第10話 やるべきこと
スンズ村の朝は、静かだった。
吹雪は止み、白銀の雪原には淡い青い光が降り注いでいる。
レーメイ山脈から流れ込む有害な特殊放射線は、村中央に眠る《IZANAGI》によって浄化され、この場所だけが異世界とは思えないほど穏やかな空気に包まれていた。
木造家屋の煙突から煙が昇る。
子供たちの笑い声。
鍋の匂い。
それは、2144年の地球でも、カイル大陸の魔原でも失われかけていた“日常”だった。
だが。
ウィリアム・クラークは、その光景の中で一人だけ場違いだった。
「……痛ぇ」
彼は軒先の椅子へ座りながら包帯を締め直す。
肋骨はまだ完全には治っていない。
新人類化した細胞が再生を進めているとはいえ、IZANAGIの防衛設備に吹き飛ばされたダメージは深刻だった。
『当然です』
草薙が脳内で呟く。
『あなた、環境制御型JWTへ真正面から突っ込みましたからね』
「知らねぇんだから仕方ねぇだろ」
『普通は死んでいます』
「便利な言葉だな、“普通”って」
ウィリアムは苦笑した。
数日。
彼はスンズ村での生活を余儀なくされていた。
理由は単純だ。
IZANAGIが、自分を“敵”認定しているからだ。
神殿へ近づけば、即座に防衛システムが起動する。
しかも今の草薙では突破不能。
「……ったく」
ウィリアムは雪原を眺める。
「"First time in my life I got grounded by a spear."(人生で初めてだぞ。槍に出禁くらったの)」
『貴重な経験ですね』
「前向きすぎるだろお前」
その時だった。
「ウィルー!」
小さな足音。
ティナが雪を蹴りながら駆け寄ってくる。
白いマフラー。
赤くなった頬。
両手には木箱を抱えていた。
「また勝手に外出てる!」
「安静にしてなきゃダメって言ったでしょ!」
「軍人に“安静”は難易度高ぇんだよ」
ティナは呆れたようにため息を吐く。
そして木箱を差し出した。
「薬草。今日の分」
「……悪いな」
「別に」
ティナは少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
その後ろでは、子供たちが雪遊びをしている。
だが。
よく見れば、皆どこか顔色が悪い。
肌には薄く紫色の侵食模様。
オーズ汚染。
IZANAGIが浄化していても、完全には防げていない。
ウィリアムは目を細める。
「……村の連中、全員あんな感じなのか」
ティナの表情が曇る。
「最近、悪化してる」
「前まではもっと元気だったのに……」
草薙が静かに解析結果を出す。
《IZANAGI出力低下を確認》
《原因:現適合者ユーティの神経同期不全》
《環境再構築効率:年々低下中》
ウィリアムは顔をしかめた。
「つまり」
『ユーティが目覚めなければ、いずれIZANAGIは停止します』
『この村も終わります』
沈黙。
吹雪の音だけが響く。
ティナは俯きながら呟いた。
「……姉ちゃん、ずっと苦しそうなの」
「でも誰も助けられない」
「族長も、村の人も、“守神様に選ばれた代償”だって……」
ウィリアムはしばらく黙っていた。
そして。
深くため息を吐く。
「……気に入らねぇな」
「え?」
「“仕方ない”って顔して誰か見捨てるの」
彼は立ち上がる。
肋骨が痛む。
だが気にしない。
「"I already hate this world enough. I’m not letting it take another kid."(この世界はもう十分嫌いだ。これ以上ガキ一人奪わせる気はねぇ)」
ティナが目を見開く。
草薙が静かに問う。
『助けるつもりですか?』
「当たり前だろ」
『成功率は低いですよ』
「軍人ってのはな」
ウィリアムは口の端を吊り上げた。
「無茶な作戦立てるのが仕事なんだよ」
その夜。
ウィリアム、ティナ、そして草薙は小さな机を囲んでいた。
机の上には、神殿内部を描いた古い地図。
JWT構造図。
そしてユーティの診断記録。
草薙が空中へ青いホログラムを展開する。
『現状を整理します』
《問題点》
・IZANAGIはユーティを正式適合者として認識中
・しかし神経接続過負荷により、ユーティの意識は内部深層へ閉じ込められている
・現在のIZANAGIは“暴走一歩手前”の半覚醒状態
ティナが不安そうに呟く。
「……姉ちゃん、生きてるんだよね?」
『はい』
『ですが精神は、IZANAGI内部情報空間へ沈んでいます』
「情報空間?」
ウィリアムが眉をひそめる。
草薙は続けた。
『JWTシリーズは、使用者の神経と直結します』
『極端な場合、人格そのものが内部ネットワークへ取り込まれる』
「……俺もそうなる可能性あるのか」
『かなり高確率で』
「サラッと言うなよ怖ぇな!?」
ティナは半泣きでウィリアムを見る。
「じゃ、じゃあ姉ちゃんを助けるには……?」
草薙が静かに答えた。
『誰かがIZANAGIへ再接続し、内部深層へ潜る必要があります』
沈黙。
ティナが青ざめる。
「そんなの……」
ウィリアムは即答した。
「俺が行く」
「えっ!?」
『却下です』
今度は草薙だった。
『現在のあなたは新人類化進行中です』
『IZANAGIへ深層接続した場合、人格崩壊の危険性があります』
「でも他に方法ねぇんだろ?」
『……』
ウィリアムは椅子へ深く座り直す。
そして苦笑した。
「"Guess I’m diving into another haunted machine."(また呪われた機械にダイブする羽目か)」
ティナが不安そうに袖を掴む。
「死なない……?」
ウィリアムは少しだけ目を細めた。
そして。
ティナの頭を軽く撫でる。
「安心しろ」
「俺はしぶとい」
「"Bad luck and I have a long-term contract."(不運とは長い付き合いなんでな)」




