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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第19話:ぶっ壊れてるのは、そっちだ

 王都の門が見えた瞬間、ようやく私は息を吐いた。


 走り通しだった。肩は重いし、腕も痺れてる。それでも、抱えていた小さな体がちゃんと温かいことに、少しだけ救われる。


「門を開けろ! 保護対象だ!」


 先に駆けていたラグナの声に、門番たちが慌てて動いた。開いた隙間を抜けると、保護棟の前にはもう灯りが集まっていた。


「こっち……! こっちなの……!」


 エリスが毛布を抱えて走ってくる。後ろではミレナも青い顔のまま立っていた。


「だいじょうぶ、です……もう、ここは……」


 言い切る前に声が震える。それでも、その手はちゃんと伸びていた。


 私は腕の中の子をエリスに渡す。


「お願い」


「う、うん……!」


 毛布に包まれた子どもたちが、怯えた目でこちらを見ていた。泣いている子もいる。声も出ない子もいる。


 全員じゃない。


 その事実だけが、喉に引っかかったままだった。


「……ひなた様」


 かすれた声に振り向くと、回廊で最初にこっちへ走ってきた女の子が、毛布を胸まで引き上げたまま私を見ていた。


「だいじょうぶ?」


 しゃがんで目線を合わせると、その子は小さく頷いた。頷き方はまだぎこちない。体の半分くらいは、向こうの言葉に縛られたままなんだと思う。


「ここまで来た子は、もう返さない」


 そう言った瞬間、外から荒い足音が飛び込んできた。


「ひなた殿!」


 グレイだった。鎧も外していない。相当急いで来た顔だ。


「白冠連盟の使者が門前に来た。騎士もいる」


「早いね」


「候補生の引き渡しを要求しているようだ。民衆の前で、我が国を糾弾している」


 私は眉をひそめる。


 その呼び名だけでも十分腹が立つのに、グレイはさらに続けた。


「候補生は連盟の管理財であり、速やかに返還されるべきと――そう主張している」


 管理財。


 物みたいに言った。あの泣いていた子たちを。


「……ふざけんな」


 低く漏れた声に、エリスがびくっと肩を震わせた。私はすぐ息を吐いて、頭を撫でる。


「ごめん。怖がらせた」


「う、ううん……」


 でも、怒りは引かなかった。


 ゆうりが額を押さえる。


「まあ、出るわよね」


「止めますか」


 グレイが一応といった顔で聞く。


 ラグナが先に答えた。


「止まらんだろう」


「はい。止まりません」


 私は立ち上がった。


「ここをお願いします。絶対に、誰にも触らせないで」


「承知しました」


 毛布にくるまった子どもたちを一度だけ振り返る。さっきの女の子が、今度はちゃんと私の言葉を聞いていた。


「すぐ戻る」


 それだけ言って、私は門前へ向かった。


 夜明け前の薄い空の下、白冠連盟の旗がやけに白々しくはためいていた。使者と騎士団、その前に集められた民衆。事情を知らない者にとっては、声の大きい方が正しく見える。


「アストレア王国は連盟所属の聖女候補を不当に拘束している!」


「速やかに返還せよ!」


「異端者を匿う王国に秩序を語る資格はない!」


 ざわざわと群衆が揺れる。


 私はその真ん中を割って前へ出た。


「返しません」


 門前の空気が止まった。


 使者が目を細める。その目にあるのは、侮りだった。


「異端の聖女、天川ひなた」


「便利な呼び方ですね」


 私は鼻で笑った。


「で? 返還って何ですか。あの子たち、荷物でしたか?」


 使者の頬が引きつる。代わりに一歩前へ出たのは、騎士団長格だった。長槍を持った大柄な男。いかにも“正しさ”を着込んだ顔をしている。


