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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第30話:聖女の明日を返せ

 奥の通路へ駆け込んだミレナの背を追いながら、私は叫んだ。


「ゆうり、炉を止めて! ラグナ、流れ切って!」


「言われなくても!」


「承知した」


 返事は短かった。


 地下の奥では、半開きの扉の向こうに小さな寝台がいくつも並んでいた。繋がれたままの子、座り込んだまま動けない子、怯えて泣くことすらできない子。ミレナは震える手で一番近い子の拘束具を外しながら、息を詰めた声で言う。


「もう従わなくていいです。走ってください。出口は、こっち」


 最初の一人は動けなかった。


 けれど二人目の肩を支えた時、ようやく小さく足が動く。


「そうです……大丈夫、こっち」


 その横で、白い光が弾けた。


 セラフィナだ。


 炉と繋がった祈りの輪が床から立ち上がり、私の足首を絡め取ろうとする。私は身を捻って外し、そのまま真正面から踏み込んだ。


「まだ止めるの?」


「止めます」


 静かな声だった。


「ここで断てば、もっと多くが苦しむ」


「嘘つくな」


 言い返すと同時に、光の帯が腕を掠める。焼けるように痛い。けど今は、痛いかどうかなんてどうでもいい。


「見えないように隠してただけでしょ」


「世界は、きれいごとだけでは保てません」


「だからって、嫌だって言ってる子どもを繋ぐ理由にはならない」


 セラフィナの足元で、炉の脈が一段強く跳ねた。



 ***



 王都の療院では、イリーナが苦しそうに肩で息をしていた。


 喉元の赤金の紋が、さっきより濃い。隣の寝台の子も泣き出して、部屋全体がじわじわ揺れているみたいだった。


 エリスは唇を噛んだあと、イリーナの手を握り直した。


「こわくても、いこう」


 自分にも言い聞かせるみたいに、もう一度言う。


「だいじょうぶ、いっしょ」


「おてて、はなさないで」


 グレイが扉を開ける。


「別室へ移す。歩ける者から動かすぞ」


 エリスはこくんと頷いた。


 それから、毛布を抱えた小さい子の前に立つ。


「いくよ。ゆっくりで、いいの」


 イリーナが熱に浮かされた目でエリスを見る。


「……エリス、ちゃん」


「うん。いっしょ」


 その一言で、イリーナはふらつきながらも立ち上がった。



 ***



 ゆうりは炉の外周に刻まれた輪へ鞘を叩き込み、ラグナは壁を走る導管へ影を差し込んでいた。光の流れが暴れ、地下全体がきしむ。


「ひなた! 長くは持たない!」


「十分!」


 私はセラフィナの光を正面から受け止める。眩しくて目が焼けそうなのに、その向こうの顔だけは不思議なくらい静かだった。


「あなたは、壊したあとのことを考えていない」


「考えてるよ」


 息を切らしながら、私は言い切った。


「だから止めに来たんだ」


 一瞬だけ、セラフィナの目が揺れた。


 その揺れを逃がさず、私は一歩前へ出る。


「お前が守ってるのは信仰じゃない。怯えた子を黙らせて、都合よく使うための仕組みだ」


「……違います」


 初めて、声が少しだけ硬くなった。


「違わない」


 私は彼女の腕を払う。光の帯が外れ、床に走った。


「上でどれだけ綺麗なこと言っても、下でこれをやってる時点で終わってる」


 その背後で、ミレナの声が響く。


「こっちです! 走ってください!」


 子どもたちが、ようやく動き始めていた。


 その光景を見た瞬間、セラフィナの動きがほんの一拍だけ遅れた。


 私はそこへ踏み込んで、彼女の肩を強く弾き飛ばす。倒れた体を追撃はしない。そのまま炉へ走る。


「ゆうり!」


「今!」


 ゆうりが最後の輪を断ち、ラグナが影で導管を一気に裂いた。白い光が逆流する。


 私は炉の中心へ手を伸ばした。


 熱い。眩しい。痛い。


 でも、その奥にあるのは、祈りなんかじゃない。奪われた声だ。


「返せ」


 その一言と一緒に、私は中枢へ力を流し込んだ。


 次の瞬間、聖印炉がひび割れた。


 壁を走っていた導管が次々に砕け、拘束寝台の輪が沈黙する。地下を満たしていた祈りの唸りが、ぶつりと途切れた。



 ***



 療院で、イリーナの喉元の紋がゆっくり薄れていく。


 荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いた。


 エリスは手を握ったまま、じっと顔を覗き込んでいる。


「……ねつ、さがってる」


 グレイが低く息を吐いた。


「収まったな」


 イリーナは目を細めて、小さく笑った。


「……ひなた、さま……とめた」


 エリスも泣きそうな顔で頷く。


「うん。とめた」



 ***



 地下の揺れが止み、逃げ出した子どもたちの足音だけが通路に残った。


 ミレナは最後の一人の背を押してから、その場でようやく息を吐く。


 ラグナは崩れた導管を見上げ、短く言った。


「切れたな」


「ぎりぎりだったけどね」


 ゆうりは壁に背を預けて笑う。疲れているのに、少しだけ得意そうだった。


 倒れたままのセラフィナが、炉の残骸を見ていた。


 その白い手袋は煤けている。けれど私は、もう彼女を踏みつける気にはなれなかった。


「……これで、終わりじゃない」


 セラフィナが掠れた声で言う。


「そうだよ」


 私は答える。


「でも、ここから先は、お前らが勝手に決める番じゃない」


 地下から上がると、白い壇の上にはもう“神意”の顔は残っていなかった。


 祈りの振動を失った広場で、大司教の声も、観衆の沈黙も、全部違って聞こえる。


 私は塔を見上げなかった。


 代わりに、逃げ延びた子どもたちを見る。


 ミレナを見る。


 隣で肩を上下させているゆうりとラグナを見る。


 王都で、今もイリーナの手を握っているエリスのことを思う。


 終わったんじゃない。


 奪われていた明日を、ようやく返させた。


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