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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第14話:その子の名前はセラフィナ

 保護棟の朝は、妙に静かだった。


 昨夜助け出した子どもたちは、ようやく眠ったばかりだ。毛布にくるまった小さな体が並んでいて、誰も大きな寝息を立てない。眠ってるのに、まだどこか緊張してるみたいな寝方だった。


 私は廊下を歩きながら、部屋の中をそっとのぞく。


 エリスが椅子に座ったまま舟をこいでいた。銀髪がふらふら揺れて、今にも前に倒れそうになってる。たぶん、夜の間ずっと起きてたんだろう。毛布を抱えて、湯の番までしてたんだから。


「……あとでちゃんと寝なよ」


 小さく言ってから、私は奥の部屋へ入った。


 机の上には、列車から押収した書類が広げられている。ゆうりは腕を組んで紙をにらんでいて、ラグナは封印の刻印を確認していた。ミレナだけが少し離れた場所に立っていて、最初から顔色がよくなかった。


「十人分の名簿は合ってる」


 ゆうりが紙束を軽く叩く。


「助けた人数とも一致。問題はこっち」


 机の中央に置かれていたのは、細長い一枚だった。赤い封印が押されていて、ほかの名簿より紙質もいい。嫌な感じがした。こういうの、大事に扱われてる証拠だ。


「別枠か」


 ラグナが封を切る。


「上位送致便の記録だな」


 その言葉だけで、胸の奥がまた重くなった。


 昨夜から、ずっとそこに引っかかってる。

 一人だけいなかった。

 止めた。殴った。助けた。

 でも、一人だけ最初から別に運ばれてた。


 ラグナの視線が書類を追う。


「移送先、連盟直轄育成棟。管理区分、特級」


「人を荷物みたいに分けるなっての」


 ゆうりが吐き捨てる。


 私も同じ気分だった。特級、管理区分。そんな言葉で、子ども一人を数えるな。


 ラグナがさらに下を読む。


「識別名――セラフィナ」


 その瞬間、かすかな音がした。


 ミレナの手から、湯呑みがずれた音だった。落ちはしなかったけど、縁から湯がこぼれて、机にぽたりと落ちる。ミレナは拭こうともしない。顔が一気に白くなっていた。


「ミレナ?」


 呼ぶと、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。


「……その名、知ってるの?」


 ゆうりが声を落として聞く。


 ミレナはすぐには答えなかった。喉に手を当てて、小さく息を吸って、それからようやくうなずく。


「あの子は……ただの候補生じゃ、ありません」


 部屋の空気がぴんと張った。


「白冠連盟が、特別に育てている子です。小さい子たちの前に立たされて……見せられるんです」


「見せるって、何を」


 私が聞くと、ミレナは目を伏せた。


「こうなりなさい、って……」


 その声は、震えていた。


「泣かないこと。痛いと言わないこと。命じられた通りに祈ること。叩かれても、笑ってお礼を言うこと。セラフィナ様みたいになれたら、選ばれるって……そう教えられるんです」


