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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第21話:イリーナの発熱

 保護棟に戻っても、胸の奥の熱は全然引かなかった。


 痛みは必要というセラフィナの声が、まだ耳の奥にこびりついている。


 ふざけんな。


 そう何度も思うのに、広場では殴れなかった。その反動みたいに、体の内側だけがずっとざらついていた。


 部屋に戻っても眠れそうになくて、私はそのまま見回りをする。何かしていないと、あの女の言葉ばかり思い出してしまいそうだった。


 見張りの騎士に軽く声をかけながら廊下を進み、ついでにミレナの部屋を覗く。


 寝台の脇の丸椅子に、エリスが座っていた。その隣に、小さな女の子がぴたりと寄り添っている。


 あの時、いちばん最初に私の方へ走ってきた子だ。


 昼間より少しだけ顔色はいい。でも、まだ肩に力が入っているようだ。


「まだ起きてたんだ」


 声をかけると、エリスが振り向いた。


「……ねむれなくて」


 それから、隣の子の手をそっと握る。


「この子、イリーナっていうの」


 私は少しだけ目を見開いた。


 あの時は、名前を聞く余裕もなかった。


「イリーナ」


 しゃがんで目線を合わせると、その子はびくっと肩を揺らしたあと、小さく頷いた。


「……はい」


 かすれた声だった。まだ喉がうまく開いていないみたいな、頼りない音。


 ミレナが寝台の端で毛布を直しながら、小さく言う。


「さっき、やっと教えてくれたんです……エリスちゃんが、ずっと一緒にいてくれて」


 エリスは胸を張るには少し自信が足りない顔で、それでも言った。


「おみず、のめたの。あと、こわいゆめみないようにって……いっしょにいた」


 イリーナは、エリスの袖をきゅっと掴んでいた。


 少しずつだけど、懐いてきてる。それが分かって、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


「そっか。二人ともえらい」


 そう言って頭を撫でると、エリスははにかんだ。イリーナは撫でられる瞬間だけ目を閉じたけど、逃げなかった。


 そのまま眠ってくれればよかった。


 本当に、そうだったらよかったのに。



 ***



 夜半過ぎ、耳を裂くみたいな叫びで目が覚めた。


「ひなたお姉ちゃん!」


 エリスの声だった。


 私は寝台から飛び起き、そのまま廊下を走る。戸を開けた瞬間、むっとする熱気が頬にぶつかった。


 イリーナが寝台の上で苦しそうに身をよじっていた。頬は真っ赤で、息が浅い。喉元を押さえた指の隙間から、赤金の細い紋がじわじわと浮かび上がっている。


 見たことのない印だった。さっきまでは、なかった。


「イリーナ!」


 額に触れた瞬間、背筋が冷えた。熱い。普通の熱じゃない。


 私はすぐに癒しを流す。


「大丈夫、大丈夫だから。痛いのどこ? 聞こえる?」


 でも、熱が落ちない。


 むしろ私の光に反応するみたいに、喉の下の紋が淡く脈打った。


「なんで……っ」


「ひなた、離れて」


 ゆうりが低く言った。いつの間にか来ていて、もう剣を持っている。


「病気じゃない。これ、外から引っ張られてる」


「外って……連盟?」


「でなきゃこんな趣味の悪い反応しないでしょ」


 ラグナが喉元を見下ろし、短く告げる。


「追跡か、呼び戻しの祈り印だな。表に出ていなかっただけで、深く埋め込まれていたらしい」


 腹の底が、一気に冷えた。


「……まだ、この子たちに触ってるってこと?」


「そういうことだ」


 ミレナが青ざめたまま、一歩だけ近づく。


「……見たこと、あります」


 声が震えていた。


「祈りの前に、こうなる子がいて……そのあと、連れていかれて……」


 エリスが泣きそうな顔でイリーナの手を握る。


「いりーな、だいじょうぶ。わたし、ここにいるよ」


 その声に、イリーナの唇がかすかに動いた。


「……やだ……」


 熱に浮かされた、掠れた声。


「もどるの……やだ……」


 その一言で、胸の奥の何かが決まった。


 広場でセラフィナに向けていた怒りとは、少し違う。今あるのは、もっと近くて、もっと嫌な感情だ。


 目の前の子を、また奪われるかもしれないという恐怖。


「戻さない」


 気づいたら、声に出していた。


「絶対に戻さないから」


 私はもう一度、イリーナの額に手を当てた。熱を消そうとするんじゃない。暴れている痛みを、ひとつずつ撫でて鎮めるみたいに、ゆっくり光を流す。


「大丈夫。ここにいるよ。もう、言うこと聞かなくていい」


 荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


 喉元の紋も薄くなった。けど、消えない。


 完全には切れていない。それがいちばん最悪だった。


 ゆうりが小さく息を吐く。


「応急処置ってとこね。時間はあんまりないかも」


 ラグナも頷いた。


「保護棟の位置も、子どもたちの状態も、向こうに拾われている可能性が高い。来るぞ、早ければ夜明け前だ」


 部屋がしんと静まる。


 エリスはまだイリーナの手を握ったままだった。離したら、この子がまた遠くへ行くとでも思っているみたいに。


 私はその横で、静かに拳を握る。


 救い出しただけじゃ、終わりじゃない。


 守り切るまで、終わらせない。


 もし向こうがまだこの子たちを数に入れてるなら――次は、守るだけじゃ済まない。


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