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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第10話:殴る役、切る役、逃がす役

 二日後の夜。


 詰めるべきことは、日が沈む前にすべて詰め終わっていた。


 あとは動くだけだった。


 誰が前に出るか、誰が中へ入るか、どこまで壊して、どこを残すか。机の上ではもう決まっている。だから今さら小部屋に戻って、もう一回同じ顔で地図を囲む気はなかった。


 保護棟の裏口を開けると、夜気が頬に刺さった。昼のあいだ続いていた工事の音は止んでいて、広場は骨組みのまま暗がりに沈んでいる。木材の匂いと、湿った土の匂い。明るい場所を作ってる途中の景色なのに、今はやけに静かだった。


 その静けさの中で、ゆうりが荷物を確認している。


「縄、鍵外し、刻印止めの札、予備の短剣。はい、ひなた、これ」


「なにこれ」


「投げないで持っとく用のナイフ」


「私が投げる前提じゃん」


「違うの?」


 私は受け取った短い刃を見て、ちょっとだけ口を尖らせた。


「で、結局どこで誰をぶん殴ればいいの?」


「そこから始めるな。確認は歩きながら」


 呆れた声。だけど、昨日までみたいに止めるための声じゃない。進むための声だった。


 ラグナはもう外套を羽織っていて、谷側へ抜ける裏路地の方を見ている。


「私は先に出る。旧交易路の保守坑が生きていれば、そのまま見張りの背後へ回れる」


「見張り、やっぱりいる?」


 私が聞くと、ラグナは当然だという顔をした。


「移送に使う線だ。いない方がおかしい」


 グレイさんが裏口の柱にもたれて腕を組む。


「こちらの門は開けておく。戻る時は北側の小門を叩け。記録も少し遅らせる。王都側の追手は、できるだけ鈍らせよう」


「助かる」


 ゆうりが短く返した。


 私はグレイさんを見る。


「保護棟、頼んだよ」


「言われずとも」


 その一言で十分だった。あの人は、こういう時に長く言わない方が頼もしい。


 ミレナは裏口のすぐ内側に立っていた。夜風に当たらないよう毛布を肩にかけているのに、顔色はまだ少し青い。けど、昼よりはちゃんと立てている。


「……乗換地点は、止まるというより、遅くなる感じです」


 喉に触れながら、慎重に言葉を選ぶ。


「だから、列車の前を壊すより……護送の足を乱した方が、子どもたちには安全だと思います」


「うん。そこは守る」


 私はすぐ答えた。


「車両は壊さない。中にいる子を怖がらせるだけになるし」


 ミレナが少しだけほっとした顔になる。


「ありがとうございます、ひなた様」


「そこ、様いらないって」


「でも……」


「今はいいから。戻ってきた子たちの顔を見て、あとで考えて」


 ミレナは小さく頷いた。


 その時、後ろで布の擦れる音がした。振り向くと、エリスが大きめの毛布を両腕に抱えて立っていた。本人の体より毛布の方が大きく見える。


「ひなたお姉ちゃん……」


「起きてたの?」


「うん」


 眠そうではある。でも、昨日みたいな怯え方じゃない。ちゃんと自分でここに来た顔だった。


 エリスは毛布を抱えたまま、私じゃなくて、先にゆうりを見た。それからラグナ、グレイさん、最後にもう一回私を見る。


「わたしにも、できること、ある?」


 胸の奥で、何かが一回だけ詰まった。


 危ないことはさせたくない。ここにいてほしい。そう言いかけて、でも、それをそのまま口にすると何かを間違える気がした。


「エリスは——」


「ここで待ってろ、は駄目よ」


 私より先にゆうりが言った。


「あの子を助けられるだけの側に置き続けるのも違うでしょ」


 ラグナも頷く。


「守るだけでは、人は立てん」


 エリスは黙ったまま、毛布をぎゅっと抱き直した。小さい指に力が入っている。


「わたし、戦えない」


「うん」


「こわいのも、なくならない」


「うん」


「でも……戻ってきた子、さむいの、やだ」