「規律なき聖女は災いだ。感情で子どもを攫い、秩序を乱す存在に、聖女を名乗る資格はない」


 その言い方が、どうしようもなく気に入らなかった。


 攫った。秩序。資格。


 どの口が言うんだ。


「黙れ」


 門前のざわめきが、その一言で止まる。


 私は騎士団長を睨んだまま、白盾に刻まれた紋を指した。


「泣いてる子を黙らせて、痛い子を列に戻して、それで聖印? 奇跡? 笑わせんな」


 一歩、前へ出る。石畳が鳴った。


「守れもしないくせに、聖女を語る?」


 拳を握る。喉の奥が熱い。腹の底が煮えるみたいだ。


「ふざけんな!」


 地面を蹴った。


 長槍が唸る。速い。けれど見える。半歩だけ体をずらし、穂先を肘で弾く。そのまま懐へ潜り込んだ。


「なっ――」


「――聖女なめんじゃねぇ!!!」


 拳を胸当てへ叩き込む。鈍い音。騎士団長の巨体が揺れた。踏みとどまる。硬い。


 横から騎士が二人、斬り込んでくる。銀の閃きがそれを止めた。


「主役はあんたでしょ! 横見てる場合じゃない!」


 ゆうりだ。さらに外側では、ラグナがもう一人の足を払って進路を塞いでいる。


「ひなた、長引かせるな」


「分かってる!」


 騎士団長が怒声を上げ、槍を捨てて白盾を構えた。


「異端をここで断つ!」


「やってみなよ!」


 白盾が突っ込んでくる。祈祷印つきだ。まともに受ければ重い。


 でも、私は受けない。真正面から踏み込む。


 盾の中心へ、拳を振り抜いた。


 祈祷印が割れる。


「なんだと!?」


 乾いた破砕音。次の瞬間、白盾が真ん中から砕け、騎士団長の身体がそのまま後ろへ吹っ飛んだ。後続の騎士を二人まとめて巻き込み、門前の石畳を無様に転がる。


 どよめきが広がった。


 私は倒れた騎士団長を見下ろす。


「痛いのに痛いって言えない制度が、壊れてるんだよ! 人を道具にしてる側が、正しい顔をするな!」


 使者が息を呑む。


 その後ろで、民衆が顔を見合わせた。


「……帰りたい顔じゃなかったぞ」

「怯えてたじゃないか」

「どっちが本当なんだ?」


 そこへ、保護棟の方から小さな足音が聞こえた。


 振り向くと、毛布にくるまったあの女の子が、エリスに支えられながら立っていた。ミレナも一緒だ。青い顔のまま、それでも前へ出ている。


「もどりたく、ない……」


 震える声だった。でも、それで十分だった。


 門前が完全に揺れる。


 使者が焦ったように声を張り上げた。


「惑わされるな! その娘らは異端者に脅されて――」


「違います……!」


 ミレナの声だった。かすれているのに、はっきり届く。


「あれは、保護なんかじゃありません」


「もどりたく、ないです」


 使者の顔色が変わる。


 私は一歩踏み出した。


「聞こえたよね」


 連盟側の騎士たちは、もう前へ出られなかった。砕けた白盾、石畳に転がる騎士団長、怯えたままこちらへ寄る子ども、そして民衆の目。さっきまで向こうにあった“正しい顔”が、全部ひっくり返っていた。


 ラグナが静かに剣を収める。


「終わりだな」


「はい」


 ゆうりが肩で息をしながら、呆れたように笑った。


「ほんと、あんたは門前で国際問題を殴るのね」


「向こうが先に売ってきた喧嘩だし」


「そういう問題じゃないのよ」


 私は白冠連盟の旗を睨んだ。


 セラフィナの声は、まだ胸の奥に残っている。

 あなたは逃げた人。


 だったら何だ。


 逃げたから、ここに立ってる。

 逃げたから、今度は奪われる側じゃなく、止める側に立てる。


「次は門前じゃ済ませないからね」


 小さく吐き捨てると、民衆のざわめきが今度は明らかにこちらへ寄った。


 怖れだけじゃない。疑いだけでもない。


 流れが変わる音だった。


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