第27話:証言台に立つ者たち
広場を離れたあと、私たちは旅籠に戻ってすぐ眠れたわけじゃなかった。
机の上には、押収文書の写し、神官隊長の供述書き、療院から回してもらった記録が並んでいる。イリーナの発熱時間、喉元に浮いた紋の形、癒しで一時的に落ち着いても消えなかったこと。全部、ゆうりがきっちり並べ直していた。
「これ、向こうの言い方だと“偶然の体調不良”で押し切ろうとするわよね」
私が紙を覗き込むと、ゆうりは顔を上げなかった。
「するでしょうね。だから順番が大事なの。文書を先に出して、回収部隊の存在を固めて、そのあとミレナの証言。最後にイリーナの記録で“救出後も切れてない”を押し込む」
「面倒くさい」
「面倒でもやるの。今日はそういう勝ち方の日」
ラグナが窓辺で腕を組む。
「王子側の使節も、夜のうちに聖都へ入った。外交の形を取れるなら、向こうも完全な内輪裁きにはできん」
「レオニール王子も来るの?」
ミレナが小さく問う。
「来る」
私が答える前に、ラグナが頷いた。
「王都での公開聴取を受けて、正式抗議と証拠提出を行うらしい」
それを聞いて、少しだけ胸の奥が軽くなった。
こっちだけで殴り込みに来たわけじゃない。王都で拾った声が、ちゃんとここまで届いてる。
***
翌日の広場も、やっぱり白かった。
昨日と同じ壇。昨日と同じ大司教。昨日と同じ、静かすぎる観衆。違うのは、壇の片側にアストレア王国の旗が立っていることだった。
その前に、レオニール王子がいる。
「よく来たね」
私が小声で言うと、王子はわずかに口元を緩めた。
「来るべき場ですから」
柔らかい声だった。でも、その目は笑っていない。
大司教が壇上から見下ろす。
「異端の聖女に続き、他国の王子までお見えですか。白冠連盟の慈悲深さに、感謝していただきたいものです」
「違います」
レオニール王子は静かに返した。
「感謝ではなく、抗議に参りました」
広場がざわつく。
「保護下に置かれた子どもたちへの武装侵入に回収部隊の派遣。さらに救出後も続いた干渉。アストレア王国は、これらを看過しません」
大司教は眉ひとつ動かさない。
「誤解でしょう。混乱した子どもと、感情的な聖女の言い分だけでは――」
「それだけではありません」
今度は、ゆうりが前へ出た。
抱えていた紙束を、壇の補助台に置く。
「押収文書、回収部隊の携行札、候補生管理記録、移送順。あと、療院で取った反応記録」
ゆうりの声は平坦だった。だから余計に刺さる。
「候補生の欄に、名前はない。番号と適性と移送先だけ。人間の記録っていうより、品目表よね」
ざわめきが少し大きくなる。
大司教の横で、セラフィナだけが静かだった。
「管理とは、秩序の一形態です」
彼女はそう言った。
「感傷で曇らせるものではありません」
「感傷じゃない」
私より先に、ミレナが声を出した。
小さい声だった。けど、はっきり聞こえた。
昨日までの彼女なら、広場の真ん中では飲み込んだかもしれない。それでも今日は、一歩前に出た。
「痛いのに、痛いって言えないようにされるのは、秩序じゃないです」
セラフィナの目が、初めてミレナに向く。
ミレナは喉元に手を添えたまま続けた。
「声を出したら、ふさわしくないって運ばれる。熱を出した子は、祈りが足りないって言われる。泣くと弱いって言われる。逃げたら裏切りだって」
一度だけ息が詰まる。
でも、止まらなかった。
「それを、わたしは見ました」
大司教が口を開く。
「見た、という曖昧な証言だけでは――」
「じゃあ、これも曖昧ですか」
ゆうりが紙を一枚抜いた。
「イリーナ救出後、発熱。喉元に祈り印反応。回収部隊襲撃はその直後。記録時刻も、文書の発令時刻も揃ってる」
王子が続ける。
「つまり、保護後もなお干渉が続いていたということです。白冠連盟が“もう手を離れた子ども”にまで届いていた証拠になります」
しん、と空気が変わった。
昨日までの“聖都の裁き”じゃない。
これは、向こうの白い舞台の上で、こっちが順番に足場を剥がしてる音だ。
大司教はそこでようやく、ほんの少しだけ目を細めた。
「その子自身は、ここにいないのですね」
「当たり前でしょ」
私は即座に返した。
「また苦しむかもしれない子を、あんたらの前に引っ張り出すわけないじゃん」
セラフィナが静かに私を見る。
「ならば、あなた方は都合のいい断片だけを持ち込んだことになります」
「違います」
レオニール王子の声が、今度は少しだけ強くなった。
「だからこそ、本人を再び晒さずとも成立する記録と証言を持ってきたのです。子どもを守るために隠すことと、罪を隠すことを同じにしないでください」
広場の端で、誰かが息を呑んだ。
いいぞ、と思った。
その言い方はきれいだし、こっちはこっちでかなり効く。
大司教は沈黙したまま、壇の端に置かれた記録へ視線を落とした。怒鳴らない。否定も急がない。そこが逆に気味悪い。
「……興味深い資料です」
やっと出た言葉が、それだった。
「では、白冠連盟としても、神意のもとで真偽を改めて確かめる必要がありますね」
その言い方に、背中が少し冷えた。
神意。嫌な言葉だ。
昨日、足元で感じたあの震えが、頭の奥でよみがえる。
ゆうりも同じことを思ったらしい。紙束を抱えたまま、ほんのわずかに眉を寄せた。
「また何かやる気ね」
「顔に出てる?」
「少し」
ラグナがぼそりと言う。
「上から見せる顔が崩れ始めた。次は下を動かすだろう」
壇の上で、大司教が両手を広げる。
「本日の聖裁は、引き続き執り行います。秩序を疑う声があるならば、なおさら神の前で明らかにせねばなりません」
観衆は静かだった。
でも、その静けさはもう昨日と同じじゃない。
白い舞台の上で、向こうはまだ立っている。けれど、もう無傷の顔ではいられていない。
証言台に立ったのは、ミレナだけじゃない。
王都で拾った声も、イリーナの熱も、エリスが握っていた手も、全部まとめてここに来てる。
なら次は、その声を止めようとしてる仕組みの方を見に行く番だ。




