第11話 REVENGE
吹雪の止んだ夜だった。
レーメイ山脈の空には、紫色の星々が静かに瞬いている。
その下で。
ウィリアム・クラークは、再び《IZANAGI神殿》の前へ立っていた。
黒いコート。
包帯だらけの身体。
そして右手には、JWT k-0.0/AOM《草薙》。
前回と違うのは一つだけ。
今度の彼には、“目的”があった。
「……行くぞ」
ティナが不安そうに袖を掴む。
「本当に、大丈夫?」
「全然」
ウィリアムは即答した。
「"If a plan sounds safe, it's probably not my plan."(安全そうな作戦なら、それ多分俺の作戦じゃない)」
「笑えないよ……」
ティナは半泣きだった。
草薙が静かに割り込む。
『成功率は31%』
「意外と高ぇな」
『前回は2%でした』
「比較対象がおかしいんだよ」
神殿の巨大な扉が、重低音と共に開く。
冷たい空気。
青白い光。
その奥で、《IZANAGI》が静かに脈動していた。
黒銀の長槍。
天の逆鉾を思わせる異形。
その周囲だけが、地球と同じ空気で満たされている。
ティナは入口で足を止める。
「……絶対、戻ってきて」
ウィリアムは振り返らなかった。
ただ片手を軽く上げる。
「善処する」
『軍人特有の信用できない返答ですね』
「うるせぇ」
そして。
ウィリアムは神殿深部へ足を踏み入れた。
数秒後。
《未登録個体を確認》
《防衛システム起動》
神殿全域が震動した。
床面展開。
青白い光輪が空中へ浮かぶ。
前回と同じ。
だが。
明らかに違う。
光輪の数が減っている。
展開速度も遅い。
草薙が即座に解析する。
『ユーティとの接続不安定化により、防衛システム出力低下』
『今なら突破可能です』
「なら走るぞ!!」
ウィリアムは地面を蹴った。
光槍射出。
青白いエネルギーが空間を貫く。
だが今のウィリアムは、以前とは違った。
新人類化による超反応。
強化神経。
強化筋肉。
彼は光槍の隙間を縫うように疾走する。
「"Round two, you oversized toaster!"(第二ラウンドだ、デカいトースター野郎!)」
《重力圧縮開始》
空間が歪む。
重圧。
膝が沈む。
だが。
ウィリアムはMAGNUM形態へ変形した草薙を構えた。
その瞬間。
草薙が低く告げる。
『EX権限確認』
《PHASE-2 解放》
黄金の放熱ラインが爆発的に発光する。
《警告》
《弾倉自動回復機能 停止》
《内部エネルギーを全出力へ転用》
「つまり?」
『弾切れしたら終わりです』
「やっぱ日本製怖ぇな!!」
光輪群が一斉射撃。
ウィリアムは跳躍しながらMAGNUMを連射した。
――カァァン!!
黄金弾頭が空中の光輪を撃ち抜く。
爆散。
重力場崩壊。
さらに疾走。
神殿最深部へ。
だが。
IZANAGI本体が、ゆっくりと槍身を持ち上げた。
空気が変わる。
《排除》
次の瞬間。
巨大な青白いフィールドが展開された。
「――ッ!!」
ウィリアムは咄嗟に防御姿勢を取る。
衝撃。
空間そのものが押し潰される。
石畳が陥没し、神殿全域へ亀裂が走った。
「ガァァッ……!」
吹き飛ばされる。
だが。
草薙が叫ぶ。
『今です!!』
『私をIZANAGIへ接続してください!!』
「了解ッ!!」
ウィリアムは砕けた床を蹴り、真正面から突撃した。
IZANAGIの槍身へ、草薙を叩きつける。
瞬間。
黄金と青白い光が激突した。
《JWT LINK》
《EX級接続開始》
《内部権限侵入》
神殿全域が絶叫する。
草薙の声がノイズ混じりになる。
『内部制御を奪います……!』
『その間、防衛システムを抑えてください!』
「簡単に言うなよ!!」
防衛光輪が再展開。
だが以前より弱い。
ウィリアムは血を吐きながら、それでも戦った。
MAGNUM連射。
跳躍。
回避。
反撃。
神殿が崩壊していく。
そして。
数分後。
草薙が叫ぶ。
『成功しました!!』
《環境維持権限 強制停止》
《ユーティとの接続切断》
静寂。
光輪が止まる。
重力場が消える。
ウィリアムは荒い呼吸を繰り返した。
「……終わった、か」
だが。
その瞬間だった。
《適合者喪失》
《再選定開始》
IZANAGIが、ゆっくりとこちらを向いた。
青白い瞳のようなコアが、ウィリアムを見据える。
草薙が即座に解析する。
『不味い!!』
『あなた、適合失敗しています!!』
「はぁ!?」
《環境維持停止》
《自己防衛モード移行》
神殿全域が震動した。
空気が一気に重くなる。
特殊放射線濃度急上昇。
村の環境保護フィールドが消え始めていた。
「チッ……!」
IZANAGIが槍身を持ち上げる。
今度は本気だ。
空間圧縮。
超高密度重力場。
ウィリアムへ照準固定。
『回避不能です!!』
「クソが……!」
その時だった。
「やめてぇぇぇぇッ!!」
小さな影が、二人の間へ飛び込んだ。
ティナだった。
「ティナ!?」
IZANAGIが停止する。
青白い光が、ティナを包み込んだ。
《……認識》
《ユーティ》
「違う!! 下がれ!!」
ウィリアムが叫ぶ。
だが遅い。
IZANAGIの光が、ティナの身体へ流れ込む。
少女の瞳が青白く発光した。
「お、お姉……ちゃん……」
そして。
IZANAGIは、ティナを“受け入れた”。
槍身全体が安定化を始める。
暴走していた重力場が静まる。
特殊放射線が消える。
空気が変わる。
風が変わる。
空が変わる。
スンズ村全域が、地球と同じ環境へ包まれていく。
雪が止む。
重い空気が消える。
子供たちの侵食痕が、ゆっくりと薄れていった。
ウィリアムは呆然と立ち尽くす。
「……ティナ」
IZANAGIの中心部。
青白い光の中。
少女の姿が静かに浮かんでいた。
草薙が、低く呟く。
『IZANAGIは、ティナを新適合者として認識しました』
『完全同期が始まっています』
「……戻せるのか」
沈黙。
そして。
『……不明です』
長い静寂。
村には、穏やかな風だけが吹いていた。
だが。
ウィリアムの拳は、静かに震えていた。
「"Damn it…"(クソが……)」
彼は空を見上げる。
守れたはずだった。
救うつもりだった。
なのに。
また一人、この世界は子供を飲み込んだ。




