表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
39/61

第9話:祈祷列車を止めろ

 小部屋の空気は、さっきまでよりもずっと重くなっていた。


 油灯りの火が揺れるたび、机の上の三枚の紙の影が薄く伸びたり縮んだりする。狭い部屋なのに、やけに寒い。血の匂いはもう薄れているのに、代わりに紙の白さが目についた。


 第三移送列車。祈祷列車。三日後。


 器候補、十一。上位送致、一。


 整った字だ。だから余計に腹が立つ。子どもを運ぶための記録を、こんなに綺麗な字で書くなよと思った。


 最初に動いたのはゆうりだった。二枚目の地図を自分の方へ引き寄せ、机の端を指で押さえる。


「三日後なら、駅で待つのは遅い。正面から入れば、護送ごと子どもを囲われる」


 細い指が国境沿いの線路をなぞっていく。途中で止まったのは、乗換地点の少し手前だった。


「止めるならここ。速度が落ちる区間がある」


 ラグナが横から覗き込み、低い声で言った。


「旧交易路が近いな。今は潰れているはずだが、保守坑が残っていれば谷側へ抜けられる。少人数なら先回りできるだろう」


「じゃあ、裏はラグナ」


 私が言うと、ラグナは短く頷いた。


「私が押さえる。見張りがあるなら先に潰す。逃げ道も塞ぐ」


「前は私だね」


 言った瞬間、ゆうりが嫌そうな顔をした。


「言うと思った。でも先に釘を刺す。客車に勢いで突っ込まない」


「まだ何もしてないんだけど」


「あんたはしてなくても、しそうなの」


「失礼だな」


「事実でしょ」


 反論しかけて、少しだけ詰まった。心当たりがないわけじゃない。ゆうりはそれを見て、はあ、と小さく息を吐く。


「ひなたの役目は、護送の目を全部引きつけること。前で暴れていい。騎士を止めていい。でも中を開ける前に車両を壊したら終わり」


「……分かった」


「今ちょっと間があった」


「ちゃんと分かったって」


「その返事も信用しづらいのよね」


 ラグナが小さく息を吐いた。


「お前たち、そこを長引かせるな」


「長引かせてないよ。大事な確認」


「不安材料の確認だな」


 ひどい。でも否定しきれないのが悔しい。


 グレイさんが腕を組んだまま、机の上の紙へ目を落とした。


「表で騒ぎが起きれば、護送は子どもを盾に使う。その前に指揮役を崩せれば早い」


「騎士団の癖、分かるの?」


「少しはな」


 短い返事だったけど、頼もしさは十分だった。


 グレイさんが机の上の紙に目を落としたまま続ける。


「私は王都側を抑える。保護棟を空にするわけにはいかんし、門の記録もいじっておきたい。表の追手を鈍らせる」


 それはつまり、私たちが外で動いている間、この場所を守ってくれるってことだ。


 ミレナが三枚目の紙を見たまま、小さく息を吸った。喉元を押さえながら、それでも目は逸らしていない。


「……乗換地点で、選別が入ることがあります」


 部屋がしんとした。


 ゆうりが顔を上げる。


「選別?」


「印の強い子から……別の車両へ移されます。だから、その前で止めないと……たぶん、間に合いません」


 上位送致、一。


 その一人だけ、先に切り分けるつもりだ。


「最悪」


 私が吐き捨てると、ミレナはかすかに頷いた。


「祈祷列車では、ずっと祈らされます。泣かないように。考えないように。逆らわないように……」


 言いながら、指先が震えていた。


「違います……あれは、保護なんかじゃありません」


 小さい声なのに、その一言はやけにはっきり聞こえた。


 私は拳を握る。机の上の木目が見えるくらい近くで、三枚の紙をにらんだ。


 十一人。


 数字で書くな。名前で呼べ。泣く子どもを荷物みたいに数えるな。


 そんな気分だった。


 部屋の隅で、毛布が少し動いた。エリスが起きていたらしい。眠そうな目のまま、こっちを見ている。


「ひなたお姉ちゃん……」


「起きてたの?」


「……うん」


 エリスは机の紙を見て、それからミレナを見た。


「そのこたち……くる?」


 私はしゃがまず、そのまま答えた。変に柔らかく言うより、今ははっきり言った方がいい気がした。


「連れてくる。そのための話をしてる」


 エリスは小さく頷いた。それ以上は言わなかったけど、その頷きがやけに重かった。


 ゆうりが地図の上を指で二度叩く。


「大筋はこれ。列車は乗換地点の前で止める。ラグナが裏道、ひなたが前、あたしは車両側。鍵と拘束具、封印があるなら、そこはあたしがこじ開ける」


「雑に言うと、殴る役と、切る役と、逃がす役?」


「雑すぎるよ」


「でも分かりやすいじゃん」


「分かりやすいのは認める」


 ラグナが地図を折りたたみ始めた。


「今夜のうちに裏道を見てくる。通れるならそのまま使う。潰れていれば別の抜け道を探す」


 グレイさんも扉の方へ向き直る。


「私は門と記録だ。夜明けまでに当たる」


 みんな、もう動く顔をしていた。


 さっきまで部屋に張りついていた重さが、少しだけ形を変える。苦しいだけの重さじゃない。行き先が決まった重さだ。


 ゆうりが最後にもう一度だけ地図を開き、乗換地点の手前を指先で押さえた。


「明日、ここを詰める。誰がどこで止めるか、誰が中へ入るか。どこまで壊して、どこを残すか。そこまで決めて、ようやく動ける」


 私はその場所を見る。


 細い線。小さな印。紙の上だとただそれだけだ。


 でも、三日後にはそこを列車が通る。祈らされて、黙らされて、運ばれる子どもたちを乗せて。


「分かった」


 今度はゆうりも何も言わなかった。


 小部屋の油灯りが、地図の端を照らしている。


 その光の下で、最初の配置が決まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