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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第6話:囚われているのは、一人じゃない

 返還要求の場が終わったあと、私たちはそのまま王宮の保護棟へ移った。

 ミレナは使者の顔を見ただけで震えていたし、今のうちに聞けることを聞かなきゃいけないって、全員が分かっていたからだ。


 喉の術式を少しでも緩められないか、ラグナが準備を始める。

 ゆうりは部屋の外を見張り、私は寝台の横に座った。


 ミレナの喉に浮かぶ黒い筋を見た時、私は正直、殴ってどうにかなる相手じゃないなと思った。


 いや、殴りたい気持ちはある。あるけど、喉の中に食い込んでる術式まで拳でどうこうするのは無理だ。たぶん。たぶんだけど。


「完全解除はできん」


 ラグナがそう言って、ミレナの首元に指先をかざした。


「だが、少しだけ緩めることはできる。ひなたの癒しを薄く流し続けろ。勇者、お前は外側から干渉を切れ」


「はいはい。便利屋みたいに言わないでくれる?」


 ゆうりは文句を言いながらも、すぐに短剣の柄へ手を添えた。淡い光が、刃じゃなく空気そのものに広がる。防壁みたいに、ミレナの周りを薄く囲んだ。


「ミレナ。無理ならすぐ止めるから」


 ミレナは小さく頷いた。


「……はい。あの、ありがとうございます」


 その声だけでも、もう前より出ている。でも、掠れていて、今にも喉が裂けそうだ。


 ラグナが静かに言う。


「始めるぞ。話せる量は多くない。聞くべきことを絞れ」


 ゆうりがすぐに切り替える。


「まず一つ。ミレナさん、あなたは“逃げた”の?」


 ミレナの指が、毛布の端をぎゅっと握った。


「……ちがい、ます」


 声を出した瞬間、喉元の黒い筋がじりっと赤く浮く。私は反射で癒しを流した。ミレナの肩が少しだけ落ち着く。


「わたしは……落とされました」


「落とされた?」


 私が聞き返すと、ミレナは怯えたみたいに目を伏せた。


「選別に、落ちたんです」


 部屋が静かになる。


「修道院じゃ、ありませんでした。あそこは……試す場所、です。祈り、従順さ、癒しの質……それで、分けられます」


「役に立つ子と、そうじゃない子を?」


 ゆうりの声は低かった。


 ミレナは頷いた。


「……はい」


 言うたびに喉が痛むんだろう。言葉の切れ目ごとに、呼吸が浅くなる。


 ラグナが短く問う。


「お前以外にもいたな」


 ミレナの目が揺れた。


 それから、ゆっくり、はっきり頷く。


「あの子たちは……まだ、います」


 私は思わず膝の上で拳を握った。


「何人?」


「正確には……分かりません。でも、十より多くて……もっと、いたかも……」


 十人。


 胸の奥が冷たくなる。


 ミレナは絞り出すように続けた。


「年下の子が……多かったです。わたしより、ずっと小さい子も……」


 エリスが、部屋の入口で小さく息を呑んだ。


 今日は中に入るのを迷ってたけど、気づいたらそこに立っていたらしい。銀髪が、朝の光に細く揺れる。


 私はミレナから目を離さないまま聞いた。


「その子たち、どうなるの」


 ミレナの唇が震える。


「役に立つと判断された子は……次へ送られます」


「次ってどこ」


「分かりません。名前は、聞かされませんでした。ただ……上へ、と」


「上?」


「白冠の近くへ」


 その言い方だけで、背筋が嫌な感じに冷えた。


 ゆうりがすぐに整理する。


「つまり、最初の施設は修道院じゃない。選別場。そこで聖女候補を選って、使える子だけ別口に送る」


「そういうことです……」


 ミレナの声は細い。でも、そこで初めて少しだけ芯が入った。


「保護じゃ、ありません。違います……あれは」


 喉がまた焼けたらしく、ミレナが口元を押さえる。私は背中をさすった。


「もう十分だよ」


「まだ、言えます……」


「でも痛いでしょ」


「痛い、です。でも……言わないと」


 その返事に、ちょっとだけ息が詰まった。


