第7話 決着
ゼウス超山脈は、すでに“山”としての形を失いつつあった。
空は裂け。
大地は崩れ。
紫色の雲海は、EATERの放つ重力じみた圧力によって巨大な渦を形成している。
世界そのものが悲鳴を上げていた。
その中心で。
ウィリアム・クラークは、黄金のMAGNUM――PHASE-2《草薙》を構えていた。
呼吸は荒い。
視界はノイズまみれ。
新人類化によって強化された細胞が、逆に彼の神経を焼き始めている。
《細胞活性化率:62%》
《神経負荷:危険域》
《継戦時間:残り推定7分》
「……ッ、上等だ」
彼は血を吐き捨てた。
「"Seven minutes is still longer than most of my relationships."(7分もあるなら十分だ。俺の恋愛より長持ちしてる)」
『その情報に興味はありません』
「冷てぇな、お前」
空。
黒いゲートの向こう側で、EATERが脈動する。
巨大な“眼”がゆっくりと開き、その中心に銀河じみた光が集束していく。
草薙の声が低くなる。
『来ます』
次の瞬間。
世界が消えた。
黒い光。
否、“無”そのものが放たれた。
光でも熱でもない。
存在を削除する終末の奔流。
ウィリアムは歯を食いしばり、MAGNUMを真正面へ向けた。
「草薙!!」
『了解』
《PHASE-2 最終機構解放》
《AMATERASU 強制同期開始》
疑似太陽が咆哮した。
山頂上空に浮かぶ黄金の恒星が、一気に収縮する。
そして。
一本の“弾丸”へ変換された。
MAGNUMのシリンダーへ、疑似太陽そのものが装填される。
「……ハハ」
ウィリアムは乾いた笑いを漏らす。
握っているだけで腕が焼ける。
存在が崩壊しそうになる。
だが。
不思議と恐怖はなかった。
「"If this thing blows my arm off, I'm filing a complaint."(もしこれで腕吹っ飛んだら苦情入れてやるからな)」
『受理には三百年ほどかかります』
「ブラック企業どころじゃねぇ……!」
EATERの終末光が迫る。
空間が剥離し。
山脈が蒸発し。
世界法則そのものが崩壊していく。
だが。
その中心で。
ウィリアムは引き金を引いた。
――――――――――――――――。
音は、なかった。
それほどのエネルギーだった。
放たれた黄金弾頭は、一直線に世界を貫いた。
EATERの終末光と衝突。
瞬間。
空が割れた。
衝撃波が星規模で拡散し、カイル大陸全域の雲を吹き飛ばす。
地平線の彼方まで黄金の閃光が走り、夜空が昼へ変わった。
EATERが、初めて絶叫する。
数千の眼球が砕け。
無数の口が崩壊し。
黒い腕が、内側から黄金に侵食されていく。
「押し切れぇぇぇぇッ!!」
ウィリアムの絶叫。
MAGNUMが咆哮する。
AMATERASUが燃える。
そして。
黄金の奔流は、ついにEATER本体へ到達した。
黒いゲートの中心。
巨大な眼球へ、直撃。
その瞬間。
EATERの“瞳”に、初めて感情が浮かんだ。
恐怖。
『――なぜ』
脳内へ直接声が響く。
『なぜ、抗う』
『すべては、喰われる運命だ』
ウィリアムは笑った。
ボロボロの顔で。
血だらけのまま。
それでも兵士らしく。
「"Because screw you, that's why."(うるせぇ。気に食わねぇからだ)」
黄金が爆ぜた。
EATERの瞳に巨大な亀裂が走る。
黒いゲート全体が崩壊を始めた。
空間が閉じる。
終末が、押し返される。
『―――――』
最後に響いたのは、悲鳴だったのか。
あるいは笑い声だったのか。
誰にもわからない。
次の瞬間。
EATERは、消滅した。
静寂。
あれほど荒れ狂っていた空が、ゆっくりと静まり返っていく。
崩壊しかけていた山脈も、AMATERASUの残光によって辛うじて形を保っていた。
ウィリアムは膝から崩れ落ちる。
MAGNUMは、再びPHASE-1のハンドガン形態へ戻っていた。
「……終わった、のか」
『いえ』
草薙の声は静かだった。
『“撃退”です』
「……は?」
『EATERは対文明捕食存在』
『完全消滅には至っていません』
『いずれ、再び現れます』
ウィリアムは顔をしかめた。
「勘弁してくれよ……」
草薙は続ける。
『ですが時間は稼げました』
『数年。あるいは数十年』
『その間に、あなたは“残りのJWT”を集めなければなりません』
ウィリアムは空を見上げた。
裂けた空。
静まり返った雲海。
そして、まだ脈動を続ける疑似太陽。
「……つまり」
「この世界には、まだ俺みたいなブラック社員が必要ってわけか」
『はい』
『そしてあなたは、すでに“継承者”です』
草薙の光が淡く脈動する。
『この世界には、三つの脅威があります』
『一つ。“EATER”のような対文明捕食存在』
『二つ。オーズを利用し、世界そのものを支配しようとする旧人類国家群』
『三つ――』
一瞬、草薙が沈黙する。
『JWTシリーズそのものです』
ウィリアムの眉が動く。
「……どういう意味だ」
『JWTは、対終末兵器です』
『ですが同時に、“終末そのもの”でもあります』
『使い続ければ、使用者は新人類化を超え、“人ではない何か”へ変貌します』
風が吹く。
ゼウス超山脈を越えて。
遥か彼方の世界から。
草薙は静かに告げた。
『あなたが今やるべきことは三つ』
『残されたJWTを回収すること』
『EATER再来に備えること』
『そして――』
黄金の光が、ウィリアムの顔を照らす。
『あなた自身が、“怪物”になる前に答えを見つけることです』
長い沈黙。
やがて。
ウィリアムは、疲れ切った顔で笑った。
「"Great. Save two worlds and keep my sanity. Easy job."(最高だ。二つの世界を救って、ついでに正気も保てってか。簡単なお仕事だな)」
草薙が淡々と返す。
『離職は推奨しません』
「だろうな……」




