第9話 守神
レーメイ山脈麓――スンズ村。
吹雪は弱まっていた。
だが村を包む空気には、どこか“静かすぎる”不気味さがあった。
ウィリアム・クラークは、村中央に建つ石造神殿《IZANAGI》の前に立っている。
黒い外套の裾を風が揺らし、右手の草薙が低く脈動していた。
神殿の入口には、幾重にも古い護符が貼られている。
日本語。
混合文字。
そして新人類特有の幾何学紋様。
「……歓迎ムードじゃないな」
『当然です』
草薙が淡々と返す。
『IZANAGIは“守護装置”です』
『本来の役割は環境維持と生命保護』
『外敵へは極めて攻撃的ですよ』
「優しいのか怖いのかハッキリしろ」
ウィリアムはため息を吐き、神殿内部へ足を踏み入れた。
暗い。
冷たい。
そして――妙に“地球らしい”。
肺が楽だった。
重力も軽すぎず重すぎず、まるで東京にいた頃の感覚に近い。
「……こいつがテラフォーミング・パルスか」
神殿の最深部。
そこには巨大な“槍”が突き立っていた。
JWT A-X Ex《IZANAGI》。
天の逆鉾を思わせる黒銀の長槍。
槍身の各所を青白いオーズ回路が流れ、先端では淡い光が脈動している。
その周囲だけ空気が澄み切っていた。
草薙が静かに解析を行う。
《環境正常化フィールド確認》
《重力・酸素・放射線環境を地球基準へ再構築》
《周辺新人類生命維持に使用中》
「……本当に“守り神”なんだな」
ウィリアムはゆっくり歩み寄る。
だが。
その瞬間だった。
《未登録個体を確認》
《脅威判定開始》
神殿全体が震動した。
床面が展開。
無数の青い光輪が空中へ浮かび上がる。
「――ッ!」
『下がってくださいウィリアム!!』
遅い。
次の瞬間。
神殿内部の空気そのものが“圧縮”された。
轟音。
見えない衝撃波がウィリアムを真正面から吹き飛ばす。
「ガァッ!?」
背中から石壁へ激突。
肋骨が軋み、肺から血が逆流する。
さらに。
空中へ展開した光輪から、青白い槍状エネルギーが一斉射出された。
「チィッ!!」
ウィリアムは転がる。
石畳が貫通され、溶解する。
一本でも直撃すれば終わりだった。
『IZANAGI防衛設備起動!!』
『環境維持モードから戦闘モードへ移行しています!』
「なんで救助用装備がこんな物騒なんだよ!!」
『日本製ですので』
「納得したくねぇ!!」
さらに光輪が展開。
今度は重力場が捻じ曲がる。
ウィリアムの身体が床へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
骨が悲鳴を上げる。
MAGNUM形態へ変形しようとした草薙を、見えない力場が強制停止させた。
《KUSANAGI出力制限》
《IZANAGI優先権限を確認》
「はぁ!?」
草薙が珍しく焦った声を出す。
『不味いです!』
『IZANAGI側が上位権限を持っています!』
「つまり!?」
『今の私は“出力制限された拳銃”です!』
「最悪だろ!!」
その瞬間。
神殿最奥。
IZANAGIの槍身が、青白く発光した。
《排除》
たった一言。
だがその声には、“感情”があった。
次の瞬間。
ウィリアムの視界が吹き飛んだ。
――――。
気づけば。
彼は木造の天井を見上げていた。
「……ッ」
全身が痛い。
包帯。
薬草の匂い。
暖炉の熱。
「生きてる……?」
「よかった……!」
幼い少女の声。
振り向くと、白髪の少女が椅子から立ち上がった。
十歳くらい。
青い瞳。
スンズ村の子供たちと同じ、新人類の特徴。
少女は安心したように胸を撫で下ろす。
「三日も起きなかったから……」
「三日!?」
ウィリアムは飛び起きかけ、激痛で再び倒れた。
「ぐあぁぁぁっ……!」
「だ、大丈夫!?」
少女は慌てて薬瓶を持ってくる。
ウィリアムは顔をしかめながら天井を見る。
「"Great. Got my ass kicked by a magic spear and slept for three days."(最高だ。魔法の槍にぶっ飛ばされて三日寝込んだってわけか)」
草薙が脳内で呟く。
『記録更新ですね』
「嬉しくねぇ……」
少女は首を傾げた。
「……それ、誰と喋ってるの?」
「銃」
「え?」
「気にするな。俺もまだ整理できてない」
少女は困った顔をした後、小さく頭を下げた。
「……私はティナ」
「スンズ村の族長の娘です」
ウィリアムは目を細める。
「族長の娘?」
ティナは頷いた。
そして。
少しだけ悲しそうな顔をした。
「本当は……姉が“守神様”の主だったの」
「姉?」
「ユーティ」
その名前を聞いた瞬間。
神殿で感じた“違和感”が繋がる。
草薙が静かに解析結果を表示した。
《JWT A-X Ex “IZANAGI”》
《現適合者:ユーティ・スンズ》
《状態:神経過負荷》
《意識活動:停止》
ウィリアムの表情が変わる。
「……まさか」
ティナは俯いた。
「二年前、姉はイザナギ様と契約したの」
「村を守るために」
「でも……」
彼女の声が震える。
「イザナギ様の中にあった“いっぱいの記憶”に、姉の頭が耐えられなかった」
「それからずっと……眠ったまま」
暖炉の音だけが響く。
ウィリアムは静かに目を閉じた。
草薙。
AMATERASU。
JWT。
どれも同じだ。
力を与える代わりに、人間を壊していく。
ティナが小さく呟く。
「でも、イザナギ様は悪くないの」
「ずっと村を守ってくれてるから」
窓の外。
吹雪の中でも、スンズ村だけは穏やかな空気に包まれていた。
それは確かに、“守護”だった。
ウィリアムは深く息を吐く。
「……なるほどな」
彼はベッド脇に立て掛けられた草薙を見る。
「"Looks like every god in this world comes with a body count."(どうやらこの世界の神様は、どいつも代償付きらしいな)」




