第24話:小さな証言、でかい一撃
療院の中庭は、朝から妙に息苦しかった。
子どもたちを落ち着かせる薬の匂いと、詰めかけた人のざわめきが混じっている。
広場みたいに大げさじゃない。でも、それでも十分すぎるくらい人目はあった。
「簡易公開聴取、ね」
私は中庭の端で腕を組む。
「名前だけ聞くと、もう少し気楽そうなんだけど」
「気楽なわけないでしょ」
紙束を抱えたゆうりが、うんざりした顔で言った。
「あんたが昨日ぶち抜いて連れてきた連中と、その文書を人前で照らし合わせるの。充分面倒よ」
「でも必要なんでしょ」
「必要。だからやる」
即答だった。
その少し先で、レオニール王子が集まった市民たちへ向き直る。
「本件は、王都内への武装侵入と、保護下に置かれた子どもたちに対する回収行為についての確認です」
柔らかい声なのに、よく通った。
「感情論ではなく、まず事実を確かめます。どうか最後まで聞いてください」
その左右には騎士が立っている。グレイさんもいた。昨日捕らえた神官隊長は椅子に縛られたまま、いかにも不愉快そうな顔で座らされている。
逃げもごまかしも、今日は簡単にはできない。
「……ひなた様」
振り向くと、ミレナがいた。顔色はまだ良くない。でも、逃げる目じゃなかった。
「大丈夫?」
「怖いです」
正直に言ってから、小さく息を吸う。
「でも……今日は、言います」
「うん」
私は頷くだけにした。
頑張れとは言わない。言わなくても、今のミレナは自分で立とうとしてる。
聴取は、押収文書の確認から始まった。
ゆうりが記録を読み上げ、グレイさんが捕縛時の状況を簡潔に説明する。祈り印、移送記録、候補生の番号。淡々と並ぶ言葉が、逆に気持ち悪い。
「人の名前、ないんだね」
思わず漏れた私の声に、神官隊長が薄く笑った。
「候補生の管理に私情は不要です」
その言い方だけで、もう一発いきたくなる。
でも、まだだ。
先に前へ出たのはミレナだった。
「わたしは……白冠連盟の施設から逃げてきました」
ざわめきが起きる。
ミレナは喉元に手を当てて、それでも続けた。
「選ばれるための痛みだと、何度も言われました。泣くのは弱いからだと。声を出せなくなった子も、熱を出した子も……“ふさわしくない”って、運ばれて」
一度だけ言葉が詰まる。
でも、ミレナは顔を上げた。
「保護じゃありません。あれは、逃げられないようにしてるだけです」
中庭が静まる。
その静けさの中で、視線が次に向いたのは、エリスのそばだった。
毛布を膝にかけたままのイリーナが、ぴくっと肩を揺らす。
まだ顔色は悪い。人前に出るには早いくらいだ。
私は一歩出かけて、止まった。
言わせるためにここへ連れてきたんじゃない。
この子が嫌なら、それで終わりだ。
「イリーナ」
エリスが、そっと手を握る。
「むりなら、いいの。むりやりじゃなくて、いいの」
その言葉に、イリーナの指がかすかに動いた。
「……でも」
「いっしょに、いく?」
エリスが聞く。
幼い声だった。けど、逃げていない。
イリーナはしばらく俯いて、それから本当に小さく頷いた。
「……うん」
エリスが先に立った。
イリーナはその手を握ったまま、一歩、また一歩と前へ出る。
その姿だけで、胸の奥が少し熱くなった。
レオニール王子が目線を落とす。
「無理に長く話さなくて構いません。言えることだけで大丈夫です」
イリーナは黙ったまま、縛られた神官隊長を見た。
その途端、肩が震える。
でも、隣からエリスの声がした。
「だいじょうぶ。わたし、ここにいる」
イリーナの唇が、ようやく動いた。
「……やだ」
かすれていた。
それでも、ちゃんと届いた。
「もどりたくない」
中庭の空気が変わる。
「こわい。つれていかないで」
それだけだった。
長い説明なんかひとつもない。なのに、その短さの方がよほど痛かった。
神官隊長が鼻で笑う。
「混乱していますね。救出時の刺激と、周囲の誘導の影響でしょう」
ゆうりの眉が動く。
「誘導?」
「幼い器は不安定です。短期的な恐怖だけで、適性を否定するべきではありません。あの子は価値の高い――」
「このこ、うそついてない」
遮ったのは、エリスだった。
小さいのに、驚くくらいはっきりした声だった。
「こわいって、ちゃんといってる。もう、つれていっちゃだめ」
神官隊長が苛立ったように目を細める。
「子ども同士で庇い合って何になるのです。器には器の――」
そこまでだった。
私は、椅子の前まで歩いていた。
「本人が嫌だって言ってるのに、まだ聞こえないの?」
神官隊長が私を見上げる。
「聖女殿、感情で秩序を――」
「その子を、器みたいに呼ぶな」
次の瞬間、私は椅子の脇を蹴り飛ばした。
椅子ごと神官隊長が横倒しになる。無様な悲鳴が上がって、中庭がどよめいた。
「痛いのが必要だとか、価値が高いとか、勝手に決めてんじゃないよ」
私は倒れたそいつを見下ろす。
「この子は物じゃない。連れていくかどうかを決めるのは、お前らじゃない」
しん、と静まったあと、ざわめきが一気に広がった。
昨日までのざわめきとは違う。引いた声じゃない。怒りと嫌悪が混じった音だ。
「今の……聞いたか?」
「価値、だと?」
「子ども相手に……?」
レオニール王子が静かに言う。
「充分です」
その声で、騎士たちが一斉に動いた。倒れた神官隊長を起こし、押収文書を回収し直し、場を固める。
「記録は王家預かりとします。白冠連盟には正式に抗議を入れましょう」
ゆうりが小さく息を吐いた。
「これで王都での言い逃れはだいぶ潰せるわね」
ラグナも短く頷く。
「向こうも分かっただろう。もう表では飾れん」
私は返事の代わりに、エリスとイリーナを見る。
エリスはまだ手を握っていた。
イリーナは震えていたけど、さっきよりちゃんと前を向いている。
泣きそうな声だった。
でも、届いた。
それで充分だ。
王都で届いたなら、次は向こうの中心に突き返す番だ。




