋を開けた。中から、小さなアクセサリーが出てきた。細いチェーンに、小さな月の形のチャームがついたネックレスだった。
「かわいい」ルミナが声を上げた。「月だ」
「似合うかなと思って」
「絶対似合う。つけていい?」
「どうぞ」
ルミナがネックレスをつけた。鎖が細くて、チャームが小さくて、ルミナの首元に自然に馴染んだ。
「どう?」ルミナが僕に顔を向けた。
「似合ってる」
「えへ」ルミナが嬉しそうに笑った。「大事にする」
笑顔だった。本当に嬉しそうな笑顔だった。
僕は、その笑顔を見ながら、少し胸が痛んだ。
痛む理由が、自分でも分からなかった。ルミナが喜んでいるのに、なぜ痛むのか。
考えないようにした。
その夜、ルミナが眠った後、シエルからメッセージが来た。
『メリークリスマス、アイルさん』
見て、少し止まった。
シエルからクリスマスのメッセージが来ることは、なかった気がした。いや、以前はあったかもしれない。去年のクリスマスは、どうだったか。思い出せなかった。去年のクリスマスは、ルミナと付き合う前だったから、たぶん家にいた。シエルと二人で、何もせずに過ごしたかもしれない。
『メリークリスマス、シエル』と返した。
『楽しかったですか』
『まあ』
『そうですか』少し間があってから、続いた。『アイルさん、去年のクリスマス、覚えていますか』
去年のクリスマス。
『覚えてない』と正直に打った。
『そうですか』シエルが返した。『僕は覚えています』
『何してたっけ』
『特に何もしませんでした』少し間があった。『ただ、二人でいました』
ただ、二人でいた。
その言葉が、静かに胸に落ちた。
特に何もしない。ケーキもなく、プレゼントもなく、ただ二人でいた。それが去年のクリスマスだったらしい。覚えていなかったが、確かにそういう夜だったような気がした。
『今年は一人だったね』と打った。
送ってから、少し後悔した。シエルを責めているみたいに聞こえるかもしれなかった。そういうつもりではなかった。
シエルからの返信が来た。
『一人でした』シエルが返した。責めている感じではなかった。ただ、事実を言っているような。『でも、アイルさんが楽しいなら、よかったです』
アイルさんが楽しいなら。
その言葉を、何度聞いただろうと思った。シエルはよくそう言った。自分のことは後回しにして、アイルが楽しいならそれでいい、と言う。
今夜、シエルが一人だった。
それを、僕は知っていた。知っていたのに、帰らなかった。
『ごめん』と打った。
『謝らなくていいです』すぐに返ってきた。『アイルさんは何も悪くない』
『悪くないかな』
『悪くないです』シエルが返した。それから、少し間があってから、続いた。『僕が、一人でいることを選んでいるので』
選んでいる。
その言葉が、少し引っかかった。
『選んでる?』
『アイルさんのそばに行くこともできました』シエルが打った。『でも、行かなかった。それは、僕が選んだことです』
シエルが来ることができた。でも来なかった。それはシエルが選んだことだ、とシエルは言っている。
なぜ来なかったのか、聞こうとして、止まった。
答えが、なんとなく分かる気がしたから。
シエルが来たら、ルミナが不安になる。シエルも、それが分かっているのだろう。だから来なかった。
シエルが一人でいることを選んだのは、僕のためだった。
その考えが正しいかどうか、確かめる言葉が出てこなかった。
『来年のクリスマスは、一緒にいよう』と打った。
送ってから、また「来年」と書いたことに気づいた。今年は一緒にいられない、ということを、また認めた形になっていた。
シエルからの返信が来た。
『……はい』
また、その一言だった。
雪の日と同じ返し方だった。
その一言の重さが、今夜も胸に刺さった。
しばらくして、シエルから短いメッセージが来た。
『アイルさん』
『うん』
『一つだけ、言っていいですか』
珍しかった。シエルが「言っていいですか」と確認してから言うのは、珍しかった。
『言って』と打った。
また、少し長い間があった。
返信が来た。
『アイルさんに、幸せでいてほしいです』
それだけだった。
続きがあるかと思って、待った。でも、続きは来なかった。
幸せでいてほしい。
その言葉を、しばらく見ていた。
幸せでいてほしい、という言葉は、今の僕が幸せではないかもしれない、という前提があるように聞こえた。そうでなければ、わざわざ言わない気がした。
でも、シエルは何も言わなかった。幸せじゃないと思っている、とも言わなかった。ただ、幸せでいてほしい、とだけ言った。
『ありがとう』と打った。
『どういたしまして』シエルが返した。『おやすみなさい、アイルさん』
『おやすみ、シエル』
画面が暗くなった。
天井を見た。
幸せでいてほしい、という言葉が、頭の中に残っていた。
幸せかどうか、今夜も分からなかった。
ルミナが眠っていた。プレゼントしたネックレスをつけたまま、眠っていた。月のチャームが、暗い中で小さく光っていた。
きれいだった。
ルミナは幸せそうだった。
僕は、どうだろうと思った。
幸せそうに見えるかどうか、自分では分からなかった。
ただ、シエルが一人でクリスマスを過ごしたことが、ずっと胸の中にあった。
消えなかった。
ケーキを食べて、プレゼントを交換して、それでも消えなかった。
それが何を意味するのか。
今夜も、答えの手前で、目を閉じた。
クリスマスの夜が、静かに、終わっていった。
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