第13話:救出成功、でも全員は救えない
夜明けの色が、線路の上に薄く広がっていた。
止まった祈祷列車の横で、私は立ったまま息を整える。護送騎士はもう倒れている。白い布は泥だらけで、祈りの声も消えた。勝った。少なくとも、この場はこっちの勝ちだ。
なのに、胸の奥がまったく軽くならない。
「……九」
ゆうりが、車両の前で子どもを一人ずつ数えていく。毛布代わりの布をかけ、足元を見ながら、転ばないように外へ出していた。
「十」
そこで止まった。
私は反射で聞き返す。
「十一じゃないの?」
ゆうりは顔を上げなかった。
「名簿は十一。今ここにいるのは十」
その横で、ラグナが奪った帳面をめくっている。白い手袋をはめた指先が、一枚ずつ乾いた音を立てた。
「後部三両の候補生名簿だ。こちらに載っているのは十名」
「じゃあ、残り一人は」
ラグナは、別紙を抜いた。
角に、赤い封印が押されている。
「別枠だ。“上位送致”」
その文字を見た瞬間、嫌な感じが腹の底に落ちた。
私は列車を見上げる。白い窓、細い扉。さっきまで、あの中に怯えた子どもたちがいた。十人は出せた。拘束具も外した。泣きながらでも、歩かせた。
でも、一人だけ最初からここにいなかった。
「……ふざけんな」
勝ったあとに出す声じゃなかった。
ゆうりが短く言う。
「ひなた。今は移すのが先」
「分かってる」
分かってる。分かってるけど、分かったところで腹が立つ。
目の前の十人を逃がす、後方へ運ぶ、保護棟へ移す。そうしなきゃいけない。なのに頭の中では、ずっと見えない一人のことばかりだった。
どこだ。
どこへやった。
***
帰路の馬車の中は、妙に静かだった。
助け出した子どもたちは、詰め込まれるみたいに座らせられていた時より、今の方が逆に小さく見えた。自由になったのに、誰も楽そうな顔をしていない。手首の赤い跡を気にしている子。毛布にくるまっても震えが止まらない子。眠りかけるたびにびくっと起きる子。
馬車が保護棟の裏口に着くと、待っていた者たちがすぐに扉を開けた。冷えた外気が流れ込み、子どもたちは一人ずつ抱き下ろされていく。その肩に、用意されていた厚い毛布が順番にかけられた。
その先頭で駆けてきたのが、エリスだった。
「ひなたお姉ちゃん……!」
銀髪を揺らして、両手いっぱいに毛布を抱えている。眠そうな目をこすっているのに、ちゃんと起きて待っていたんだと分かる顔だった。
「お湯も、あるの。スープも、あるよ」
エリスは、いちばん小さな子の前でしゃがみこんだ。
「だいじょうぶ。ここでは、こわがっていいの」
たどたどしい声だった。でも、その一言はまっすぐ届いた。
小さな子の肩が、少しだけ落ちる。
私はそこで、ようやく息を吐いた。
助けたあとを受け止める場所がある。
それでも、全部じゃない。
保護棟の中で、子どもたちを温かい部屋へ移し終えたあと、ラグナが机に帳面を広げた。ミレナも呼ばれてくる。彼女はまだ顔色が悪いままだったけど、帳面の赤い封印を見た瞬間、それよりさらに白くなった。
「……それ、どこで」
「列車から押収した」
ラグナが言うと、ミレナの指先が震えた。
「上位送致、ですか」
「知ってるの?」
私が聞くと、ミレナは喉を押さえるようにして、ゆっくりうなずいた。
「……普通の候補生とは、別です。連盟の中枢に送られます。逃がさないための管理も、教育も、もっと厳しい」
「教育って、あの気味悪い祈りより?」
ゆうりの声が低くなる。
ミレナは目を伏せた。
「はい。失敗した子ではなくて……成功した子、です。従うことを覚えて、痛みを誇りだと思えるようにされた子」
部屋が静まり返る。
「そんなの成功じゃないでしょ」
私の声は、自分でも分かるくらい硬かった。
「でも、向こうではそう呼びます」
ミレナは絞り出すみたいに言った。
「逆らわない子。助けを求めない子。苦しいと言わない子。そういう子が、上へ送られるんです」
私は帳面を掴みそうになって、寸前で止めた。紙を破いたって意味がない。
「……あと少しだったのに」
口から勝手に出た。
「目の前にいたかもしれないのに」
その時、部屋の隅で毛布にくるまっていた女の子が、おそるおそる顔を上げた。年はエリスより少し上くらい。痩せた指で毛布の端を握りしめて、こっちを見ている。
「……あの」
私はすぐそっちを向いた。
「どうしたの?」
その子は、怯えたまま聞いた。
「わたしたち……失敗したの?」
心臓が、嫌な感じで止まりかけた。
失敗。
助かった側の子が、自分のことをそう言う。
私より先に、ゆうりが目を閉じる。ラグナも黙った。エリスは意味が分からないみたいに、その子と私を見比べていた。
私はしゃがんで、その子と目線を合わせる。
すぐには言葉が出なかった。
なにを言えばいい。
ここで嘘を言ったら、また同じ顔をした大人になる。
「失敗じゃないよ」
やっと出た声は、思ったより小さかった。
「失敗なのは、あんたたちをあんなところに乗せたやつらの方」
その子の指が、毛布をきゅっと握る。
「でも……一人、いない」
「うん」
私はうなずいた。
「だから悔しい。すごく悔しい。でも、それと、あんたたちが助かったことは別だよ」
喉が熱い。
「逃げてきたことも、泣いたことも、生き残ったことも、失敗じゃない」
その子はしばらく黙って、それからほんの少しだけ毛布に顔を埋めた。泣いてるのかどうかは分からなかった。でも、もう“姿勢を乱してはなりません”とは言わなかった。
夜が明けきる前、私は一人で保護棟の裏へ出た。
石壁が冷たい。拳を握る。壁に叩きつければ、少しはすっきりするかもしれない。そう思って腕を引いた瞬間――
「やめなさい」
後ろから声がした。
ゆうりだった。
「それ壊したら、修理するのあたしたちなんだけど」
「……今、そういう冗談いらない」
「冗談じゃない」
ゆうりは私の横に立つ。
「あんた、今のままだと自分を殴る顔してる」
図星だった。私は舌打ちもできず、拳を下ろす。
「あと少しだったんだよ」
「そうね」
「十人も助けた、で終われる気分じゃない」
「終わらせる気もない」
ゆうりはあっさり言った。
「でも、十人助けた事実は消さない。消したら、あの子たちまで置いてくことになる」
私は何も返せなかった。
悔しい。
腹が立つ。
今すぐ追いたい。
でも、その全部の前に、部屋の中には十人いる。
ラグナが扉のところで足を止めた。
「線は残っている。上位送致の印、護送経路、封印式。追える」
私は顔を上げる。
「……追う」
「そうしろ」
ラグナはそれだけ言った。
私は壁から背中を離す。拳はまだ熱いままだった。でも、さっきまでみたいな空振りの熱じゃない。
一人取りこぼした。
それは消えない。
だから、次で終わらせる。
私は保護棟の明かりを見た。
今度は、あの一人も置いていかない。
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