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第一話 再会

こんにちは!作者のフンバルト=ヘイデルです。初めての作品ですがぜひ見てください!

昔は、友達が多かった。

一緒に走って、笑って、放課後になれば誰かと帰り道を歩いた。そういう日常が、普通にあった。

それが変わったのは、小学四年生の時だった。あの日から、友達を作るのをやめた。また誰かを傷つけるのが、怖かったから。

高校に入って、三週間が経っていた。

昼休みの教室。窓際の自分の席で、私は弁当箱を開いた。白米と卵焼きと、ほうれん草のおひたし。シエルが作ったものだ。

「また一人ですね」

声が聞こえた。窓の外から。三階の窓際、物理的にそこに誰かがいられるはずがない場所から。

「来なくていいって言ったじゃない」

「暇なので」

ため息をついた。

シエル、と私は心の中で呼ぶ。声に出すと面倒なことになるから。シエルは私の家に仕える者だ。正確な肩書きを説明しようとすると複雑になるので、いつも「世話係」と言っている。本人は「その表現は不本意」と言うけれど、じゃあなんなのかと聞くと黙るので、結局うやむやになる。

あの日のことを、シエルは知っている。全部。だから何も言わない。ただそばにいる。それがシエルだった。

「ほうれん草、食べてますか」

「食べてる」

「端に寄せてませんか」

「……食べてる」

「嘘ついてる顔してます。僕の作ったご飯、残されたらショックですよ」

私はおひたしを口に入れた。じゃきっとした食感。思ったより悪くない。シエルには言わないけれど。

次の日の朝、ホームルームが始まる直前だった。

担任が教室に入ってきた。その後ろに、一人の生徒がいた。

「今日から皆さんのクラスに転校生が来ます」

教室がざわついた。三週間で転校生が来るとは、珍しい。私は窓の外を見ていた。空が白かった。

「じゃあ、自己紹介を」

「黒羽ルミナです。よろしくお願いします」

その名前を聞いた瞬間、手が止まった。シャーペンが、ノートの上で止まった。

違う。同じ名前の別人だ。そう思いながら、顔を上げた。

教室の前に立っている少女を見た。明るい茶色の髪。少し笑った目。制服のリボンが、少し曲がっている。

六年前と、同じだった。声も、笑い方も、リボンの曲がり方さえも。

頭の中が、一瞬、真っ白になった。

その子が、教室を見渡した。そして、こちらで目が止まった。目が合った。

少女は、少しだけ目を細めて、口を動かした。声は届かなかったけれど、確かにそう言った。

久しぶり。

胸の中で、何かが動いた。六年間、止まっていた時間が、音を立てて動き出すような、そういう感覚だった。

席は離れていた。でも、教室の中にルミナがいることをずっと感じていた。

放課後、シエルが窓の外に現れた。

「転校生、ルミナさんですね」シエルが静かに言った。

私は何も答えなかった。

「六年ぶりですね」

「……覚えてたの」

「一回会ったので」シエルが少し間を置いた。「顔色が悪いですよ」

「大丈夫」

「大丈夫ではない顔をしています」

私は鞄を持って、立ち上がった。

六年前のことが、頭の中に戻ってきていた。忘れていたわけではなかった。ただ、見ないようにしていた。でも、あの笑顔を見た瞬間に、全部戻ってきた。

学校からの帰り道。夕方の光。工事現場の横を歩いていた時、上から大きなものが落ちてきた。ルミナに当たりそうで、咄嗟に魔法を使った。でも制御できなくて、ルミナを巻き込んだ。

あの日から、友達を作らなくなった。また誰かを傷つけるのが、怖かったから。

ルミナが転校してきてから、一週間が経った。

その間、ルミナは毎日話しかけてきた。朝、教室に入ってきた時。昼休みになった時。放課後、帰り支度をしている時。特別なことを話すわけでもなかった。今日の授業がつまらなかったとか、購買の新しいパンが微妙だったとか、そういう他愛のないことを次々と話した。

私はほとんど相槌を打つだけだった。でもルミナは、それで十分そうだった。不思議な子だと思った。

昼休み、いつも通り一人で弁当を食べていると、隣の椅子が引かれる音がした。

「今日も隣いい?」

ルミナだった。コッペパンを持って、当たり前のように座った。

「……いいけど」

「ありがと」ルミナが笑った。パンの袋を開けながら、「手作り?」と私の弁当を覗き込んだ。

「家の人が作ってる」

「いいな。私は毎日購買」ルミナがパンを一口食べた。「シエルさんだっけ、家の人」

少し止まった。シエルの話を、した覚えがなかった。

「……なんで知ってるの」

「昔、会ったことあるから」ルミナが当たり前のように言った。「覚えてないかな、一回だけだったし」

「そうだったっけ」

「うん。すごく静かな人だなって思った記憶がある」ルミナが笑った。「で、今日のおかず何?」

話題の切り替えが早かった。それが、少し、楽だった。

その翌日も、翌々日も、ルミナは隣に来た。気づいたら、昼に一人でいることがなくなっていた。

ルミナはよく喋った。私はほとんど聞き役だった。でも、たまに私が何かを言うと、ルミナが声を上げて笑った。私の言葉のどこが面白いのか、よく分からなかったけれど、笑ってもらえることは嫌ではなかった。

