第16話:神官ども、言い訳の時間だ
先頭のラグナが押し開けた鉄扉の向こうから、夜気が流れ込んできた。
冷たい地下を抜けた瞬間、肺の奥が少しだけ楽になる。私は腕の中の子を抱き直した。軽い、軽すぎる。こんな重さで、あの台に縛られていたのかと思うと、それだけでまた腹が立つ。
背後で縄の擦れる音がした。ゆうりが管理神官を無理やり引きずってくる。帳簿も札も、ちゃんと持ってきているらしい。
「行くよ」
ラグナが先に走る。私は子どもを抱えたまま、そのあとを追った。
見張りが起きる前に、まずはここから離れる。立ち止まる理由はなかった。
途中で一度だけ、腕の中の子が小さく震えた。
「大丈夫。もう終わりにするから」
返事はなかった。ただ、私の服を掴む指だけが弱く残っていた。
***
保護棟まで戻ったところで、ようやく足を止めた。
救い出した子を寝台へ運ぶと、物音で目を覚ましたエリスが眠そうな顔のまま飛び出してくる。
「ひなたお姉ちゃん……!」
「起こしちゃった。ごめん、寝台空いてる?」
「う、うん。こっち……!」
救い出した子を寝かせると、エリスはすぐに毛布を引き寄せた。手つきはまだおぼつかない。
「えらいね、エリス。見ててあげて」
「……うん」
その返事を聞いてから、私は奥の部屋へ向かう。
椅子に縛りつけられた管理神官が、頬を腫らしたままこっちを睨んでいた。机には奪ってきた帳簿と記録札。ゆうりがめくり、ラグナが扉の前に立っている。
私は神官の正面に立った。
「じゃあ、言い訳の時間だよ」
神官は痛みに息を乱しながらも、気味の悪い笑みを作った。
「……無知とは恐ろしいものですね、若き聖女。あれは清めの前処理です」
「前処理?」
「候補生の祈りを整え、器としての純度を上げる。聖女の名誉のために必要な工程なのですよ」
ぶん殴りたかった。
でもその前に、ゆうりが帳簿を神官の膝に叩きつけた。
「固定時間六時間。反応低下時は増圧。拒否反応が出た個体は再調整。これのどこが名誉よ」
「必要な犠牲です」
神官は迷いもしなかった。
「未熟な候補生は恐怖で祈りを濁らせる。ならば、痛みを越えさせるしかないではありませんか」
拳が出た。
鈍い音と一緒に、神官の頭が横へ弾かれる。椅子ごと倒れなかったのは、後ろで柱に縛ってあったからだ。
「人を縛って削っといて、犠牲で済ませるな」
神官は咳き込みながら血の混じった唾を吐いた。それでもまだ、目だけは腐ったままだ。
「異端の聖女らしい浅い怒りですね。秩序とは、そういう綺麗事では保てません」
ラグナがそこで口を開いた。
「口を開くたび醜さが増すな」
静かな声だったのに、神官の顔が強張る。
ラグナは一瞥して続けた。
「秩序だと? 子どもを器と呼び、壊れたら再調整と書き込む。それがお前の言う秩序か」
ゆうりが別の札を抜いた。
「これも見ようか。処理不能、反応低下、再使用不可。ずいぶん立派な祈りね」
神官はそこで初めて黙った。
私は机の上の札を掴む。指先が少し震えた。怒りで、だ。
「セラフィナの記録はどれ」
ゆうりが数枚を選り分け、そのうちの一枚をこっちに滑らせる。
白い札。赤い印。候補生番号じゃない、別格扱いの記号。
「移送日、三日後」
ゆうりの声が低くなる。
「その翌日の夜、第六儀式場で本儀。護衛聖騎士付き」
ラグナが帳簿の端を指で押さえた。
「中継神殿は枝にすぎん。本命はその先だな」
私は札を握りしめる。
三日後。
その翌日の夜。
まだ間に合う。
神官が腫れた口元を歪めた。
「無駄ですよ。我らが聖女セラフィナは、あなた方のような衝動で揺らぐ器ではありません。あの方は自ら祈る。自ら選ぶ。お前たちの乱暴な救済など必要としない」
「うるさい」
今度は立ち上がれないように、胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「必要かどうかは、本人が決めることだろ。お前が決めんな」
神官は何か言い返そうとした。でも、その前に私は手を離す。
「ゆうり、その札と帳簿、全部持つよ」
「もうまとめてる」
「ラグナ、出る準備は?」
「できている」
返事が早い。そういうところ、本当に助かる。
私はセラフィナの札を懐に入れた。
この名前を、今度は取りこぼさない。
「行こう」
部屋の外では、寝台の方から子どもの浅い寝息が聞こえた。
それを背に、私は拳を握る。
「次は間に合わせる。絶対に」




