第二話 秘密
きてくれてありがとうねー。
返事をしたのは、三日後だった。
特別なきっかけがあったわけではなかった。ただ、三日間考えて、断る理由が見つからなかった。それだけだった。
放課後、人気のない廊下の端でルミナを呼び止めた。
「返事、しようと思って」
「……うん」ルミナが頷いた。息を止めているのが分かった。
「いいよ」と言った。「付き合う。ただ……」
「学校では友達として過ごしたい。知ってる人がいないところだけで付き合おう」
言いながら、なぜそう言ったのか、自分でも少し考えた。ルミナを傷つけるのが怖いから、というのもあった。でもそれだけじゃなかった。誰かに知られたら、また関係が変わるかもしれない。それが、怖かった。
「……それって」ルミナが少し俯いた。「誰にもみられたくないってこと?」
「まあそうだね」と言った。「まだ友達も作ってないから、いきなり転校生と付き合ったってなったらお互いに大変な気がする」
ルミナが少し間を置いた。それから、顔を上げた。
「……分かった」ルミナが笑った。「そうだね」
「アイルが付き合ってくれるなら、それでいい」
その笑顔が、少し眩しかった。こんなに簡単に受け入れてくれるとは、思っていなかった。
「じゃあ、今日うちに来ない? お母さん仕事で遅いから、2人きりになれるし」
ルミナの部屋は、二階の突き当たりだった。棚にぬいぐるみが並んでいて、カーテンが淡いピンクで、ルミナらしい部屋だった。
「かわいい部屋だね」と言った。
「ほんと? 嬉しい」ルミナが笑った。「アイルの部屋はどんな感じ?」
「普通。何もない感じ」
「寂しい部屋」ルミナが少し目を細めた。「今度行っていい?」
「……また今度」
ルミナが少し頬を膨らませた。でもそれ以上は言わなかった。
並んでベッドの端に座った。少し、沈黙があった。付き合っている、という状態が、どういうものなのかがまだ分からなかった。
ルミナが、そっと手を伸ばしてきた。私の手に、指を重ねた。
温かかった。
「……実感、出てきた?」ルミナが小さく言った。
「少し」
「よかった」ルミナが笑った。「私はずっと実感しかないけど」
その言葉が、少し、おかしかった。笑えた。ほんの少しだけど、笑えた。
「アイルが笑った」ルミナが目を輝かせた。「珍しい」
「そんなに笑わない?」
「笑うけど、なんか今のは違う感じがした」ルミナが言った。「自然な感じ」
繋いだ手を、離す気になれなかった。
夕方になって、帰る時間になった。
玄関でルミナが「また来てね」と言った。
「うん」
「学校では普通にするから」ルミナが続けた。それから、少し悪戯っぽく笑った。「でも、2人の時はちゃんとしてよ?」
「……する」
「約束ね」ルミナが笑った。「私だけのアイルでいてくれると、嬉しいな」
私だけのアイル。
その言葉が、胸の中に落ちた。必要とされている感覚。誰かの特別でいられる感覚。それが、温かかった。
「……うん」と言った。
ルミナが嬉しそうに笑った。
その夜も、シエルと話した。
「今日は遅かったですね」シエルが言った。
「友達の家に寄った」
「そうですか」シエルが少し間を置いた。「楽しかったですか」
「……悪くなかった」
「そうですか」
それだけだった。シエルはそれ以上、何も聞かなかった。
聞かなかったのか、聞けなかったのか、私には分からなかった。ただ、シエルの返事が一瞬だけ遅れた気がした。
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