第12話 出発
スンズ村の空は、青かった。
異世界へ来てから初めて見る、“まともな空”だった。
紫色の雲は消え。
重苦しい放射線の霧もない。
子供たちは雪原を走り回り、村人たちは笑い声を上げている。
すべて。
《IZANAGI》が正常稼働した結果だった。
だが――。
「……ふざけんな」
ウィリアム・クラークだけは、その光景を睨みつけていた。
神殿前。
彼はMAGNUM形態の草薙を構え、目の前の巨大な結界を見上げる。
ティナが取り込まれた直後。
暴走しかけていた神殿は、まるで“生き物”のように再構成を始めた。
崩れていた石壁は修復され。
破損した護符は再生し。
今では神殿全体が青白い結晶構造に覆われている。
《IZANAGI 再安定化確認》
《新適合者:ティナ・スンズ》
《同期率:92%》
草薙が静かに解析結果を告げる。
『ユーティよりも適合率が高い』
『その結果、神殿全域が自己防衛形態へ移行しました』
「だから出入り不可能ってわけか」
ウィリアムは舌打ちする。
彼は何度も神殿へ突入しようとした。
だが結果は同じだった。
重力場。
障壁。
空間圧縮。
今のIZANAGIは、以前より遥かに強力になっている。
まるで“ティナを守る殻”そのものだった。
「……ッ」
ウィリアムはMAGNUMを構える。
引き金へ指を掛ける。
『やめてください』
草薙の声が低くなる。
『今撃てば、ティナごと神殿が崩壊する可能性があります』
「……」
数秒。
長い沈黙。
やがて。
ウィリアムは乱暴に銃口を下ろした。
「"Damn it…"(クソが……)」
その瞬間。
神殿が淡く発光した。
次の瞬間。
見えない衝撃波。
「――ッ!?」
ウィリアムの身体が吹き飛ぶ。
空間転移。
視界が白く染まり――。
気づけば、彼は神殿外の雪原へ放り出されていた。
『……拒絶されましたね』
「言い方ァ!!」
ウィリアムは雪を払いながら立ち上がる。
だが。
何度近づいても結果は同じだった。
結界が彼を押し返す。
完全拒絶。
神殿はもう、“外敵”として彼を認識している。
その時だった。
「ウィリアム殿!!」
村人たちが駆け寄ってくる。
皆、以前より顔色が良かった。
子供たちの侵食痕も薄れている。
老人たちは涙を流しながら頭を下げた。
「村が……救われました」
「空気が……!」
「子供たちが咳をしなくなったんです……!」
一人の女性が笑顔で言う。
「今夜、宴を開きます!」
「どうか恩人であるあなたも――」
だが。
ウィリアムは静かに首を振った。
「……俺は何もしてない」
村人たちが困惑する。
ウィリアムは神殿を見上げた。
青白く輝く巨大建造物。
その奥にいる、一人の少女を思い浮かべる。
「この村を救ったのは――」
彼は低く呟いた。
「一人のガキだ」
そのまま踵を返し、療養所へ向かう。
誰も止められなかった。
夜。
療養所。
暖炉の火だけが静かに揺れている。
ウィリアムは椅子へ深く座り込み、頭を抱えていた。
草薙が静かに問いかける。
『怒っていますか?』
「当たり前だろ」
「ティナを助けるつもりだった」
「なのに結果はこれだ」
彼は顔を上げる。
「なんで失敗した」
草薙は数秒沈黙した後、答えた。
『あなたは“適合者”ではなかったからです』
「新人類化までしてるのにか?」
『IZANAGIは戦闘兵器ではありません』
『環境維持・生命保護特化型JWT』
『求められる適性が違いました』
「……つまり」
『あなたは、“守る側”より“戦う側”へ寄りすぎています』
「ハッ」
ウィリアムは乾いた笑いを漏らす。
「言われなくても知ってる」
その時だった。
コンコン――。
小さなノック音。
扉が開く。
そこに立っていたのは――。
白い髪の少女。
青い瞳。
だがティナではない。
年上。
どこか儚げな雰囲気。
ユーティだった。
ウィリアムは目を見開く。
「……生きてたのか」
