第12話:ぶん殴る聖女、国外デビュー
線路の上に出た瞬間、冷えた空気が肺に刺さった。
白い列車の先頭側で、護送騎士がいっせいにこっちを向く。銀の胸当てに白布を巻いた槍。祈祷兵ってやつかと思ったけど、足の運びはちゃんとしていた。飾りじゃない。人を押さえ込む訓練を受けてる動きだ。
「停止しろ!」
先頭の騎士が怒鳴る。
「その車両は白冠連盟の聖別輸送だ! 近づくことは神への背反と見なす!」
「背反ねえ」
私は拳を握ったまま、列車の横に立つ。
「子どもを縛って運ぶのが、神様の仕事なわけ?」
返事はなかった。代わりに槍の穂先が三本、まとめてこっちへ向く。
「器を守れ!」
「上位送致を遅らせるな!」
「聖女様のために道を開け!」
ぞわっとした。
聖女様。
たぶん、こいつらが守ってるのは目の前の子どもたちじゃない。もっと上の、名前も顔も知らない“正しい何か”だ。
「ひなた!」
後ろの車両から、ゆうりの声が飛ぶ。
「前、止めて! 中はあたしがやる!」
「任せた!」
次の瞬間、先頭の騎士が踏み込んできた。
速い。でも、迷いがないぶん読みやすい。私は横へ半歩ずれて、突き出された槍の柄を掴む。そのまま握りつぶす勢いで捻ると、乾いた音がして槍がへし折れた。
「なっ――」
「悪いけど、急いでるんだよ!」
折れた槍ごと相手を引き寄せ、腹に拳を叩き込む。重い鎧ごと身体が浮いて、騎士が線路脇の土へ転がった。すぐ後ろから二人目、三人目。今度は左右に散ってくる。
私は線路の継ぎ目を強く踏み込んだ。
どん、と鈍い音が地面の下で響く。鉄が鳴り、先頭車輪の前の土がめくれ上がった。列車そのものは脱線させない。ただ進路だけを噛ませる。車体が大きく軋んで、速度がさらに落ちた。
「車両には触らせるな!」
「器を傷つけるな!」
「聖なる列を守れ!」
「だから、その言い方が気持ち悪いんだって!」
剣が振り下ろされる。私は手首を払って軌道を逸らし、拳ではなく肘で胸当てを打った。鈍い衝撃。相手が息を詰まらせて後ろへ下がる。殺さない。潰しすぎない。でも、立っていられないくらいには叩く。
その時、列車の反対側で短い悲鳴が上がった。
見張り塔の上にいた弓手が、何かに引きずり落とされる。闇に混じった黒髪が一瞬だけ見えた。ラグナだ。増援を止めに回ってる。こっちに余計な人数が流れてこないのは、彼女のおかげだ。
「前ばかり見ない!」
ゆうりの声と同時に、横合いから槍が滑り込んできた。私はぎりぎりで身をひねる。穂先が袖を裂いた。
舌打ちする間もなく、ゆうりが車両の足場から飛び降りてきた。抜き身の刃で槍の柄を弾き、私の前に一歩入る。
「中の子、まだ歩かせられない。時間稼いで」
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないから言ってるの!」
言いながら、ゆうりは次の一撃を受け流した。顔は冷えている。でも目だけが明らかに怒っていた。
倒れた騎士の一人が、口の端から血を流しながら立ち上がる。
「秩序を乱すな……」
「選ばれた器は、痛みに耐えてこそ……」
「救済のための苦痛を、邪魔するな……!」
私は一瞬、拳を止めた。
頭がおかしい、で片づけるには揃いすぎてる。同じ言葉、同じ目、同じ信じ方。誰かに命令されてるだけじゃない。内側まで染みてる。
その横で、ゆうりが本当に嫌そうな顔をした。
「……こいつら、本気で正しいと思ってる」
低い声だった。
私は息を吐く。
「最悪」
「でしょ」
目の前の騎士が、また槍を構え直す。私はその穂先を正面から掴んだ。
「だったら、殴るしかないじゃん」
柄を引き寄せ、額がぶつかる距離まで詰める。そのまま足を払って線路に転がし、子どもたちのいる後方から遠ざけるように蹴り飛ばす。次の二人には拳を落とす。地面を鳴らす。線路脇の土煙が上がる。白布が泥で汚れる。きれいごとだけで固めた隊列が、ようやく崩れ始めた。
先頭車両の横扉が開き、怯えた小さな顔がいくつも覗く。
「見なくていい! こっちはいいから、中にいて!」
叫ぶと、いちばん前の子がびくっとした。でも逃げなかった。さっきより、ほんの少しだけ違う。
列車はとうとう止まった。
護送の前列も、もう立て直せない。倒れた騎士がうめき、残った連中も距離を取る。勝てる。少なくとも、この場はこっちが押し切れる。
だけど。
ラグナが闇の中から戻ってきた時、その顔は勝ち顔じゃなかった。
「ひなた、ゆうり」
「なに」
ラグナは止まった列車を一瞥し、短く言う。
「記録と両数が合わん」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
「……は?」
「後続の切り離し跡がある。上位送致分だけ、別便だ」
ゆうりが奥歯を噛んだ。
止めた。
殴った。
列車も止まった。
なのに、まだ終わってない。
白みかけた空の下で、私は拳を握り直した。
勝ってるのに、全然すっきりしなかった。




