第8話 JWT A-X Ex 【IZANAGI(伊邪那岐)】
第八話 目指すはIZANAGI
ゼウス超山脈は、死にかけていた。
かつて天を貫いていた純白の峰々は黒く崩れ、山脈全域に走る亀裂から紫色の光が漏れ出している。
EATERとの戦闘。
そして疑似太陽《AMATERASU》の過剰稼働。
その代償は、あまりにも大きかった。
吹雪の中。
ウィリアム・クラークは崩れた尾根の上に立ち、静かに空を見上げていた。
黄金色の光球――《AMATERASU》。
本来ならば彼の背後に浮遊しているはずの疑似太陽は、今は山脈中央部へ固定されている。
まるで、崩壊しかけた大地を無理やり縫い止めているようだった。
《ゼウス超山脈 崩壊率:37%》
《AMATERASUによる構造維持を確認》
《停止した場合、山脈全域が48時間以内に消滅します》
「……つまり」
ウィリアムは苦い顔をする。
「こいつを持って行くと、この辺一帯が吹き飛ぶってわけか」
『はい』
草薙の声は珍しく静かだった。
『AMATERASUは現在、山脈地下のオーズ汚染を抑制しています』
『切り離せば、地殻崩壊が発生します』
「最高だな。せっかく手に入れた超兵器を即没収かよ」
『ローン返済前に差し押さえですね』
「笑えねぇよ」
ウィリアムはしばらく黙ったまま、《AMATERASU》を見つめる。
黄金の疑似太陽は、まるで生き物のように脈動していた。
自分を選んだ力。
終末を退けた力。
だが――。
その力を持ち去れば、この山脈の麓に住む者たちは全員死ぬ。
遠く。
崩壊しかけた山の向こう側に、小さな灯火が見えた。
レイン大陸北部。
レーメイ山脈麓――スンズ村。
新人類たちの集落。
EATER出現の余波で、すでに大地汚染が始まっている。
『山脈の崩壊が進めば、麓の村も消えます』
『生存率は3%未満』
「……チッ」
ウィリアムは舌打ちした。
数秒後。
彼は肩をすくめ、諦めたように笑う。
「"Guess I'm doing the hero thing now."(……どうやら俺、ヒーロー役やるらしい)」
『似合いませんね』
「うるせぇ」
彼は《AMATERASU》へ背を向けた。
その瞬間だった。
黄金の疑似太陽が、一度だけ強く脈動する。
まるで引き止めるように。
ウィリアムは足を止める。
振り返らないまま、呟いた。
「安心しろ。また取りに来る」
『……』
「それまで、そこで踏ん張ってろ」
黄金の光が、静かに明滅した。
まるで了承するように。
吹雪が吹き抜ける。
ウィリアムはコートを翻し、崩壊する山道を歩き始めた。
その背にはもう、疑似太陽はない。
残ったのは、黄金のMAGNUMと化した草薙だけだった。
数時間後。
レーメイ山脈麓。
スンズ村。
雪に埋もれた小さな集落は、静まり返っていた。
木造の家屋。
石積みの井戸。
煙突から上がる細い煙。
一見すれば普通の寒村。
だが。
村の空気は異常だった。
「……空気が軽い?」
ウィリアムは眉をひそめる。
ゼウス超山脈周辺特有の重圧感が薄い。
肺が妙に楽だった。
草薙が即座に解析を始める。
《周囲環境を測定中》
《特殊放射線濃度:極低》
《重力偏差:地球標準値へ近似》
「は?」
その時。
村の中央部に建てられた巨大な石造建築が目に入った。
半地下式の古い神殿。
入口には、日本語でこう刻まれている。
《IZANAGI》
ウィリアムは目を細めた。
「……こいつか」
草薙が静かに告げる。
『JWT支援型環境制御装置』
『正式名称――』
《JWT A-X Ex 【IZANAGI(伊邪那岐)】》
《能力名:Terraforming Pulse(環境再構築)》
『周囲の有害特殊放射線を無害エネルギーへ変換し、一時的に“地球環境”を再現します』
『本来は救助・医療用装備です』
「救助用?」
『オーズ汚染地域で、人類を生存させるために開発されました』
『重力、酸素濃度、気圧、放射線環境を局地的に正常化します』
ウィリアムは思わず口笛を吹く。
「"A machine that makes this hell feel like Earth?"(この地獄を地球みたいに変える機械、ってか?)」
『ええ』
『だからこそ、この村では“守り神”として扱われています』
その時だった。
神殿の入口から、小さな影がこちらを覗いた。
十歳くらいの少女。
白い髪。
淡く発光する青い瞳。
新人類特有の変異だった。
少女は怯えたようにウィリアムを見つめる。
その背後には、さらに何人もの子供たち。
どの子も顔色が悪い。
肌には紫色の痣のような侵食模様が浮かんでいた。
ウィリアムの顔から笑みが消える。
「……あれは」
『オーズ汚染の初期症状です』
『IZANAGIが停止すれば、数日以内に全員死亡します』
沈黙。
吹雪の音だけが響く。
そして少女が、小さな声で言った。
「……守り神、壊さないで」
ウィリアムは目を閉じた。
頭を掻く。
深いため息。
「クソッ……」
彼は空を見上げた。
崩壊する世界。
終末級存在。
新人類。
地球。
そして、自分。
やるべきことは山ほどある。
だがまず最初に。
彼は、この村を守らなければならなかった。
ウィリアムはゆっくりと神殿へ歩き出す。
黄金のMAGNUMが、静かに脈動する。
「"Alright, Kusanagi."(行くぞ、草薙)」
「"Let's meet this damn god."(そのイザナギって神様に会ってやろうじゃねぇか)」