 この子、ずっと“言えなかった側”だったのに、それでも今は言おうとしてるんだ。


 ラグナが術式を押さえたまま、低く促す。


「重要な点だけだ。急げ」


 ミレナは何度か呼吸して、それから私を見た。


「ひなた様」


「うん」


「遅いと……消えます」


 その一言で、私の中の何かが真っ直ぐ立った。


「は?」


 思ったより強い声が出た。ミレナがびくっとする。しまった、と思って慌てて声を落とす。


「ごめん。続けて」


「選ばれなかった子、壊れた子、逆らった子……いなくなります。部屋が、空になるんです。でも、誰も聞いてはだめで……」


 ミレナの目の焦点が少し遠くなる。


「“祈りに還った”って、言われます」


 私は立ち上がった。


「助けに行く」


 ゆうりが即座に反応した。


「待ちなさい」


「待てないでしょ、今の聞いて」


「聞いたわよ。でも場所も人数も警備も移送経路も分からない」


「だから探しながら――」


「突っ込んでも全滅するって言ってるの!」


 分かってる。分かってるけど、分かった上で腹が立つ。


「じゃあ何もしないの?」


「あたしはそう言ってない!」


 空気がぴんと張る。


 ラグナの声が、そこに落ちた。


「感情で動くなとは言わん。だが順序は守れ」


 私は睨むみたいにラグナを見た。


「順序守ってる間に消えたらどうすんの」


「だからこそ、外す手順を誤るなと言っている」


 ラグナは淡々としていた。でも冷たいわけじゃない。


「敵はお前一人を怒らせればいい相手ではない。制度だ。隠し、運び、消し、正当化する仕組みそのものだ。穴も見取り図もなく飛び込めば、お前まで呑まれる」


 正論だ。腹立つくらい正論。


 ゆうりも腕を組んだまま言う。


「行くなら、助けるために行くの。捕まるためじゃない。まず情報と証拠。場所、運搬、関係者、次の動き。そこを取る」


 私は何か言い返しかけて、止まった。


 寝台の上のミレナが、真っ青な顔でこっちを見ていたから。


「あの、ごめんなさい……わたしのせいで……」


「違う」


 私は即答した。


「それは違う。ミレナのせいじゃない」


「でも、わたしが言ったから……」


「言ってくれてよかった」


 今度はちゃんと、柔らかく言う。


「知らなかったら助けに行くって言えなかった。だから、言ってくれてよかったよ」


 ミレナの目に、うっすら涙が滲んだ。


 その時、今まで黙っていたエリスが、入口から小さく声を出した。


「……わたしも」


 全員がそっちを見る。


 エリスはまだ不安そうだった。でも、逃げなかった。


「わたしも、あの子たち、いなくなるの、やだ」


 小さな手がぎゅっと握られている。


「おそいと、だめなんだよね」


 ミレナが、ゆっくり頷く。


「……はい」


 エリスは唇を引き結んで、それから私を見た。


「ひなたお姉ちゃん。たすけるために、ちゃんと知るのも、たすけることだよね」


 胸に、ずしんと来た。


 ああ、そうだよな。分かってる。分かってるんだよ。


 私は息を吐いて、頭をかいた。


「……うん。そうだね」


 ゆうりが少しだけ肩の力を抜く。


「ようやく聞いた」


「でも助けに行くのは決定だから」


「そこは否定してないわ」


 ラグナも短く頷いた。


「次は会議だ。王と王子も巻き込め。外交、軍事、証拠、保護。その全部を並べてから動く」


 私は寝台の脇に戻って、ミレナの手を取った。


「待たせるつもりはないから」


 ミレナは細い指で、かすかに私の手を握り返した。


「……はい」


 その返事はまだ弱い。でも、完全に諦めた人の声じゃなかった。


 窓の外から、木槌の音が聞こえる。


 広場を作る音だ。未来のための音。


 でも今は、それだけじゃ足りない。


 作るなら、取り戻さなきゃいけない。


 消される前に。

 祈りに還った、なんて嘘で塗りつぶされる前に。


「私を怒らせたこと、絶対に後悔させるから」


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