ユーティは静かに頷く。
「……昨日、目が覚めました」
声は弱々しい。
二年間植物状態だった代償か、まともに立つことすら辛そうだった。
彼女はゆっくりと椅子へ座る。
そして。
震える声で言った。
「ティナが……選ばれたんですね」
誰も答えない。
暖炉の火だけが揺れる。
ユーティは俯いた。
「神殿にも、入れませんでした」
「私の権限は……もう消えていました」
ウィリアムは目を閉じる。
どう声を掛ければいいかわからない。
ユーティは小さく笑った。
「姉失格ですね」
「妹を守るはずだったのに」
その声は、泣いているようだった。
長い沈黙。
やがてユーティは顔を上げる。
青い瞳が、真っ直ぐウィリアムを見る。
「……どうすればいいですか」
ウィリアムは答えられなかった。
拳を握る。
だが。
その時だった。
草薙が静かに口を開く。
『方法が一つだけあります』
二人が顔を上げる。
草薙の青い発光ラインが淡く脈動した。
『JWT o-0.5sp/AOM』
『《OROCHI》』
空気が変わる。
『JWTシリーズ最強の戦闘特化兵装』
『対大型殲滅用終末兵器です』
ウィリアムの眉が動く。
「……大蛇」
『ええ』
『あれなら、IZANAGIの防御障壁を破壊し、強制的にティナを引き剥がせる可能性があります』
「可能性?」
草薙は珍しく言葉を濁した。
『問題があります』
空中へホログラムが展開される。
《JWT o-0.5sp/AOM “OROCHI”》
《所在:不明》
『第三次異世界調査にて行方不明』
『現在も現存している保証はありません』
ユーティの顔が曇る。
草薙は続けた。
『ただし、同じ“AOM系列”です』
『私と同一大陸に存在するなら、信号探知は可能です』
ウィリアムは腕を組む。
「他の問題は?」
沈黙。
そして。
『適合率です』
『OROCHIは、JWTの中でも極端に攻撃性が高い』
『適合失敗時、生存率は極めて低い』
『最悪の場合――』
草薙の声が静かになる。
『即死します』
空気が凍る。
次の瞬間。
ウィリアムは草薙を机へ叩きつけた。
「テメェ……!!」
ガンッ!!
暖炉が揺れる。
「それを“方法”って言うのか!?」
『他にありません』
「だからって!!」
ウィリアムの怒声。
だが。
その時だった。
「……それでも」
ユーティが、小さく呟く。
二人が振り向く。
彼女は涙を堪えながら笑っていた。
「妹を助けられる可能性があるなら……賭けたい」
「……」
「ティナは、私の代わりに選ばれたんです」
「だから今度は、私が助けたい」
長い沈黙。
暖炉の火だけが揺れている。
やがて。
ウィリアムは深くため息を吐いた。
「……ハァ」
彼は乱暴に髪をかき上げる。
「"Every time I try to retire, this world drags me back in."(引退しようとする度に、この世界が首根っこ掴んで戻してきやがる)」
草薙が静かに返す。
『人気者ですね』
「黙れ」
ウィリアムはユーティを見る。
「一つだけ聞く」
「途中で死にたくなっても、止まれねぇぞ」
ユーティは静かに頷いた。
迷いはなかった。
その瞬間。
ウィリアムは覚悟を決めた。
「……行くぞ」
「まずはOROCHIだ」
草薙が空中へ地図を展開する。
巨大な大陸。
《ウリュー大陸》
特殊核原料を独占する巨大王国。
貴族たちが私腹を肥やし。
地球へ密売を続ける腐敗国家。
草薙が静かに告げる。
『OROCHI反応の可能性を確認』
『目的地――ウリュー大陸中央王都圏』
吹雪の外。
異世界の夜空が静かに広がっていた。
こうして。
ウィリアム・クラークとユーティ・スンズの旅が始まる。
目的は一つ。
《OROCHI》を手に入れ、ティナを取り戻すこと。
そしてその道の先には――。
貴族たちの支配する、“オーズの王国”が待っていた。




