第17話:白い法衣の聖女
三日後の夜、私たちは第六儀式場の外壁に張りついていた。
冷たい石壁に背中を預けながら、私は息を細く吐く。
ここまで来る間、何度も懐の札を確かめた。移送日、本儀、護衛聖騎士付き。ぜんぶ地下で奪った記録の通りだ。間に合った。今度こそ、取りこぼさない。
「正面は白騎士が八。裏手に術式灯が四つ。前より堅いわね」
ゆうりが小声で言う。
「本命だからな」
ラグナは短く返した。
「ひなた。入れば、おそらく迷う暇はない」
「うん。分かってる」
分かってる。
だからこそ、妙に静かなのが気持ち悪かった。
ラグナが結界の継ぎ目を裂き、私たちは側廊から中へ滑り込む。
中は白かった。壁も、床も、灯りも、全部が白くて、清潔そうに見える。なのに空気だけが駄目だ。香の匂いが濃すぎる。喉の奥に膜が張るみたいで、息をするだけでいらつく。
儀式場の中央には、子どもたちが並ばされていた。
小さい子ばかりだ。皆、白い薄布を着せられて、手を胸の前で組まされている。泣いてはいない。騒いでもいない。ただ、怖がることまで我慢してる顔だった。
その前に、ひとりの少女が立っていた。
白い法衣。
真っすぐな背筋。
揃いすぎた指先。
年は私とそう変わらないはずなのに、立ち方が違う。誰かにそう作られたんじゃなく、自分でその形を守り続けてきたみたいな、妙な完成度があった。
たぶん、あれがセラフィナだ。
その瞬間、列の端にいた子が小さく肩を震わせた。
セラフィナはすぐにその子の前へしゃがみこむ。
「大丈夫です。息を整えなさい。怖がる必要はありません。あなたは選ばれたのですから」
声は柔らかかった。
優しい、と言ってもいいくらいだった。
でも私は、その場でぞっとした。
だってその言葉、全部檻の中でおとなしくしてろって意味だったから。
「……無理」
足が勝手に前に出た。
もう見てられない。
あんな声で、あんなふうに、子どもを黙らせるな。
床を蹴る。
同時に左右の柱陰から白い影が飛び出した。護衛聖騎士。剣も盾も祈祷印つき。前の護送騎士より、明らかに格が上だ。
「侵入者め、候補生から離れろ!」
「そっちが離せ!」
最初の一人を拳で殴り飛ばす。盾ごと後ろへ吹っ飛んだ。
でも、その横からすぐに二人目が来る。剣を振り下ろされる前に、銀の閃きが割って入った。
ゆうりだ。
「前だけ見てなさい!」
「助かる!」
「あとで感謝して!」
ラグナは逆側へ回り込み、低く言う。
「右の導線を押さえる。ひなた、一直線に行け」
「了解!」
私はそのまま中央へ突っ込んだ。
セラフィナまで、あと少し。
でも、その少しが届かなかった。
子どもたちが、逃げなかったからだ。
むしろ逆に、セラフィナのそばへ寄っていった。
「セラフィナ様……」
「こわい……」
「だいじょうぶ、ですよね……」
セラフィナは静かに手を差し出す。
「ええ。慌てなくて大丈夫です」
「ここにいれば、危なくありません」
その一言で、何人もの子がそっちへ集まる。
私は拳を止めた。
ここで振ったら巻き込む。
セラフィナが、そこで初めて私を見た。
冷たい目じゃない。
怒ってもいない。
まるで、壁を見てるみたいな顔だった。
「場を乱さないでください」
「は?」
「この子たちが不安になります」
あんまり堂々と言うから、逆に笑いそうになった。
笑えるわけないのに。
「不安にしてんの、そっちでしょ」
「違います」
即答だった。
「この子たちは、務めを果たしているのです。痛みも恐れも、受け入れる強さが必要です」
背筋が冷えた。
マールみたいに怒鳴らない。
神官どもみたいに威張らない。
でも言ってることは同じだ。いや、もっと深いところまで壊れてる。
これが、白冠連盟の完成品。
護衛聖騎士が再び間合いに入る。私は剣を肘で弾き、腹に拳を叩き込んだ。横で術式灯が閃いた瞬間、ゆうりが短剣を投げてそれを砕く。
「補助陣、ひとつ落とした!」
「十分!」
ラグナが別動線の扉を見て目を細める。
「ひなた、退かれるぞ!」
セラフィナは子どもたちを庇うように立ち位置を変え、そのまま後方の白扉へ下がっていく。去り際、私だけを見て言った。
「あなたは、この子たちを安心させていません」
扉が閉まる。
白い儀式場に、剣戟の音だけが残った。
私はその扉を睨んだまま、奥歯を噛みしめる。
悔しい。
腹が立つ。
今すぐ追いかけたい。
でも、それだけじゃ駄目なんだって、今ので分かった。
あの子は助けを求めない。助けられる側だとも思ってない。
殴れば済む相手じゃない。
だから余計に、放っておけない。
「……置いていってたまるか」
小さく吐き捨てると、ゆうりが背中合わせに立った。
「その続きは、こいつら片づけてからにしなさい」
ラグナも短く告げる。
「次は撤退戦だ。気を抜くな」
私は拳を握り直した。
ああ、分かった。
セラフィナは、取りこぼした一人なんかじゃない。
あの子そのものが、ぶっ壊すべき檻の形をしてる。
だったら――なおさら、絶対に取り戻す。