 胃のあたりが冷えた。


 思わず口に出る。


「それのどこが、聖女なの」


「向こうでは、そうなんです」


 ミレナが絞り出すみたいに言う。


「耐えられる子が、美しい。従える子が、正しい。苦しいと言わない子が、器として優れているって……」


 ラグナが書類の別の箇所を指先で押さえた。


「“次代の柱”という記載がある」


「柱?」


「連盟全体の象徴候補だろう。各国の聖女制度を束ねる中心、とでも言いたいらしい」


「子どもに背負わせる言葉じゃないでしょ」


 ゆうりの声が硬い。


 私は黙って書類を見た。


 セラフィナ。

 綺麗な字で書かれたその名前が、すごくむかついた。

 名前だけはちゃんとあるのに、その中身は最初から道具として並べられてる。


「……助けを求めないんです」


 ミレナが言う。


「あの子は、自分が苦しいとも思っていません。そうあることが正しいって、本気で信じてるんです」


 私は息を止めた。


 それがいちばん嫌だった。

 閉じ込められてるだけなら、壊せばいい。

 鎖で縛られてるだけなら、外せばいい。


 でも、自分からその檻を正しいと思ってるなら、話はそこで終わらない。


 部屋の隅で、小さな布ずれの音がした。


 昨夜助けた子の一人が、毛布を胸まで引き上げたまま、こっちを見ていた。眠そうな目なのに、言葉だけははっきりしていた。


「……しろい、おねえさん」


 ミレナの指が震える。


「うたってた。いたいのは、きれいなことだって」


 私はその子のところへしゃがみこんだ。


「もう、ここでそれ言わなくていいよ」


 その子はしばらく私を見て、それから小さくうなずいた。でも、うなずき方がぎこちなかった。まだ半分は、向こうの言葉が体に残ってる。


 私は立ち上がる。


「面倒なのが出てきたね」


「ええ」


 ゆうりが答える。


「ただ連れ出せば終わる相手じゃない」


「でも、置いとく理由にもならない」


 私がそう言うと、ラグナが短くこちらを見た。


「その顔なら大丈夫だな」


「どういう顔」


「殴りたいだけの顔ではなくなった」


 私は鼻で笑った。


「殴りたいのは変わらないけど」


「知ってる」


 そこで、ミレナがかすかな声で言った。


「あの子を……あのままにしないでください」


 私はすぐにうなずいた。


「しない」


 セラフィナ。

 その名を頭の中で繰り返す。


 次代の柱だろうが、連盟の象徴だろうが知ったことじゃない。

 ただの候補生じゃないなら、なおさら放っておけない。


「今度は、置いてかない」


 私は書類の上の名前を、もう一度まっすぐ見た。



***



 白い部屋だった。


 壁も、床も、天井も、余計なものが何もない。あるのは薄い香の匂いと、朝の光だけだった。高い窓から落ちた光が、石床の上を細く切っている。


 その中央に、少女は膝をついていた。


 白い法衣は皺ひとつない。小さな背中はまっすぐで、指先まで乱れがなかった。年はひなたたちが助けた子どもと、そう変わらないはずだった。なのに、その祈る姿だけは妙に出来上がっている。誰かが何年もかけて、そういう形に削ったみたいに。


 少女の手首には、うっすらと赤い痕が残っていた。


 古いものと、新しいものが混じっている。痛かったはずの痕だ。けれど少女は一度もそこを気にしなかった。痛みがあること自体を、もう数に入れていないようだった。


 扉の外で、神官たちの足音が止まる。


「お休みの時間です、セラフィナ様」


 柔らかな声だった。子どもをいたわるような、静かな声。


 少女――セラフィナは、祈りの姿勢のまま目を開ける。


「まだ、課程の途中です」


「長旅のあとです。お疲れでしょう」


「問題ありません」


 答えは穏やかだった。拒むような強さも、怒りもない。ただ、そこに迷いがなかった。


「選ばれた者が疲れを理由に祈りを止めれば、下の子たちが真似をします」


 扉の向こうで、神官が一瞬だけ黙る。


「……さすがです」


 セラフィナは何も返さなかった。


 ただ、もう一度目を閉じる。白い睫毛が静かに伏せられる。


 痛みは誇り。

 沈黙は美徳。

 選ばれた者は耐える。


 教え込まれた言葉を、セラフィナは心の中でなぞった。疑うためではない。息をするのと同じように、確かめるために。


 外では、誰かが失敗した。

 運ばれるはずだった子たちの一部は、途中で失われたらしい。


 でも、それは揺らぐ理由にはならない。


 弱い子はこぼれる。

 耐えられる子が残る。

 残った者が、次を導く。


 それが秩序だと、セラフィナは信じていた。


 細い光が、白い法衣の裾に落ちる。


 祈る少女の姿は美しかった。

 美しすぎて、見ている者の背中が冷えるほどに。


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