第7話:会議はいつも面倒くさい
王宮の大会議室って、どうしてこう息が詰まるんだろう。
机は長いし、椅子は無駄に立派だし、座っただけで「落ち着け」って言われてるみたいな空気がある。いや、分かってるよ。暴れないよ。たぶん。
長机の向こうには王。隣にレオニール王子。こっちには私、ゆうり、ラグナ、グレイさん。
面倒くさい会議が始まる顔ぶれとして、かなり完成度が高かった。
「結論から行くぞ」
王が重い声で言った。最初からそうしてくれるのは助かる。
「議題は四つ。ミレナの保護継続、白冠連盟への返答、囚われた聖女候補への対応、そして王国内の治安と外交圧力だ」
言葉は整ってる。でも中身は簡単だ。
ミレナを返すか。返さないか。返さないなら、どうやって向こうを黙らせるか。
王子が最初に口を開いた。
「ミレナ殿の保護継続は必要です。彼女には拘束印が刻まれ、発語も記録も妨げられていた。治療も聴取も終わっていない段階で返還を論じるべきではありません」
「保護は賛成」
ゆうりがすぐに続ける。
「でも、可哀想だから匿いました、で済む話じゃないのも事実よ。証拠なしで動けば、向こうに“聖女誘拐国家”って言われて終わる」
ラグナが短く頷いた。
「敵は少女一人を取り返したいのではない。この国の改革が外へ広がる前に潰したいのだ。感情だけで飛び込めば、ちょうどいい口実を与える」
正論だらけで、ちょっとむかつく。
でも、むかつくのと間違ってるのは別だ。
王が私を見た。
「ひなた。お前はどう考える」
全員の視線がこっちを向く。
こういう時、うまい言い方とかできればよかったんだけど、私はそういうの得意じゃない。だから少しだけ黙って、机の上の紙を見た。
ミレナの描いた塔。格子。小さな人影。白い冠。
向こうにまだいる。
遅いと消える。
そこまで分かってて、順番だから待てって言われても、はいそうですかとは思えない。
「……助ける以外あるの、って気持ちは変わらない」
王の眉が少しだけ動いた。
「だが、それだけでは国は動かせぬ」
「うん。分かる」
私は紙を指で叩いた。
「だから、別々にやるのやめようよ」
ゆうりが怪訝そうな顔をする。
「別々?」
「助けるのと、証拠を取るのと、向こうの制度をぶっ壊す準備。全部」
私は顔を上げた。
「じゃあ、証拠ごと助ければいい」
部屋が一瞬だけ静かになった。
最初に息を吐いたのは、ゆうりだった。
「……言い方は雑」
「ひどいな」
「でも方向は合ってる」
王子が頷く。
「救出と証拠保全を同時に行う。少なくとも、目指す形としては正しいでしょう」
ラグナも続ける。
「筋は通る。助けるだけでは誘拐扱いされる。証拠だけでは子どもが消える。ならば、両方押さえるしかない」
王はしばらく黙っていた。長い沈黙だった。たぶん国境も兵も条約も、全部まとめて頭の中で並べてる。
やがて、重い声が落ちる。
「勝手な越境は認めぬ」
私は眉をひそめた。けど、その先があった。
「だが、情報収集は許す。保護棟の警備を増やせ。連盟とセルヴァートの動きを洗え。移送の証を掴め。その上で必要なら、我が決める」
グレイさんが一礼した。
「今夜より警備を二重にする」
「今夜?」
私が聞き返すと、グレイさんは迷わなかった。
「返還要求の直後だ。来るなら、早い」
その一言で、会議の空気が急に現実になる。
向こうは文書だけで来る相手じゃない。言葉が通じなければ、別のやり方を選ぶ。
王子が席を立つ。
「私は外向きの文書を整えます。少しでも時間を稼ぎましょう」
ラグナも立ち上がった。
「私は結界を見る。夜のうちに穴を潰す」
ゆうりは私を見た。
「暴走しないでよ」
「努力はする」
「信用ならない」
「そこまで?」
でも、私も少しだけ同意だった。今夜狙われるかもしれないって分かってて、じっとしてろって方が難しい。
***
日が落ちると、保護棟の空気は昼とは別物になった。
外の工事の音は消えて、残るのは見張りの足音と、灯りの油が小さく鳴る気配だけ。壁の影が長い。静かなのに、落ち着かない。
私は見回りのついでに、ミレナの部屋を覗いた。
ミレナは寝台の上に座っていた。昼より顔色はいい。でも指先が毛布の端をずっといじっていて、緊張してるのが分かる。
その隣にはエリスがいた。丸椅子にちょこんと座って、小さな布袋を両手で持っている。
「まだ起きてたんだ」
エリスが振り向く。
「……なんか、ねむれなくて」
ミレナも小さく頭を下げた。
「わたしも、少しだけ……」
「そっか」
私は窓の外を見た。庭には見張りが二人。塀の上にも影がある。グレイさん、本気で増やしてくれてる。
「今夜は人が多いから、すぐには何もできないよ」
できるだけ軽く言う。
でもミレナは喉元を押さえたまま、目を伏せた。
「……でも、こわいです」
「うん」
私はすぐに頷いた。
「怖くていい。そういう時のために、こっちがいるんだから」
エリスがそこで、持っていた布袋を差し出した。
「これ、あげる」
「それ、なに?」
「おまもり」
エリスはちょっと照れたみたいに視線を落とす。
「へんなゆめ、みませんようにって」
ミレナは両手で受け取って、かすかに笑った。
「……ありがとうございます、エリスちゃん」
昨日より少し、人らしい笑い方だった。
私はそれを見て、ようやく少しだけ肩の力を抜く。
大丈夫。まだ全然終わってないけど、ここでは怖いって言っていい。
部屋を出ると、廊下の壁際にグレイさんが立っていた。
「中の様子は」
「大丈夫」
グレイさんは短く頷いた。
「こちらは、今のところ異常はない」
「来ると思う?」
「来るなら、私が止める」
私は廊下の端まで歩いて、暗い庭を見た。
風がない。静かすぎる。こういう夜って、だいたい嫌なことが起きる。
背後で、ミレナの部屋の扉が小さく鳴った。
「ひなた様……」
振り向くと、ミレナが扉を少しだけ開けて立っていた。さっきより顔色が悪い。
「どうしたの?」
ミレナは喉元を押さえたまま、震える指で窓の外を指した。
「……いや、な感じがします」
私はすぐに外へ目を向けた。
何も見えない。見えないのに、胸の奥がざわついた。
静かすぎる夜だった。
守りを固めたはずなのに、何かがもう近くにいる気がした。
私はそのまま、庭の暗がりを睨んだ。
たぶん今夜は、何も起きないまま終わってくれない。




