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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第5話:白冠連盟

 返還要求の使者が帰ったあとも、王宮の空気はずっと冷えていた。


 私たちは謁見室じゃなく、奥の小さな会議室に移された。机の上には、さっきの使者が置いていった封書と、ミレナが描いた白い冠の絵。それから喉の刻印を写した記録が並んでいる。


「……似すぎじゃない?」


 私が言うと、ゆうりが眉を寄せた。


「似てる、じゃなくて同じ系統でしょ。紋章の線の流れが一致してる」


 レオニール王子が封書を開き、蝋印の欠けた部分を紙に写す。白い冠を思わせる形。綺麗すぎて、逆に気持ち悪い。


「隣国セルヴァート単独の紋章ではありません」


 王子は静かな声で言った。


「父上、やはりこれ……白冠連盟のものです」


 その名前が出た瞬間、部屋の端で座っていたミレナの肩がぴくっと跳ねた。


 私はそっちを見たけど、今は口を挟まなかった。


 王――レオニス三世は重い顔のまま、肘掛けに指を置く。


「説明しろ、レオニール」


「はい。白冠連盟。複数国家と大聖堂勢力が組んだ連合体です。名目は平和維持、信仰秩序の保全、越境儀礼の統一」


 ゆうりが腕を組んだまま、冷めた目を向ける。


「で、要するに?」


 王子は少しだけ息を吐いた。


「聖女を各国で囲い込み、制度として共有し、利益を守るための枠組みです」


 私は顔をしかめた。


「共有って、物みたいに言うなって感じなんだけど」


「実際、向こうはそう扱ってるのよ」


 ゆうりの声は辛かった。


「国家管理聖女。保全対象。逃亡奴隷相当。あいつら、言葉を綺麗にしてるだけで中身は全然隠してない」


 ラグナが窓際で腕を組む。


「宗教、政治、軍事が一つの理屈で結ばれているなら厄介だな。一国の腐敗ではない。制度そのものだ」


 その一言で、背筋が冷えた。


 一人の悪人を殴れば終わる話じゃない。マール神官みたいな分かりやすいクズをぶっ飛ばすのとは、わけが違う。


 王子が続ける。


「そして、連盟から見た今のアストレアは、極めて危険です」


 王は短くうなずいた。


「だろうな。聖女の独占を崩し、神殿財産を凍結し、国家と神殿の距離を離し、挙げ句に魔王領とまで手を結びつつある」


 ラグナがそこで薄く目を細めた。


「歓迎されるはずもない」


「歓迎どころか、潰したいでしょ」


 ゆうりが机を指で叩く。


「ミレナさん一人の返還要求じゃない。向こうはこの国の改革そのものを“異常”として処理したいのよ」


 私は思わず前のめりになった。


「だったら、なおさら返せないじゃん」


「感情としては正しい」


 ラグナが言う。


「だが、それだけで切り抜けられる相手ではない。向こうは書類を持ち、条約を持ち、信仰を持ち、兵も持つ」


「分かってるよ」


 分かってる。分かってるけど、腹が立つ。


 痛いって言えないように喉を焼いて、逃げたら返せって来て、その上こっちの方を危険思想みたいに言うんでしょ。ほんと、どの口だよ。


 私が黙ってると、王が低く言った。


「ひなた」


「……なに」


「お前の怒りは当然だ。だが、今は殴る時ではない」


「分かってるって」


「顔に出ておる」


「うるさい」


 ゆうりが小さく吹き出した。


 王にあんな口をきいたのに、場が完全には凍らないあたり、私もだいぶ馴染んでしまっている。


 その時だった。


 かたん、と小さな音がした。


 ミレナだった。


 机の上の封蝋印を見つめたまま、顔色が紙みたいに白くなっている。膝の上で握った手が、目に見えて震えていた。


「ミレナ?」


 私が近づくと、ミレナは息を詰めた。


「ひなた、様……」


 かすれた声だった。まだ喉は万全じゃない。それでも、無理やり言葉を押し出してくる。


「あの印……白冠、です」


「うん」


「連盟の、使いが来る時は……次に、誰かが……消えます」


 部屋が静まった。


 私はしゃがんで、ミレナと目線を合わせる。


「消えるって、連れていかれるってこと?」


 ミレナは頷いた。頷いてから、はっとしたように口元を押さえる。


「ごめんなさい……ごめんなさい、わたし……」


「謝らなくていい」


「でも……あの方たちは、返せと言ったあと、必ず……」


 そこで言葉が切れた。


 ミレナの体がぐらっと揺れる。私は慌てて肩を支えた。軽い。軽すぎる。


「大丈夫。ここでは消えない」


 できるだけ、はっきり言う。


「少なくとも勝手には消させない」


 ミレナの瞳が揺れた。怯えてる。でも、それだけじゃない。何か言わなきゃって顔をしてる。


「白冠連盟は……一人を返させるためじゃなくて……見せしめにします」


 ゆうりが息を呑む。


「……なるほどね」


 ラグナも頷いた。


「脅しと先例潰し、か」


 王子の表情が険しくなった。


「アストレアで改革が成功すれば、他国にも飛び火する。だから最初の火種の段階で踏み消す」


 王が玉座でもない椅子の上で、ゆっくり背を預けた。


「想像以上に面倒な相手だな」


「面倒で済ませないでほしいんだけど」


 私が言うと、王はこっちを見た。


「だからこそ、軽々しく動けぬ」


「でも向こうはもう動いてる」


 私の声は、思ったより静かだった。


「ミレナだけじゃない。この国ごと潰しに来てるんでしょ」


 誰も否定しなかった。


 窓の外では、遠くで木槌の音がしている。市民広場の工事だ。壊したあとに、何かを作る音。


 なのに、こっちはその“作る”こと自体を許さない相手と向き合ってる。


 だったらもう、話は単純だ。


「……返せないよ」


 私はミレナの肩を支えたまま、はっきり言った。


「この子も、この国の今も。どっちも、もう返せない」


 ミレナが小さく息を呑む。


 そのまま、力が抜けるみたいに私にもたれかかってきた。


 倒れたわけじゃない。ただ、張りつめてた糸が切れかけたんだと思う。


 私はその背中を支えながら、机の上の白い冠を見た。


 綺麗な印だった。綺麗すぎてむかつく。


 ああいう綺麗な顔した制度が、一番たちが悪い。


 ぶん殴る相手が、一人から世界に増えただけだ。


 それだけだ。


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