第5話 頂上戦闘 《KUSANAGI : PHASE-2》
ゼウス超山脈、標高8700メートル。
酸素という概念そのものが希薄になった死の領域で、ウィリアム・クラークは血に濡れた呼気を吐き出した。
眼下では紫色の雲海が雷光を孕み、遥か遠くのカイル大陸を不気味に照らしている。だが、その幻想的な光景を楽しむ余裕は、今の彼にはなかった。
「……ッ、クソ。右腕が完全に死んでやがる」
彼は岩壁にもたれながら、強引に折れた肋骨へ止血フォームを打ち込む。
激痛。
肺が悲鳴を上げ、視界が白く明滅する。
JTX『草薙』のエネルギー残量は12%。
オーバーブーストの代償で、銃身を走る青い発光体は不安定に点滅していた。
だが、それでも草薙は脈動している。
まるで「まだ戦える」とでも言うように。
「……安心しろ。俺もまだ死ぬ気はない」
ウィリアムは最後の登攀を開始した。
数時間後。
彼はついにゼウス超山脈の山頂へ辿り着く。
そこに存在していたのは、「基地」という言葉では表現できない異形の建造物だった。
半径数キロに及ぶ黒曜石のような円形構造。
中心部には巨大な塔が天を貫き、その周囲をリング状の機械群が公転している。
塔の表面には、日本語、ラテン文字、そして未知の紋様が混在した刻印が刻まれていた。
《A-0.8Ex — AMATERASU》
「……おいおい」
ウィリアムは思わず息を呑んだ。
塔の頂上。
そこには――太陽があった。
直径およそ20メートル。
超高密度に圧縮された黄金色のエネルギー球体が、空中に固定されている。
それは核融合炉にも恒星にも見えた。
だが同時に、生物の「心臓」のようにも脈動している。
HUDが狂ったように警告を吐き出す。
《超高濃度特殊放射線を検知》
《警告:オーズ反応指数、理論限界突破》
《警告:使用者の細胞活性化を確認》
「……ハハ。なるほど。これが『疑似太陽』か」
彼の皮膚に走っていた裂傷が、ゆっくりと再生していく。
折れていた肋骨の痛みが薄れ始める。
特殊放射線が、彼の細胞を書き換えているのだ。
新人類化。
ファイルに書かれていた狂気の仮説が、今まさに現実となっていた。
その瞬間だった。
――ギィィィィィン。
低い機械音。
塔の下層部に埋め込まれていた無数のレンズが、一斉に赤く発光した。
「……自動防衛システムか」
床面が展開し、人型兵器がゆっくりと姿を現す。
全長3メートル。
白銀の装甲。
背部に浮遊する六枚の円盤。
そして右腕には、日本刀とレールガンを融合させたような異形の武装。
頭部に刻まれた識別番号。
《JWT.EX.SE-01 “SUSANOO”》
「歓迎会ってレベルじゃないな」
SUSANOOの単眼が赤く輝く。
《識別開始》
《旧人類反応:確認》
《JWT適合率:31%》
《排除対象――》
直後、音が消えた。
否。
SUSANOOが音速を超えたのだ。
「――ッ!!」
ウィリアムは本能だけで横へ飛ぶ。
次の瞬間、彼がいた空間が斜めに切断された。
コンマ数秒遅れて、背後の黒曜石の壁が崩落する。
「マジかよ……!」
SUSANOOの刀身は、空間そのものを断裂させていた。
ウィリアムは転がりながら草薙を構え、連射する。
――ドォン! ドォン! ドォン!