「アイルって、面白いよね」とある日ルミナが言った。

「そう?」

「うん。本人が全然気づいてないところが特に」

意味が分からなかったが、ルミナが楽しそうだったのでそれでよかった。

放課後、廊下でルミナと並んで歩いていた。特に目的があったわけでもなかった。ルミナが「少し寄り道しない?」と言ったから、なんとなく一緒に歩いていた。

「アイルってさ」ルミナが言った。「昔、友達多かったよね」

少し、足が重くなった。

「……昔の話」

「うん、昔の話」ルミナが頷いた。責めている感じではなかった。ただ、知りたそうに。「今はあんまり誰とも話してないじゃない。寂しくなかった?」

「……慣れたから」

「慣れたって」ルミナが眉を寄せた。「寂しいのに慣れるって、なんか嫌だな」

その言葉を、しばらく頭の中で転がした。寂しいのに慣れる。確かに、そうだったかもしれない。

「でももう大丈夫」ルミナが笑った。「私がいるから」

私がいるから。その言葉が、胸の中に静かに落ちた。温かいような、くすぐったいような、よく分からない何かが。

「……そうかもね」と言った。ルミナが嬉しそうに笑った。

その夜、部屋でシエルと話していた。

「最近、ルミナさんとずっといますね」シエルが窓際の椅子に座って言った。

「そうだね」

「楽しいですか」

「……悪くない」

シエルが少し黙った。返事が、一瞬遅れた。

「アイルさんが笑えているなら」シエルが静かに言った。「よかったです」

「これで僕は安心して家で待てます」

「ごめん……ってそんなに心配かけてたの」

シエルの返事はなかった。

窓の外は暗くて、静かだった。虫の声だけが聞こえていた。シエルのいる気配がした。それだけで、なんとなく眠れる気がした。明日もルミナが隣に来るだろう、とぼんやり思った。それが、悪くなかった。

転校から二週間が経った、放課後のことだった。

帰り支度をしていると、ルミナが「ねえ、今日少し寄り道しない?」と言った。断る理由もなかったので、一緒に歩いた。

学校を出て、商店街を抜けた先にある小さな公園だった。ベンチが一つあるだけの、特に何もない場所。二人で並んで座った。

しばらく、何も言わなかった。春の夕方の風が、ゆっくり通り過ぎていった。

「ねえ、アイル」ルミナが言った。「六年前のこと、ちゃんとお礼したくて」

少し、体が固まった。

「あの時さ、引っ越すことになって、「ありがとう」って言えないまま別れることになっちゃって」ルミナが続けた。「ずっと、心残りだったんだよね」

「私もそのことで謝ろうと思ってた」

「え、なんで」

「怪我させたから」

ルミナが少し目を見開いた。それから、困ったように笑った。

「別にそれはアイルのせいじゃないよ」

「……私のせいだよ」

「私は全然気にしてないよ」ルミナが言った。「あのまま当たってたら、どうなってたか分からないじゃん。アイルが咄嗟に魔法使ってくれたから助かったんだよ」

「でも、ルミナに怪我を」

「したよ、確かに」ルミナが頷いた。「でもそれはアイルが悪いわけじゃない。助けてくれなかったら死んでたかもしれないじゃない」

うまく、言葉が出てこなかった。六年間、ずっと思っていた。傷つけた。大切な人を、傷つけた。その言葉が、いつも頭の中にあった。

「アイルが見てた出来事と、私が見てた出来事」ルミナが少し笑った。「同じなのに、全然違う話になってたんだね」

「……同じ出来事なのに」

「うん」ルミナが頷いた。

しばらく、また静かだった。風が吹いて、桜の花びらがベンチの前を通り過ぎた。

「ねえ」ルミナが、少し違うトーンで言った。頬が、さっきより赤かった。「もう一個、言っていい」

「うん」

ルミナが、こちらを向いた。それから、また前を向いた。膝の上で手を組んで、また少しこちらを見て、また逸らした。

「……あのさ」

「うん」

「言うつもりだったんだけど、いざとなると、なんか、すごく恥ずかしくて」

「……うん」

「でも言わないと後悔しそうだから、言う」ルミナが一度深呼吸をした。「アイルのことが、好き」

静かだった。夕方の公園に、その言葉だけが残った。

「六年前からずっと」ルミナが早口で続けた。「あの時助けてくれてからずっとかっこいいと思って、忘れられなくて、また会えて、毎日話せるようになって、もっと好きになって」そこで一度止まった。「……付き合ってほしい、です」

最後だけ、なぜか敬語になっていた。

私は、しばらく何も言えなかった。好き、という言葉の重さを、どう受け取ればいいか分からなかった。六年前から、ずっと。その言葉が、胸の中でゆっくり落ちていった。

断る理由を、探した。見つからなかった。断り方も、知らなかった。

「……少し、考えさせて」とだけ言った。

ルミナが少し目を見開いた。それから、ほっとしたように笑った。

「うん、待つ」ルミナが言った。「ちゃんと待つから」

その笑顔が、六年前と同じだった。何も変わっていなかった。

胸の中に、また何かが灯った気がした。

その夜、部屋でシエルと話していた。

「アイルさん、今日は顔色が変ですね」シエルが言った。

「……別に」

シエルが少し間を置いた。返事が、いつもより長く遅れた。

「そうですか」シエルが静かに言った。

「追求しないんだ」

「……僕に言うかどうかは、アイルさんが決めることだと思います」シエルが静かに言った。「アイルさんがどうしたいかが、一番大事なので」

アイルさんがどうしたいか。どうしたいのか、自分でもよく分からなかった。ただ、ルミナの「六年前からずっと」という言葉が、まだ頭の中に残っていた。

「何か困ったことがあれば」シエルが静かに言った。「僕が相談に乗りますよ」

答えは、まだ出ていなかった。


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