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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第15話:地下へ降りろ

 その夜、私はまた保護棟の机を睨んでいた。


 睨んでいたのは書類じゃない。列車から奪った拘束具と、薄い金属板みたいな刻印具だ。白い布の上に並べられたそれは、昼間に見た時より気味が悪かった。子どもの手首に合わせたみたいに小さい。なのに、留め金だけはやたら頑丈そうだった。


 ゆうりがその一つを持ち上げる。


「これ、列車の中だけで使う作りじゃない」


「分かるの?」


「見ればね。固定用の溝が二重になってる。移送だけならこんなに要らない。どこか別の場所で、繋ぎ直す前提」


 ラグナも刻印板を指で弾いた。乾いた音がした。


「祈祷反応を流す術式だな。列車の中で完結する作りじゃない」


「じゃあ、まだ先があるってこと?」


「ある」


 ラグナは迷わなかった。


「おそらく、連盟の中継神殿だ。地下に同系統の設備がある」


「地下……」


 ミレナが小さく息を呑んだ。


 私はそっちを見る。ミレナは毛布を握ったまま、少し迷ってから口を開いた。


「戻ってきた子たち、みんな……地下を通ったあとは、歩き方がおかしいんです」


「歩き方?」


「はい。足じゃなくて……呼吸が。浅くて、目も合わなくて……でも、命令だけは聞くんです」


 ぞっとした。門の前で倒れていたミレナを見た時と、同じ種類の嫌な気配だった。


「じゃあ今夜行く」


 私が言うと、ゆうりが顔を上げる。


「即決ね」


「だって、また明日とか言ってるあいだに消されるでしょ」


「正しいけど、毎回それをあんたが言うと雑に聞こえるのよね」


「雑でも行く」


 ラグナは短くうなずいた。


「潜入経路はある。地上は飾りだ。地下へ降りる搬入口が裏にあるはずだ」


「見張りは?」


「私が落とそう」


「罠は?」


「あたしが外す」


 二人の声が落ち着きすぎていて、逆に腹が据わった。


 私は拳を握る。


「じゃあ私は、見つかった時にぶん殴る」


「最初から見つかる前提で話するな」


 ゆうりに言われたけど、否定はしなかった。



 ***



 目の前に立ったその建物は、夜の闇の中でも白く浮いて見えた。


 白い壁。高い尖塔。正面の階段には燭台まで並んでいて、夜なのにやけに綺麗だ。神に仕える場所ですよって顔をしてる。だから余計に腹が立つ。


 私たちは正面じゃなく、裏へ回った。


 石壁に沿って進むと、すぐに香の匂いが濃くなった。いい匂いじゃない。甘ったるくて、鼻の奥に貼りつく匂いだ。地下へ続く鉄扉の前で、見張りが二人倒れている。どっちも綺麗に気絶していた。


「ラグナ、やるね」


「騒がせる方が面倒だ」


 ゆうりがしゃがみ込んで鍵穴を覗く。


「刻印式。面倒くさ……」


「無理そう?」


「無理とは言ってない」


 金属の細い棒を差し込む音がした。ひとつ、ふたつ、乾いた音がして、重い錠が外れる。


 扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 冷たい。


 しかも湿っている。石段の下から、低い唸りみたいな音が響いてきた。祈りの声じゃない。水車でも回してるみたいな、嫌な連続音だった。


 私たちは灯りを絞って降りる。


 一段、二段、三段。


 降りるほどに香は濃くなり、空気が死んでいく。壁は綺麗に磨かれているのに、床だけがやけに冷たい。神聖な場所っていうより、肉を処理する部屋に近かった。


「……ほんとに神殿?」


 私が小さく言うと、ラグナが前を見たまま返す。


「神の顔をした処理場だな」


 その通路の先で、音が大きくなった。


 部屋がある。


 半分だけ開いた扉の隙間から覗いた私は、そこで一回、呼吸を忘れた。


 細い管。

 白い台。

 手首と足首を留める銀の輪。

 横には記録棚。札が何列も並び、数字が揃っている。


 台の上には、子どもがいた。


 七つか、八つくらい。痩せた腕が輪に固定されていて、目は閉じたまま。唇が乾いてる。胸だけが、かすかに上下していた。


「生きてる」


 そう言いながら、私はもう部屋へ飛び込んでいた。


「ひなた、罠!」


「あと!」


 ゆうりの声を背中で聞き流して、私は台の横に膝をつく。手首の輪を外そうとして、指に血がついた。擦り剥けた痕が生々しい。


「大丈夫、大丈夫だから」


 返事はない。


 私は癒しを流した。手のひらから零れた光が、赤い痕と乾いた唇をゆっくり撫でていく。浅かった呼吸が、少しだけ深くなる。


 その時だった。


「何をしている!」


 奥の扉が開いて、法衣の男が駆け込んできた。細い顔に眼鏡。眉間に皺。見た瞬間から、もう嫌いだった。


「止めろ! それは儀式だ! 選別前の器に勝手に触れるな!」


「うるさい!」


 考える前に拳が出た。


 鈍い音がして、神官が横壁まで飛ぶ。棚が揺れて、札が何枚も床に落ちた。


 ゆうりが眉ひとつ動かさず言う。


「今回は早かったわね」


「だって今ので十分でしょ」


「まあね」


 ラグナは別室へ滑るように入り、すぐに帳簿の束を抱えて戻ってきた。


「記録がある。回収しろ」


 ゆうりは倒れた神官の腰から鍵束を抜き、棚の引き出しを開けていく。


「固定台使用記録、反応量、移送印……うわ、最低」


 私は台の子の拘束を外し終えて、その軽さに歯を食いしばった。軽すぎる。ちゃんと食べてる子の重さじゃない。


 腕の中で、その子がかすかに目を開ける。


「……いたい」


「うん。もう終わり」


「しっぱい、しましたか」


「してない」


 私ははっきり言った。


「失敗したのは、あんたをここに縛ったやつら」


 その言葉に、子どもの目が少しだけ揺れた。


 背後で、ゆうりが一枚の札を抜く。


「ひなた、これ」


 私は抱き上げた子を支えたまま、そっちを見る。


 赤い記号。移送先略号。儀式日。そして、その下に見覚えのある名前。


「……セラフィナ」


 ラグナが帳簿を閉じた。


「本命はさらに上だ。ここは枝にすぎん」


「枝でも十分腐ってるけどね」


 ゆうりが縄を放る。


「神官、生かして持ってくわよ。次は言い訳の時間」


 床で呻いた管理神官を見下ろして、私は鼻で笑った。


「いいね。その前に、もう一発いっとく?」


「駄目。情報が先」


「ちぇ」


 私は子どもを抱き直す。


 地下の機械音はまだ続いていた。止めたい。全部壊したい。けど今は違う。


 まずは連れて出る。

 証拠も、人も、両方奪う。


「行くよ」


 私が言うと、ラグナが先に通路へ出る。ゆうりは帳簿を抱え、神官の手首を縛った。


 冷たい地下を、今度は上へ向かって走る。


 その先で待ってるのが、ただの後始末じゃないことは分かっていた。


 セラフィナの名前は、もうこっちの手の中にある。


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