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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第28話:壊れてるのは、どっちだ

 白い舞台の上で、まだあいつらは立っていた。


 記録を突きつけられても、ミレナの声が届いても、大司教は崩れない。


 崩れないまま、静かな顔で秩序を語る。


 気味が悪かった。


「本日の聖裁は、引き続き執り行います」


 大司教の声が広場に落ちる。


「異端の聖女が持ち込んだ断片と、白冠連盟が守ってきた秩序。そのどちらが世界を保つに値するのか――神意の前で、明らかにいたしましょう」


 断片、ね。


 人が熱を出して苦しんだことも、声を奪われたことも、あいつらにとっては“断片”で済むらしい。


 私は壇の下で、ゆっくり息を吐いた。


「ずいぶん便利な言葉が好きだよね」


「便利ではありません」


 答えたのは、セラフィナだった。


 白い法衣の裾も、声の温度も、相変わらず乱れがない。


「必要なのです。痛みも、選別も、祈りも。すべてを否定した先に残るのは、混乱だけです」


「混乱させてるの、そっちでしょ」


「違います」


 その否定だけ、少し硬かった。


「あなたはいつも、目の前の一人に心を奪われる。けれど聖女は、もっと大きなもののために在るべきです」


「大きなものってなに」


「世界です」


 迷いがなかった。


 それが腹立たしい。


「じゃあ、その世界ってやつのために、イリーナが熱を出すのも仕方ないって言うつもり?」


「苦しみを通るからこそ、聖性は磨かれるのです」


「……は」


 笑いそうになった。笑えない方のやつだ。


「壊れてるのは、どっちだよ」


 広場が、しんと静まる。


 セラフィナは眉ひとつ動かさなかった。


「壊れているのは、役目から逃げたあなたの方です」


「逃げたよ。死なないために」


「それでは、聖女ではありません」


「だったら別にいい。子ども潰して平気な顔してる聖女より、そっちの方がましだから」


 観衆がざわめいた、その時だった。


 足元の石畳が、びり、と鳴った。


 昨日感じたのと同じだ。もっと強い。耳鳴りみたいな圧が、壇の下から一気にせり上がってくる。


「っ……!」


 思わず喉を押さえる。


 嫌な感じだった。イリーナの発熱の時、喉元に浮いた赤金の紋を見た時と、同じ気配。


「ひなた様!」


 ミレナが青ざめた顔で床紋を指す。


「この模様……見たこと、あります……!」


 壇の縁に刻まれた祈りの模様が、淡く白く脈を打っていた。表の装飾に見せかけて、線が全部、真下へ流れている。


 ラグナが低く言う。


「床の下で何か動いている」


「今ここで?」


「証明に見せかけて、別のことを始めたか」


 大司教は、それでも顔を崩さない。


「神の前では、隠された歪みもまた露わになります」


「歪んでるのはそっちだって言ってんの!」


 怒鳴った瞬間、胸の奥に冷たい痛みが走った。


 違う。私じゃない。


 遠くで、誰かが同じ圧に焼かれてる。


 脳裏に浮かんだのは、療院の寝台だった。毛布を握る小さな手。泣きそうな顔で、それでも離れないエリス。



 ***



 療院の部屋で、イリーナが小さく息を呑んだ。


 その直後、喉元に赤金の紋が浮かび上がる。


「……っ、やだ……」


 毛布の上で体が跳ねた。隣の寝台の子も、耳を塞いで震え始める。部屋のあちこちで、小さな呻きが重なった。


 エリスは一瞬だけ固まって、それからイリーナの手を握り直した。


「いりーなちゃん、だいじょうぶ。わたし、ここにいる」


 声が少し震えている。けれど逃げなかった。


「みんなも、だいじょうぶ……こわくても、いっしょ」


 自分に言い聞かせるみたいに、もう一度言う。


 廊下の向こうで騎士が駆ける音がした。グレイの声も聞こえる。

 でも、エリスは待つだけじゃなく、泣いている子の毛布を引き寄せた。


「おてて、つないで。はなさないで」


 イリーナの唇がかすかに動く。


「……ひなた、さま……」


 エリスは首を振った。


「だいじょうぶ。ひなたお姉ちゃん、きっと、とめるから」



 ***



 耳鳴りが強くなる。壇の下から、白い脈動が一度、どくん、と跳ねた。


 私はもう迷わなかった。


「ゆうり」


「分かってる」


 ゆうりは紙束を抱えたまま、壇の脇へ視線を走らせる。


「表の芝居はここで終わり。もう“裁き”じゃない、ただの起動実験よ。ラグナ、入口」


「ある。昨日の搬入口と繋がっているはずだ」


 大司教が初めて、少しだけ声を低くした。


「どこへ行くおつもりですか、異端の聖女」


「決まってるでしょ」


 私は壇を見上げる。


「下だよ」


 セラフィナが一歩前へ出る。


「やめなさい。そこから先は、あなたのような未熟な怒りが触れていい場所ではありません」


「だから、壊れてるって言ってんの」


「違います」


「違わない。上で綺麗ごと言いながら、下で子どもに流してる時点で終わってる」


 セラフィナの白い手袋の指先が、ほんの少しだけ強く握られた。


 それでも声は静かだった。


「あなたは、何も分かっていない」


「そっちは、分かろうとしてない」


 次の瞬間、私は壇の脇へ走った。


 騎士が二人、前へ出る。けど遅い。ゆうりの鞘が一人の足を払って、ラグナの影がもう一人の視界を塞ぐ。ミレナは震えながら、それでも昨日見つけた通路の方角を指した。


「ひなた様、そっちです……!」


 床下の脈動が、もう一度鳴る。


 今度ははっきり分かった。


 ここを止めない限り、王都の子たちも終わらない。


 なら、もう次にやることはひとつしかない。


 白い舞台の裏へ蹴り込んで、私たちはそのまま下へ向かった。


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