青白い光弾がSUSANOOへ直撃。
しかし。
《損傷率:0.3%》
「硬すぎるだろ!」
SUSANOOが左腕を掲げる。
背部の円盤が展開し、無数の光条が空中に浮かんだ。
「チィッ――!」
次の瞬間。
数百発の光弾が豪雨のように降り注いだ。
爆発。
閃光。
衝撃波。
山頂施設そのものが崩壊を始める。
ウィリアムは瓦礫の陰へ飛び込み、荒い呼吸を繰り返した。
「……勝てるわけねぇだろ、あんな化け物」
だが、その時。
草薙が再び脈動した。
脳内へ直接、情報が流れ込む。
《JWT間共鳴システムを確認》
《対象:A-0.8Ex “AMATERASU”》
《接続条件:使用者の生命活動限界突破》
「……は?」
直後。
SUSANOOが瓦礫を吹き飛ばし、目の前へ現れる。
刀が振り下ろされる。
回避不能。
死。
その瞬間だった。
草薙が、叫ぶように発光した。
青白い光が黄金色へ変質する。
ウィリアムの右腕を侵食していた光の糸が、今度は全身へと拡散した。
そして。
塔の上空に浮かぶ「疑似太陽」が、脈動した。
SUSANOOが初めて反応を止める。
《……異常》
《AMATERASU起動反応》
《適合者、確認》
「適合……者?」
ウィリアムの身体が宙へ浮く。
黄金の粒子が周囲を包み込み、崩壊する山頂施設が静止したように見えた。
脳裏に、知らない記憶が流れ込む。
日本語。
悲鳴。
戦争。
燃える都市。
そして、一人の研究者の声。
『もし誰かがこの力へ辿り着いたなら――頼む。終わらせてくれ』
『地球も、この世界も……オーズに喰われる前に』
ウィリアムは歯を食いしばる。
「……勝手に全部押し付けやがって」
その時。
彼の手の中にあった草薙が、激しく変形を始めた。
拳銃サイズだったスライドが前方へ展開。
内部機構が唸りを上げながら再構築され、銃身が延長されていく。
グリップは大型化し、シリンダー状のエネルギーチャンバーが回転。
まるで“リボルバー”と“未来兵器”を融合させたような異形のシルエットへ変貌していく。
黄金の放熱ラインが銃身全体へ走り、空気そのものが熱を帯びて歪み始めた。
JTX k-0.0/AOM ――第二段階解放。
《KUSANAGI : PHASE-2》
《MODE:MAGNUM》
「……ハッ」
ウィリアムは変形した草薙を見下ろす。
もはや通常のハンドガンではない。
片手で扱うには重すぎる、対戦車砲じみた“怪物”だった。
「"Now that’s more like it."(……ようやく“武器”らしくなったな)」
草薙が淡々と返す。
『以前の形態は携行性重視です』
『PHASE-2は対大型脅威用。“殺傷”ではなく“消滅”を目的としています』
「怖ぇ説明するなよ……」
SUSANOOが再び動く。
音速の斬撃。
だが今度は。
ウィリアムは、その軌道を“見切った”。
彼は腰を落とし、巨大化した草薙を両手で構える。
シリンダー内部で、超高密度化されたオーズエネルギーが回転加速。
空間そのものが振動を始めた。
《AMATERASU同期率:39%》
《MAGNUM弾頭生成》
SUSANOOが目前へ迫る。
空間断裂。
死の斬撃。
だが。
ウィリアムの方が、速かった。
「――消えろ」
トリガーを引く。
――カァァァァァンッ!!!
それは銃声ではなかった。
山脈そのものを殴りつけたような超重低音。
黄金の“砲弾”が発射される。
空間が捻じ曲がる。
衝撃波だけで周囲の黒曜石が砕け散り、SUSANOOの斬撃を真正面から粉砕した。
次の瞬間。
SUSANOOの胸部装甲が、消失した。
爆発ですらない。
蒸発でもない。
“存在そのもの”が削り取られていた。
《損傷率……87%》
《理解不能》
SUSANOOの単眼が激しく点滅する。
ウィリアムは思わず顔を引きつらせた。
「"Jesus Christ… this thing kicks harder than a pissed-off tank."(なんて反動だ……怒った戦車に殴られたみてぇだ)」
実際。
彼の足元の地面は砕け、撃った反動だけで数メートル後方へ滑っていた。
草薙が少し誇らしげに告げる。
『MAGNUMモードは気に入りましたか?』
「嫌いな男いるのかよ、こんなの」
そしてウィリアムは、不敵に笑った。
巨大なマグナムを片手で回し、硝煙の代わりに黄金粒子を撒き散らす。
「"Alright, tin can. Round two."(さあ来いよ鉄屑野郎。第二ラウンドだ)」
SUSANOOの単眼が、血走ったように赤く明滅する。
《損傷率……87%》
《戦闘続行》
《脅威度:更新》
《対象――“継承者”》
