第18話:白扉をぶち破れ
白盾が正面から押し返してきた。
私はゆうりと背中を合わせたまま、振り下ろされた剣を肘で弾く。火花が散る。横から突き出された槍を蹴り上げ、そのまま返す拳で一人の顎を打ち抜いた。
「セラフィナのことはあと! まずは目の前の護衛を片づけなさい!」
「分かってる!」
言い返しながら、私は白扉を睨む。
追いたいからじゃない。あの向こうへ運ばれてる子どもを、そのまま連れていかせたくないだけだ。
白盾が二枚、三枚と重なる。押し潰すつもりだ。私は半歩踏み込み、祈祷印の刻まれた中心へ拳を叩き込んだ。鈍い音、ひび、そこへゆうりの刃が滑り込み、二枚目の縁を斬り払う。
「今!」
「行く!」
私はそのまま白扉へ突っ込んだ。横から来た剣が肩をかすめたけど、止まらない。拳を叩き込む。
白扉が、蝶番ごと吹き飛んだ。
砕けた板の向こうは、すぐ次の回廊だった。
狭い白い石の通路。左右に灯り。奥へ続く階段。その途中を、候補生たちが護衛に囲まれたまま急かされている。小さな足がもつれ、白い薄布の裾が床を擦る。まだ連れ去られきっていない。
「ラグナ、子ども!」
「任せろ」
ラグナが回廊の入口に割り込み、ひとり護衛を斬り伏せる。すぐに列の最後尾にいた小さな子を抱え上げ、壁際へ引き寄せた。
「こっちだ。走れなくてもいい、止まるな」
低い声に、後ろの子たちが揺れる。
でも、先頭近くにいた何人かは、まだ足を止めなかった。
階段の上に、セラフィナが立っていたからだ。
白い法衣。乱れない姿勢。騒ぎの中でも、あの子だけが静かすぎる。
「慌てなくて大丈夫です」
柔らかな声が落ちてくる。
「押さなくていいのです。前を見て、順番に」
ぞっとした。
その一言だけで、泣きそうだった子が息を呑んで足を揃える。優しい声なのに、やってることは檻の奥へ整列させることだ。
「そっち行くな!」
私は叫んで前へ出た。
その瞬間、階段脇の柱陰から大きな影が落ちてきた。白盾と幅広の大剣。護衛聖騎士の隊長格だ。重い一撃が、頭ごと叩き割る軌道で落ちてくる。
受ける前に、銀の光が割り込んだ。
甲高い衝突音。ゆうりの剣が大剣を逸らす。
「前だけ見なさい!」
「助かる!」
私は身を沈めて盾の横腹へ拳を入れる。硬い。びくともしない。さすがに他より格が上だ。隊長は押し返すように盾を打ち込み、低く吐き捨てた。
「逃げた聖女に、救いは語れない」
その言葉とほぼ同時に、階段の上からセラフィナが私を見た。
「天川ひなた」
静かな声だった。
「あなたは逃げた人」
「役目から降りて、自分だけ助かった人」
胸の奥に、鈍い痛みが走る。
逃げるな。耐えろ。お前しかいないんだから。
知っている言葉だった。形を変えて、ずっと私の中に残っていた言葉だ。
拳が、ほんの一瞬だけ鈍る。
その隙を隊長は逃さなかった。白盾が胸元へ突き込みみたいに飛んでくる。まともに入れば吹き飛ぶ。
「ひなた!」
ゆうりの肩が私の背を押した。衝撃がずれ、私はぎりぎりで踏みとどまる。
「止まってる場合じゃないでしょ!」
頭の靄が、そこでようやく切れた。
「……うん!」
振り向けば、ラグナがすでに二人、三人と引き戻している。泣いている子、足の震えてる子、呆然としてる子。まだ奥にもいる。全部は届かない。でも、手を伸ばせば届く子がいる。
その時だった。
列の後ろにいた小さな女の子が、私を見た。
さっきまでセラフィナの方を見ていた子だ。大剣を受けて、それでも前へ出た私を、じっと見ている。
私は反射みたいに、その子へ手を伸ばした。
「来て!」
それだけ言った。
その子は一瞬だけ、階段の上のセラフィナを見た。白い法衣は揺れない。静かなまま、ただ見下ろしている。
でも次の瞬間、その子はくしゃっと顔を歪めて、私の方へ走った。
小さな足音が、回廊にひとつ響く。
それが合図みたいだった。
「……やだ」
「わたし、やだ……!」
二人目が列を抜ける。
三人目が、護衛の手を振りほどく。
白い列が、そこで初めて崩れた。
「ラグナ!」
「受ける!」
ラグナがすぐに前へ出て、走ってきた子どもたちを抱き寄せる。ゆうりがその横で剣を振るい、追おうとした護衛の足を止めた。
「ひなた、もっと前をこじ開けなさい!」
「言われなくても!」
隊長が吠えて踏み込んでくる。白盾、大剣、重い、速い。
でも、今はもう止まらない。
「逃げたから、分かったんだよ!」
私は隊長を睨み返す。
「痛いのに痛いって言えない場所が、どれだけぶっ壊れてるか!」
大剣が来る。私は半歩ずれて受け流す。ゆうりが足元へ斬り込み、隊長の軸を揺らす。
「右、空いた!」
「見えてる!」
私は盾の上端を叩いて顔を上げさせた。
そこへ、ゆうりの剣が大剣を逸らす。
私の拳が白盾の中心へめり込む。
祈祷印が割れた。
乾いた破砕音の次に、隊長の巨体が後ろへ吹き飛ぶ。後続の護衛を二人まとめて巻き込み、そのまま回廊の先の格子戸へ激突した。金具が弾け、格子戸が外れて夜気が一気に流れ込む。
「道、開いた!」
「子どもを出す!」
ラグナが即座に動く。抱えていた子を先に出し、残りを押し流す。さっき最初に走ってきた女の子が、振り返って私の服の裾を掴んだ。
「ひなたさま……!」
「うん、行って!」
その肩を押す。女の子は泣きながら頷いて、ラグナの方へ走った。
ゆうりが私の横へ並び、追ってくる護衛の剣を受け止めながら吐き捨てる。
「ひなた、深追いしない!」
「分かってる!」
本当は、追いたい。今すぐ階段を駆け上がって、あの白い法衣を掴みたい。
でも、その一瞬で後ろの子どもが死ぬなら意味がない。
私は一度だけ階段の上を見た。
セラフィナは、護衛に囲まれながらさらに奥へ退いていくところだった。白い顔に焦りはない。ただ静かに、こちらを見ている。
「あなたは逃げた人」
もう一度だけ、その声が届いた。
私は睨み返した。
「だったら何」
吐き捨てて、最後に迫ってきた護衛を殴り飛ばす。
「今度は、逃がさないから」
それだけ言って、私は踵を返した。
夜気の流れ込む格子戸の外へ、候補生たちを押し出す。転びそうな足、震える肩。それでも、もう何人かは自分から走っている。ラグナが数を数え、ゆうりが後ろを切り払い、私は最後尾で追手を殴り返した。
全員じゃない。
セラフィナにも届かなかった。
それでも、腕の中にある重みは本物だ。今、奪い返した命がある。
外へ飛び出した瞬間、冷たい風が肺に刺さる。
私は息を吐いて、拳を握った。
言葉は刺さった。
でも、もう止まらない。
逃げたから、生きてる。
生きてるから、取り返しに行ける。
次は、あの子も置いていかない。