 私はそこで、ようやく息を吐いた。


 ああ、そっか。


 逃がす役って、走らせるだけじゃないんだ。


 戻ってきたあと、手を掴む人がいる。毛布をかける人がいる。水を渡す人がいる。泣いていいって言う人がいる。そこまであって、やっと救出なんだ。


 私はエリスの前にしゃがんだ。


「じゃあ、お願いがある」


「……うん」


「毛布と、水と、あったかいスープ。あと、小さい子が泣いたら、一番最初に手を握ってあげて」


 エリスが瞬きをする。


「わたしで、いいの?」


「エリスがいい」


 私ははっきり言った。


「エリスは知ってるでしょ。怖くて、何が起きてるか分かんなくて、それでも泣くの我慢しちゃう感じ」


 エリスの喉が小さく動いた。


「……うん」


「だから、その時に言ってほしい。ここでは怖がっていいって。泣いていいって」


 エリスはしばらく黙っていたけど、やがて毛布を抱えたまま、こくんと頷いた。


「やる。ちゃんとやる」


「うん。頼んだ」


 その横で、ゆうりが荷物を背負い直す。


「これで、殴る役、切る役、逃がす役、全部揃ったわね」


「いや、役の分け方が全体的に雑じゃない?」


「あんたが言い出したことでしょ」


「そうだった」


 ラグナがもう半身を闇に向けていた。


「では、動くぞ。見張りが多ければ、合図を変える」


「合図って?」


「火を三つ。危険なら一つ。問題なければなしだ」


「なしが一番分かりにくくない?」


「見れば分かる」


「分からない時に困るんだけど」


 ラグナは答えず、そのまま闇へ溶けた。ほんとにあの人、説明が足りない。


 ゆうりが呆れた顔で肩をすくめる。


「ほら、行くわよ。あんたが遅いと、前衛いなくなる」


「前衛って言い方だと、ただの脳筋みたいじゃん」


「違うの?」


「違う。ぶん殴る聖女だよ」


「余計ひどくなってない?」


 グレイさんが鼻で少し笑った気がした。


 私たちは裏口を出て、王都の外れへ向かった。夜の道は冷たくて、靴の裏に砂利が小さく鳴る。道中の会話は少なかった。必要なことだけ短く交わして、あとは歩く。昼に比べると街は別の場所みたいで、工事途中の広場も、仮棟も、全部が息を潜めていた。


 途中、北側の外門でグレイさんが止まる。


「私はここまでだ」


「うん」


「戻る場所は守る」


 それだけ言って、踵を返した。重い足音が門の影に消えていく。


 私は前を見たまま、拳を軽く握った。戻る場所がある。それだけで、足が少し軽くなる。


 門を抜けた先で、ゆうりが声を落とす。


「ここからは喋るなとは言わない。でも無駄口は減らして」


「はいはい」


「返事も小さく」


「……はい」


 小声にしたら、ちょっとだけ真面目に見える気がした。


 しばらく進むと、遠くの斜面の上に小さな火が二つだけ揺れた。谷側だ。ラグナの位置だろう。


 私は足を止める。


「二つ?」


「見張りはいる。でも通れる、ってとこね」


 ゆうりが周囲を見回しながら言う。


「ここからあたしは車両側へ回る。ひなたは合図が出たら前。早すぎても駄目、遅すぎても駄目」


「難しいこと言うなあ」


「毎回それで殴って解決してきたツケでしょ」


「いや、だいたい解決してるじゃん」


「今回は中に子どもがいるの。そこ、忘れたら許さない」


 私は頷く。


「忘れないよ」


 今度は、ゆうりも何も言わなかった。


 たぶん、ちゃんと伝わったんだと思う。


 背後では、王都の灯りがもうだいぶ遠い。あっちでは今ごろ、エリスが毛布を並べてるのかもしれない。水を運んで、器を並べて、戻ってくる子たちのための場所を作ってる。


 前では、ラグナが見張りを測ってる。


 横では、ゆうりが刃物と札を確かめてる。


 そして私は、前に出る。


 誰が何を守るかは、もう決まっていた。


 夜の風が線路の方から流れてくる。


 その冷たい風の向こうで、かすかに鉄の鳴る音がした。


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