「継承者、ねぇ」
ウィリアムは口の端から血を拭い、巨大化した草薙――PHASE-2 “MAGNUM”を肩へ担ぎ上げた。
黄金の放熱ラインが脈打つたび、周囲の空気が焼ける。
重い。
凄まじく重い。
だが不思議と、“身体に馴染む”。
まるで長年使い続けた愛銃のように。
『AMATERASUとの同期により、神経接続が最適化されています』
「便利機能みたいに言うな。こっちは脳みそ焼かれてる気分なんだよ」
『副作用です』
「軽く言うなぁ!?」
その瞬間。
SUSANOOが消えた。
否。
再び音速を超えたのだ。
「右――!」
草薙の警告と同時に、ウィリアムは反射的に身を捻る。
漆黒の刀身が鼻先数センチを掠め、背後の塔を真横に切断した。
遅れて、山頂施設の上層部が轟音と共に崩れ落ちる。
「"Okay, that was way too damn close!"(今のは洒落にならねぇぞ!?)」
SUSANOOの背部円盤が高速回転。
数百の光条が再展開される。
「またそれかよ!」
『回避を推奨』
「言われなくても――!」
光の豪雨。
山頂そのものが爆撃される。
ウィリアムは崩落する瓦礫を蹴り飛ばしながら疾走した。
MAGNUMモードの草薙は重い。
だが、その重量すら今の彼には推進力へ変わっていた。
新人類化。
筋繊維。
神経伝達。
細胞再生。
すべてが、常識外れの速度で変異している。
「ハハ……ッ」
彼は自分でも気づかぬうちに笑っていた。
恐怖か、高揚か。
もう区別がつかない。
「"Guess I'm officially too broken to go back to normal life now."(どうやらもう、普通の人生には戻れそうにないな)」
『元から軍人でしょう、あなた』
「否定できねぇのが腹立つな……!」
SUSANOOが再び突撃。
今度は真正面。
空間断裂を纏った刀が一直線に振り下ろされる。
ウィリアムは回避しない。
両足を砕ける地面へ叩き込み、MAGNUMを真正面へ構えた。
《AMATERASU同期率:41%》
《超高圧縮弾頭――装填》
草薙のシリンダーが咆哮する。
黄金の粒子が渦を巻き、周囲の瓦礫が宙へ浮いた。
SUSANOOの刀が振り下ろされる。
「――来いよ」
トリガーを引く。
――カァァァァァァァンッ!!!
世界が白く染まった。
放たれた黄金弾は、空間断裂そのものを押し潰しながら直進する。
SUSANOOの刀身。
腕部。
胸部。
背部円盤。
すべてをまとめて貫通。
そして。
山頂の遥か彼方まで一直線に“空”が消し飛んだ。
数秒遅れて、衝撃波がゼウス超山脈全域を揺らす。
「ガッ……ァァ……!」
ウィリアムの身体が吹き飛ぶ。
MAGNUMモードの反動。
肘が裂け、肩関節が悲鳴を上げる。
だが。
SUSANOOもまた、膝をついていた。
《機体損壊率……97%》
《戦闘……継続……不能》
白銀の巨体が軋む。
単眼がゆっくりとウィリアムを見上げた。
《確認》
《JWT継承条件……達成》
《あなたに……託します》
「……は?」
次の瞬間。
SUSANOOの胸部炉心が開く。
内部から現れたのは、小型の白銀ユニット――心臓のように脈打つ“核”だった。
それが浮遊し、草薙へ吸い込まれる。
《EXTERNAL SYSTEM LINK》
《SUSANOO Support Frame 接続完了》
草薙が淡々と告げる。
『おめでとうございます』
『強制的に追加装備がアンロックされました』
「ゲームみたいに言うな!」
直後。
山頂全域が、さらに激しく震動した。
空。
黒いゲート。
EATERの巨大な“腕”が、ついに山脈へ接触する。
触れた瞬間。
ゼウス超山脈の一部が、“消滅”した。
爆発ではない。
崩壊でもない。
数キロ単位で、存在ごと削り取られた。
「……ッ」
ウィリアムの笑みが消える。
草薙の声も、今度ばかりは冗談を言わなかった。
『あれに触れれば、物質・生命・空間構造すべてが捕食されます』
『現在のあなたでは、正面戦闘は不可能です』
「……最高だな」
ウィリアムは血を吐き捨てる。
空を見上げる。
世界を覆う終末。
そして、自分の手にある黄金のマグナム。
「"So let me get this straight."(整理するぞ)」
「俺は異世界に落ちて」
「喋る終末兵器と契約して」
「山を吹き飛ばすマグナム持たされて」
「今から星食い化け物と戦えって?」
数秒の沈黙。
草薙は静かに答えた。
『概ねその認識で合っています』
「"Yeah. Worst job orientation ever."(ああ、史上最悪の新人研修だな)」




